グローバルサウスの盟主を巡って綱引きを繰り広げるブラジルの実相は

~景気は底入れするも見た目と内実には大きな違い、景気の持続力には不透明感がくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは今年1月ルラ政権が誕生して「ピンクの潮流」の動きが域内大国である同国に到来した。昨年の同国経済は内・外需双方で景気回復が期待されたが、物価高と金利高の共存を理由に年末にかけての景気は頭打ちの動きを強めた。しかし、昨年半ばを境にインフレは頭打ちに転じる一方、中銀は高金利政策を維持しており、実質金利の上昇を理由にレアル相場は安定して輸入インフレの後退に繋がっている。
  • インフレ鈍化や中国のゼロコロナ終了は景気を後押しすると期待されるなか、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+8.02%と2四半期ぶりのプラス成長に転じるなど、景気は底入れしている。高金利が民間需要の足かせとなる動きが続く一方、公的需要への依存度を強める動きがみられる。分野別でも農業部門における生産拡大の動きが影響するなど、景気底入れの動きは持続力に乏しい。在庫の積み上がりや輸入の弱さが景気底入れを促していることを勘案すれば、足下の景気は本調子にほど遠いと捉えられる。
  • ルラ大統領は外交関係の多極化を標ぼうしたが、現実には反米姿勢を背景に中ロに接近するなど、世界的な分断の動きが強まる可能性がくすぶる。グローバルサウスの盟主を巡ってインドと綱引きする動きをみせるが、南米首脳会議ではベネズエラを巡り対立が表面化するなど足元は覚束ない。他方、BRICS強化に向けて新開発銀行をてこにグローバルサウスへの影響力拡大を目指す可能性は高いと考えられる。

ブラジルでは今年1月、ルラ大統領が12年ぶりの返り咲きを果たし、約6年半ぶりとなる左派政権が誕生するなど、ここ数年の中南米地域で広がりをみせる『ピンクの潮流』とも呼ばれる動きが域内大国である同国にも到来した(注1)。昨年来の同国経済を巡っては、感染一服による経済活動の正常化が進むとともに、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復の動きが景気の底入れの動きを促すことが期待された。しかし、昨年通年の経済成長率は+2.9%と前年(+5.0%)に上振れした反動も重なり伸びが鈍化しているほか、10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.25%(改定値)と6四半期ぶりのマイナス成長となるなど、年後半にかけて景気は頭打ちの動きを強めた。これは同国が電力エネルギーの大宗を水力発電に依存する構造を抱えるなか、ここ数年の歴史的大干ばつによる深刻な水不足を理由に火力発電の再稼働を余儀なくされてきたほか、商品市況の上昇の動きも重なりインフレに上昇圧力が掛かる展開が続いたことが要因となった。また、経済活動の正常化の動きに加え、ボルソナロ前政権によるバラ撒き政策も重なり全般的にインフレ圧力が強まる事態となり、中銀は一昨年3月に利上げを実施し、その後も物価安定を目的に断続利上げに動いてきた。さらに、昨年来の国際金融市場における米ドル高に伴う通貨レアル安が輸入インフレを招く懸念が高まったため、中銀は断続的、且つ大幅利上げを余儀なくされることとなり、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせることに繋がった。しかし、ボルソナロ前政権はインフレ抑制を目的に国営石油公社の人事に介入するなどガソリン価格の引き下げに向けた動きを強めたため(注2)、昨年半ばにかけて昂進したインフレ率は頭打ちに転じた。その後は国際商品市況の上振れの動きが一巡したことに加え、米ドル高の動きが一服したことも重なり、インフレ率は頭打ちの動きを強めた。こうしたことから、中銀は昨年9月に1年半に及んだ利上げ局面の休止に動くとともに、その後もインフレ鈍化を理由に政策金利を据え置く対応をみせてきた。なお、インフレ鈍化を理由に政権内からはルラ大統領を中心に、中銀が高金利を維持していることを批判する動きをみせる一方(注3)、中銀は先月に開催した直近の定例会合において政権内のこうした動きをけん制する動きをみせるなど慎重姿勢を崩していない(注4)。しかし、中銀のこうした姿勢は昨年末以降の米ドル高の動きが一服していることに加え、足下におけるインフレ鈍化に伴う実質金利の上昇も足下のレアル相場が底堅い動きをみせる一因になっており、輸入インフレ圧力の後退を促していると捉えられる。

図表1
図表1

図表2
図表2

上述のように昨年半ばをピークにインフレが鈍化している上、足下では中銀の定めるインフレ目標(3.25±1.50%)の上限を下回る水準となるなど実質購買力が押し上げられているほか、昨年末以降は中国がゼロコロナの終了に舵を切るなど外需を取り巻く環境が改善することが期待される。このような内・外需双方を巡る状況の好転も追い風に、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+8.02%と前期(同▲0.25%)から2四半期ぶりのプラス成長に転じているほか、中期的な基調を示す前年同期比ベースでも+4.0%と前期(同+1.9%)から伸びが加速するなど景気は底入れの動きを強めている。インフレ鈍化による実質購買力の押し上げにも拘らず、高金利が重石となっているほか、経済活動の正常化を受けたペントアップ・ディマンドの一巡も重なり、家計消費は拡大基調が続くもペースは鈍化するなど勢いを欠く展開が続く。さらに、高金利や世界経済を巡る不透明感の高まり、ルラ政権による政策運営を巡る不透明感も重なり固定資本投資は一段と下振れするなど、民間需要は総じて弱含んでいる。その一方、ルラ政権の発足を受けた政府消費の押し上げの動きが景気を下支えしており、足下の景気は公的需要への依存度を強めていると捉えられる。さらに、ゼロコロナ終了後も中国景気は勢いを欠く推移が続いているほか、好調な推移をみせた欧米など主要国景気が頭打ちの様相を強めていることを受けて輸出に下押し圧力が掛かる動きがみられる。ただし、民間需要を中心とする内需の弱さを反映して輸入が輸出を上回るペースで減少しており、純輸出の成長率寄与度が前期比年率ベースでプラス幅を拡大させている。また、統計上は在庫投資と不突合による成長率寄与度が前期比年率ベースで+6.60ptに達すると試算されるなど、足下における景気底入れの動きを持続的なものと捉えるのは時期尚早と捉えられる。他方、分野ごとの生産も当期は穀物生産の好調を追い風に農業分野(前期比+21.55%)の生産が大きく上振れしているものの、製造業や鉱業などの生産は弱含む推移が続いているほか、力強さを欠く家計消費を反映してサービス業の生産も低調な推移をみせている。こうした動きを勘案すれば、足下の景気は底入れするも『本調子』にはほど遠い状況にあると捉えることが出来る。政府は1-3月のGDP統計の公表に際して、今年通年の経済成長率が上振れする可能性に言及しているものの、内容の悪さを勘案すれば先行きの景気に下押し圧力が掛かるほか、足下のインフレ率は鈍化しているもののインフレ収束にほど遠い状況にあることを勘案すれば、高金利政策の維持が景気の足を引っ張る可能性も考えられる。よって、足下の動きを以って同国経済を楽観するのは些か早いのが実情であろう。

図表3
図表3

図表4
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ルラ大統領を巡っては、就任時点においては米国や欧州、中国などとの対話強化に加え、同国も参加するBRICSの強化を通じてアフリカ諸国との協力深化を図る方針など、外交関係の『相対化』を目指す考えを示した。また、ウクライナ問題を巡ってルラ氏は表面的に中立姿勢を示すも、現実にはルラ氏が元々『反米』色を隠さないことに加え、BRICSの強化を名目に中ロへの接近を強めるなどの動きをみせる。ルラ政権による反米姿勢は、貿易決済を巡る米ドル依存の回避を目的に、隣国アルゼンチンとの間で『共通通貨』の創設に向けた協議を開始したほか(注5)、自身が旗振り役となる形で先月末に開催された南米首脳会議においてメルコスール(南米南部共同市場)で単一通貨を採用すべきと提唱した動きにも現れている。その実現に向けて、アンデス開発公社(CAF)などの地域開発機関が主体的に支援の動きを進めるべきと述べるなど『前のめり』の姿勢をみせているものの、各国の物価動向やそれに伴う金融政策の違いを勘案すれば実現のハードルは極めて高いのが実情と考えられる。こうした動きは、足下でインドがグローバルサウス(南半球を中心とする新興国・途上国)の盟主を自任する動きを強めていることに対抗していると捉えられるが(注6)、上述の南米首脳会議ではベネズエラを巡って各国間の対立が浮き彫りとなるなど足元の覚束なさが露呈する動きもみられる。他方、BRICSの強化に向けてルラ氏は今年3月に新開発銀行(BRICS銀行)の総裁に自身の側近であるジルマ・ルセフ元大統領をねじ込む動きをみせており、グローバルサウスの国々にBRICSへの加盟を呼び掛けることで影響力拡大を目指す可能性も予想される(注7)。その意味では、世界的にグローバルサウスの取り込みに向けた動きが活発化しているが、そのなかでブラジルの動きにも注意を払う必要性が高まっていると考えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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