インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

米連邦最高裁が相互関税に違憲判決、新興国はどうなる?

~当面は追い風となり得るが、米国の「脅し」が通じにくくなるなか、日本としての立ち位置も重要に~

西濵 徹

要旨
  • 米連邦最高裁は20日、トランプ大統領がIEEPAを根拠に議会承認なしで発動した相互関税を「大統領権限の逸脱」と判断、相互関税は停止されることになった。これを受けて、トランプ氏は代わりに通商法122条を用いてすべての輸入品に10%の一律関税を課す方針を示し、直後に15%に引き上げた。しかし、同条項は本来の用途と異なるため、今後は法廷闘争や延長時の議会承認などの問題が生じると見込まれる。
  • 相互関税を前提に米国と二国間協定を結んだ国々では、最高裁判断を受けて協定の再交渉を求める動きが強まる可能性がある。中国は今回の動きを受けて現状は冷静な対応をみせているものの、対米輸出のハードルが下がるほか、米中間での協議を巡って優位性が高まるとみられる。一方、米国は通商法301条など別の制裁手段を保持するものの、トランプ政権が関税を交渉材料に使う手法は制約を受けるであろう。
  • また、インドネシアやマレーシア、ASEAN諸国との協定に含まれる「毒薬条項」や懲罰的関税条項も見直しの対象となる可能性がある。インドは通商協議を延期し、トランプ氏の高関税で圧力をかける戦略は実効性が低下している。さらに、米国の関税は当面15%となることから、従来50%や30%の高関税を課されていたブラジルや南アフリカなどは負担が軽減される。一方、米国との距離感が変化する可能性もある。
  • 中南米では右派政権の増加など政治的変化が進む一方、米国への反発も強まっている。EUは新興国との間でFTAを拡大させるなど、新興国へのウィングを拡大させている。こうした動きは、米国の国際的な影響力のさらなる低下と世界の分断が進むことが考えられる。日本は安全保障で米国に依存ていることに留意する必要があるが、通商・経済面ではEUの動向を踏まえ、米国の不確実性に慎重に対応する必要がある。

米国の連邦最高裁判所は20日、トランプ大統領が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠に、連邦議会の承認を経ずに関税を発動したことに対して、大統領権限を逸脱しているとする下級審の判断を支持する考えを示した。この決定を受けて、トランプ政権はIEEPAを根拠とする相互関税を直ちに終了することを明らかにし、米関税・国境取締局(CBP)も米東部時間の24日午前0時1分に停止している。一方、トランプ氏は20日、通商法122条を根拠にすべての国からの輸入品に150日間限定で10%の関税を課す大統領令に署名するとともに、翌21日に15%に引き上げることを明らかにしている。大統領令では、航空宇宙製品、乗用車と一部の小型トラック、医薬品、特定の重要鉱物・農産物、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に適合するメキシコ・カナダからの製品などに対する適用除外は継続されている。ただし、通商法122条は国際収支の危機という例外的な状況を前提に設定されたため、過去に発動された例がなく、すべての輸入品に対して一律関税を課すことを想定したものではないとされる。IEEPAを根拠にした相互関税には、元々「無理筋」との見方が少なくなかったなか、連邦最高裁による違憲判断が下されたことを受けて、通商法122条関税も同様に法廷闘争に発展する可能性はある。さらに、通商法122条関税を150日を超えて延長するには、連邦議会による承認が必要となるものの、中間選挙を前に議会上下院が延長を可決する可能性は極めて低い。よって、トランプ氏は通商法301条に基づく国別調査を開始することを表明し、米通商代表部(USTR)も複数の新たな調査を開始するとしている。また、一部には通商法201条、通商拡大法232条への移行のほか、関税法338条を援用する形で最大50%の関税を適用する『劇薬』を懸念する向きも残る。このように関税を巡る状況には不透明感がくすぶるものの、10~50%とされた相互関税は当面15%の通商法122条関税に置き換えられることにより、各国への直接的な影響は大きく変化することは避けられない。

相互関税を巡っては、各国と米国は個別に二国間協定を締結して関税を設定するとともに、米国への投資実施を約束するといった動きにつながってきた。しかし、米連邦最高裁が相互関税に対する違憲判決を下したことを受けて、これを材料に再交渉できるか否かを見極める可能性が高まっている。なお、相互関税は元々、米国が貿易赤字の圧縮を目的に導入した経緯があるうえ、最大の貿易赤字国である中国を標的にしたものと捉えられる。こうしたなか、中国商務部は米連邦最高裁の判決について、全面的な評価を行っていると表明したうえで、あらためて米国による一方的な関税措置を撤廃するよう促す考えを示している。トランプ氏は3月31日から4月2日までの日程で中国を訪問し、習近平氏と会談する予定である。2025年10月末に開催した米中首脳会談を経て、中国はレアアースの輸出管理強化策の発動を1年延長するとともに、米国は合成麻薬フェンタニル対策問題を理由に課してきた追加関税を引き下げている。これにより、トランプ第2次政権下で米国が中国に課す追加関税は20%に引き下げられているうえ、今回の連邦最高裁判断とその後のトランプ米政権の対応を勘案すれば、中国に対する関税が一段と引き下げられることになる。よって、中国にとって対米輸出のハードルは一段と低下することが期待される。さらに、中国にとって米国との交渉を巡る優位性は高まることになる。一方、中国における三権分立は不確かであるなか、中国最高人民法院が米国からの輸入品に対して課されている関税撤回の判断を下す可能性は皆無と捉えられる。したがって、今後の米中協議については中国側が圧倒的に優位な立場で展開されることが予想される。トランプ米政権としては、すでに進められている不公正な貿易慣行の調査を受けて通商法301条を適用する形での制裁発動という「カード」を有しており、中国によるレアアースの輸出管理強化策発動の歯止め役となる可能性はある。とはいえ、トランプ氏の訪中に際して行われる首脳会談に向けた道筋はみえにくくなっていると捉えられる。

さらに、今回の米連邦最高裁による判断は、トランプ米政権が中国と取引する国々に対して恣意的に関税発動を材料に交渉を持ちかける「脅し」が通用しなくなることを意味する。インドネシアと米国は20日、相互貿易協定に署名したことを明らかにする一方、協定では中国を念頭に、インドネシアが「米国の重要な利益を危険にさらす国」と経済・貿易協定を締結した場合に、米国の懸念が払しょくできなければ、米国が一方的に協定を破棄できる「毒薬条項」が盛り込まれている。同様の条項は、マレーシアと米国との間で締結された協定にも盛り込まれている模様である。そして、ベトナムなどASEAN(東南アジア諸国連合)諸国と米国の協定においては、中国による迂回輸出を念頭に、米国が一方的に懲罰的な関税の引き上げが可能となる条項が盛り込まれているとされる。しかし、相互関税そのものが違憲であると判断されたことを受けて、協定の見直しを求める動きが出てもおかしくない状況にある。また、インドと米国は今月行われた両首脳による電話会談を経て暫定的な通商合意に至り、詰めの協議が行われる予定であったものの、インドは通商代表団の派遣を見送り、米国側との協議を経て延長を決定したことを明らかにしている。こうした動きを警戒して、トランプ氏は自身のSNSに、駆け引きを行おうとする国、なかでも長年にわたって米国を食い物にしてきた国々は、これまで合意した内容に比べてはるかに高い関税、それ以上の措置に直面することになると表明したが、その実現のハードルはこれまで以上に高まっている。そして、米国がすべての国に対して課す関税率は当面のところ15%となるため、50%の高関税を課されたブラジル、30%とされた南アフリカなどにとっては大幅に負担が軽減されることを意味する。その意味では、米国との距離感がこれまで以上に鮮明になる可能性に注意が必要になろう。

トランプ第2次政権の下で、米国は関税を材料に自国に有利な環境醸成を図る動きを活発化させてきたものの、今後はそのハードルが高まることになろう。トランプ米政権は「ドンロー主義(トランプ流モンロー主義)」を掲げており、中南米地域における中国の影響力排除を目指す動きを活発化させている。こうした動きも重なり、中南米諸国ではここ数年、アルゼンチンに続いて、ボリビア、チリで右派政権が誕生するなど、ドミノ倒し的に左派政権が誕生した「ピンクの潮流」に変化の兆しがでている。一方、トランプ米政権による傍若無人な対応を巡っては、米国の裏庭と称されてきたこの地域で米国に対する感情が悪化する動きもみられる。足元の世界経済においてはグローバルサウスと称される新興国が存在感を高めるなか、EU(欧州連合)は2025年にインドネシアやメキシコと、年明け以降も南米南部共同市場(メルコスル)やインドとのFTA(自由貿易協定)の締結で基本合意に至るなど、新興国へのウィングを広げている。こうした動きは、世界経済や国際秩序における米国の影響力低下の動きを加速化させるとともに、世界の分断が不可逆的に進んでいる可能性を示唆している。日本としては、安全保障面で米国に依存する状況を勘案する必要がある一方、通商、経済面などで既存秩序を翻弄するトランプ米政権に対して如何に対応していくか、EUの出方を見据えつつ、冷静に判断していく必要性が高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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