ブラジル・ルラ大統領はいよいよ「エルドアン化」するか!?

~中銀の独立性軽視に加え、総裁人事を盾に利下げを要求するなどレアル相場に悪影響を与える懸念~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは先月にルラ政権が発足し、その財政運営の行方に注目が集まる。ここ数年の同国はインフレ昂進に直面してきたが、昨年末にかけては頭打ちするも依然中銀のインフレ目標を上回る推移が続く。また、ルラ大統領は中銀の独立性を軽視する姿勢をみせるなか、中銀は今月の定例会合で政策金利を据え置くとともに、長期に亘る金利維持、ないし再利上げを言及するなど、ルラ氏の動きをけん制する姿勢をみせた。しかし、その後もルラ氏は中銀総裁人事の見直しや事実上の利下げを要求するなど、中銀首脳との間でけん制合戦の様相を強めている。トルコでは、エルドアン大統領が総裁人事を盾に中銀に利下げを要求して通貨リラの信認低下を招いているが、今後はルラ大統領の動きがレアル相場を揺さぶる可能性に要注意である。

ブラジルでは先月、ルラ大統領が12年ぶりとなる返り咲きを果たすとともに、約6年半ぶりに左派政権に転じており、財政運営面ではバラ撒き型の政策運営が志向されるなどその行方に注目が集まっている。他方、ここ数年の同国では、歴史的大干ばつに伴い火力発電の再稼働を余儀なくされるとともに、エネルギー資源価格の上昇を受けてインフレが昂進し、昨年来の商品高や通貨レアル安による輸入物価の押し上げも重なりインフレが一段と上振れする展開が続いてきた。中銀は物価抑制を目的に一昨年3月に約6年ぶりの利上げに動くとともに、その後も断続利上げを実施するとともに、国際金融市場での米ドル高を受けたレアル安に対応すべく利上げ幅を拡大させるなど、タカ派傾斜を強める動きをみせてきた。ただし、ボルソナロ前政権がガソリン価格の引き下げを目的に国営石油公社への人事介入などなりふり構わぬ姿勢をみせたことでガソリン価格が低下しているほか、昨年末にかけて商品高の動きに一服感が出ていることを受け、インフレ率は昨年6月をピークに頭打ちの動きを強めている。しかし、足下のインフレ率は依然中銀の定めるインフレ目標(3.50±150bp)を上回る推移が続いている上、ボルソナロ前政権が実施した財政出動も影響してコアインフレ率はインフレ率を上回る推移が続くなど、インフレ収束にほど遠い状況にある。中銀は昨年9月に利上げ局面を休止する一方、インフレの高止まりを理由に政策金利を維持するとともに、ルラ政権による財政運営の行方を注視する姿勢を示した。他方、ルラ大統領は中銀による政策運営の独立性を巡って『ナンセンス』と批判するとともに軽視する姿勢をみせたため、中銀は今月初めの定例会合においてルラ政権の財政運営に改めて警戒感を示すとともに、政策金利を長期に亘って維持する、もしくは再利上げに動く可能性に言及する動きをみせた(注1)。しかし、ルラ大統領は直後のテレビインタビューにおいて、中銀の独立性について「何のための独立性か」と疑念を呈した上で「議論すべきことは金利の問題である」と語り、カンポス・ネト総裁の任期中の人事見直しに言及するとともに中銀に対して事実上の利下げを要求する動きをみせている。こうしたルラ氏の動きに対して、中銀のカンポス・ネト総裁のほか、金融政策担当理事のセーラ氏は相次いでけん制するとともに独立性の重要性を説く動きをみせる一方、議会内ではルラ政権を支える与党連立内から中銀の金利政策を巡ってカンポス・ネト総裁に直接説明するよう求めるほか、中銀の独立性低下に繋がる法改正案を検討する兆しも出ている。大統領による中銀への利下げ要求を巡っては、『金利の敵』を自任するトルコのエルドアン大統領が有名であるが、同国では政策運営の方向性の違いを理由に中銀総裁が事実上更迭される動きが相次いだ結果、通貨リラ相場の信認低下を招いてきた経緯がある。ブラジルにおいては、与党連立内でも中銀の独立性や総裁人事を巡って穏当な意見が示される動きもみられるなど、ルラ大統領の意見がなし崩し的に進行する事態は避けられている模様だが、昨年末以降のレアル相場は米ドル高の一服にも拘らずルラ政権による政策運営の不透明感を理由に上値の重い展開が続いてきたほか(注2)、中銀の独立性を巡る疑念の高まりが調整圧力に繋がる可能性も懸念される。エルドアン大統領による爆弾発言が度々リラ相場を動揺させてきたように、今後はルラ大統領の発言がレアル相場を揺さぶることにも注意が必要になろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ