ブラジル中銀、利上げ局面の再開は「可能性低い」との認識を示す

~政権内の利下げ要求に中銀は「けん制」するなど、高金利政策が維持される可能性は高い~

西濵 徹

要旨
  • 3日、ブラジル中銀は6会合連続で政策金利を13.75%に据え置く決定を行った。同国では物価高と金利高の共存が景気の足かせとなるなか、今年1月に発足した左派のルラ政権は財政出動による景気下支えを目指す姿勢をみせる。他方、金融市場が財政悪化を警戒するなか、政府は新たな財政枠組みにより財政悪化に歯止めを掛ける考えをみせる。さらに、前政権によるガソリン価格引き下げ策に加え、原油価格の調整も重なりインフレ率は鈍化の動きを強めるが、依然として目標域を上回る推移が続く。中銀は昨年9月に利上げ局面の休止に動き、その後は政策金利を据え置いており、インフレ期待の鎮静化に向けて「冷静と忍耐」を以って政策運営を行う考えをみせた。なお、インフレ鈍化を受けて再利上げに動く可能性は低いとの考えをみせる一方、政権内で利下げへの圧力が強まることにけん制する動きをみせている。内・外需を巡って景気を取り巻く状況は変化しつつあるが、高金利の維持により景気は一進一退の動きをみせるであろう。

ブラジルでは、今年1月にルラ大統領が12年ぶりの返り咲きと果たすとともに、約6年半ぶりに同国で左派政権が誕生しており、ここ数年中南米諸国で広がりをみせている『ピンクの潮流』が同国にも再び及んだ格好である。なお、昨年の経済成長率は+2.9%とコロナ禍の影響で大きく下振れした前年(+5.0%)から一転頭打ちするなど、感染一服を受けた経済活動の正常化によるペントアップ・ディマンドの発現が一巡するとともに、物価高と金利高の共存による実質購買力の下押しが家計消費の重石になっている上、企業部門の設備投資意欲も後退するなど幅広く内需が鈍化する動きが確認されている(注1)。こうした事態を受けて、ルラ政権は景気下支えを目的にボルソナロ前政権が実施した低所得者向け給付の拡充に加え、物価対策を目的に実施した燃料税の免税措置の延長を示唆するなど、政権を支える与党PT(労働者党)が議会内で少数与党に留まるなかで他党の連立維持を目的に公的部門の肥大化に繋がる動きもみられるなど、財政状況の急速な悪化が懸念される。こうした事態を受けて、ルラ政権は先月に議会に対して新たな財政枠組みに関する法案を提出しており、歳出の伸びを経常歳入の増分の7割以内に抑えるなど公的債務の増大に歯止めを掛ける姿勢を示すとともに、来年度予算案でもプライマリー収支の均衡を目指すなど財政状況の悪化懸念に対応する姿勢をみせている。さらに、ルラ政権は歳出増による財政悪化懸念に対応してスポーツ賭博業者に対する課税のほか、個人の海外資産運用益に対して課税する方針を示すとともに、電子商取引業者に対する課税を検討するなど歳入増を目指す動きをみせている。他方、ここ数年の同国は歴史的干ばつを受けて火力発電の再稼働を余儀なくされている上、原油をはじめとする資源価格の上振れも重なりエネルギー価格が急上昇したほか、商品高を受けて食料品価格も上振れするとともに、経済活動の正常化の動きも追い風にインフレ率は大きく加速してきた。こうした事態を受けて、中銀は一昨年3月に物価抑制を目的とする利上げ実施に動いたほか、その後は国際金融市場での米ドル高を受けた通貨レアル安による輸入インフレ懸念が強まったことも重なり、物価と為替の安定を目的に断続的、且つ大幅な利上げを余儀なくされた。ただし、ボルソナロ前政権がガソリン価格の引き下げを目的に国営石油公社などへの人事介入も辞さない動きをみせた結果(注2)、昨年後半以降のインフレ率は頭打ちの動きを強めており、コアインフレ率もともに頭打ちに転じている。こうしたことから、中銀は昨年9月に1年半に及んだ利上げ局面の休止を決定するとともに、その後はルラ政権による財政運営が物価に与える影響を注視する姿勢をみせてきた。なお、直近3月のインフレ率は前年比+4.65%と中銀の定めるインフレ目標(3.25%±150bp)の上限を下回る水準となる一方、コアインフレ率は同+7.34%と依然としてインフレ目標の上限を上回る推移が続いている。さらに、世界経済の減速懸念の高まりを受けた原油をはじめとする商品市況の調整の動きに加え、米ドル高の一服を受けてレアル相場が落ち着きを取り戻していることも重なり、先月中旬時点のインフレ率は前年比+4.16%と30ヶ月ぶりの低水準となるなど一段と頭打ちしている。こうしたなか、中銀は3日の定例会合において政策金利であるSelicを6会合連続で13.75%に据え置き、利上げ局面の休止を維持する決定を行っている。会合後に公表した声明文では、世界経済について「依然厳しく不確実性は高いものの、国際金融市場の動きを注視する必要がある」としつつ、同国経済について「想定通りの減速基調が続く一方、インフレ動向は目標域を上回る推移が続いている」として物価見通しを「今年は+5.8%、来年は+3.6%」と3月時点(今年は+5.8%、来年は+3.6%)から据え置いている。その上で、物価を巡るリスクは上下双方に存在するとしつつ「政権による燃料税の再開、新たな財政枠組みの議会提出に伴い財政リスクは一部で低下しているが、ディスインフレプロセスが緩慢になる傾向があるなど金融政策の行方に注意が必要」とした上で、「インフレ収束と財政枠組みの間には直接的な相関関係はないが、物価目標の実現に向けて金融政策の動向を再確認する必要がある」との考えを示している。また、先行きの政策運営については「政策金利を長期間維持する戦略がインフレ収束に十分か否かを評価しつつ警戒を続ける」とした上で、「ディスインフレプロセスが定着してインフレ期待が目標近傍で抑制されるまでは足下の戦略を維持する」と強調しつつ「現在のシナリオは忍耐と冷静さを要する」との考えを示している。そして、「可能性は低いが、ディスインフレプロセスが期待通りに進まなければ引き締めサイクルの再開を躊躇しない」と付言しているものの、これまでに比べて再利上げに動く可能性が低下していることを示唆している。ルラ政権においては、ルラ大統領が中銀に対して利下げ実施を強く求める動きをみせているほか(注3)、アダジ財務相も新たな財政枠組みに沿って利下げ余地が生まれるとの考えを示している。中銀が上述のようにインフレ動向と財政政策の関係に言及したのはこうした動きに対する『けん制』と捉えられるなか、金融市場においては年内にも中銀が利下げに動くとの観測が出ているものの、インフレ期待が高止まりするなかでそうした対応に舵を切るハードルは依然高いと判断出来る。足下の企業マインドを巡っては、インフレ鈍化を受けた実質購買力の押し上げに加え、様々な財政支援も重なりサービス業に底堅さがうかがえる一方、世界経済の減速懸念の高まりを反映して製造業は頭打ちの動きを強めるなど対照的な動きがみられるなか、中銀は引き続き高金利政策を維持する可能性も予想されるなど景気は一進一退の動きが続くと予想される。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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