ブラジル・ボルソナロ大統領の悲願、ガソリン価格引き下げへ

~国際原油価格の頭打ちが後押しも、レアル相場や株価の重石となるなど手放しで喜ぶ状況にはない~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年の中南米では「左派ドミノ」の動きが広がるなか、10月にはブラジルで大統領選が行われるなどその行方に注目が集まる。ブラジルではコロナ禍による景気減速に加え、物価上昇を受けて中銀は断続的に金融引き締めに動くなど、物価高と金利高が共存するなど内需を取り巻く状況は厳しい。ボルソナロ氏は再選を後押しすべくガソリン価格の引き下げを目指して国営石油公社の人事に度々介入し、1年半でCEOは3人も更迭された。新CEOの運営に注目が集まるなか、足下の国際原油価格の頭打ちを受け、同社は20日付でガソリン価格を約5%引き下げる。ただし、原油安はレアル相場や主要株価指数の重石となるなど金融市場の足かせとなる。ガソリン価格はボルソナロ大統領の悲願だが、手放しで喜べる状況にはない。

ここ数年の中南米諸国では『左派ドミノ』とも呼べる動きが広がっており、10月には域内最大の経済規模を誇るブラジルで大統領選及び総選挙が予定されており、現職のボルソナロ大統領は大統領選での再選を目指すなかでその行方に注目が集まる。左派ドミノが広がっている背景には、コロナ禍による景気減速に加え、ウクライナ情勢の悪化に伴う供給不安による幅広い国際商品市況の上振れにより食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まるなど、国民生活を取り巻く状況が厳しさを増していることがある。なお、ブラジルではコロナ禍による景気下振れに加え、電力供給の大宗を水力発電に依存するなかで歴史的大干ばつという自然災害に直面して火力発電の再稼働を余儀なくされた結果、昨年以降はインフレが顕在化してきた。さらに、幅広い国際商品市況の上振れの動きからブラジルにおいても生活必需品を中心に物価上昇が続いており、足下ではインフレ率、コアインフレ率ともに加速感を強めて中銀の定めるインフレ目標を大きく上回る推移が続いている。これを受けて中銀は昨年以降断続的な利上げに動いており、先月の定例会合でも15会合連続の利上げを決定するとともに、先行きについても金融引き締めの継続を示唆する動きをみせている(注1)。このように足下のブラジル経済を巡っては物価高と金利高が共存するなど、近年の同国の経済成長が家計消費をはじめとする内需がけん引役になってきたなかで内需を取り巻く環境は厳しさを増している。他方、ボルソナロ大統領は大統領選での再選を目指すべく低所得者層や貧困層などを対象とする社会保障支出の拡充に動いており、政権発足当初に主張した小さい政府を志向した構造改革路線に逆行する動きをみせている。さらに、昨年以降はガソリンをはじめとする燃料価格の引き下げを図るべく、国営石油公社(ペトロブラス)の人事に介入するとともに(注2)、今年5月には同社を所管する閣僚人事(鉱業・エネルギー相)にも動いた(注3)。さらに、先月には1年半ほどの間にペトロブラスのCEO(最高経営責任者)が3人更迭される異常事態となるなど、ボルソナロ大統領は燃料価格の引き下げに向けて『何でもやる』という姿勢をあらためて示した(注4)。なお、新CEOにはゲジス経済相の片腕としてボルソナロ政権が推進するDX(デジタル・トランスフォーメーション)戦略を担ったアンドラーデ氏が就任しており、同氏が起業家や投資家であったことから金融市場と折り合いを付ける形で経営を進めると期待された。こうしたなか、ウクライナ情勢はこう着状態が続くなど供給不安はくすぶる一方、中国の景気減速や米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜による米国景気に対する不透明感の高まりなどを理由に、先月半ば以降の国際原油価格は頭打ちしている。ペトロブラスは燃料の国内価格を国際原油価格と連動させる形で価格設定を行っており、一昨年末以降は国際原油価格の上昇を受けて国内価格も上昇する展開が続いたが、足下の国際価格の頭打ちを受けて20日に同社はガソリン価格を約5%引き下げる旨の発表を行った。この決定はインフレ圧力の後退に繋がると期待される一方、南米有数の産油国である同国にとって国際原油価格の調整の動きは通貨レアル相場の足かせになるとともに、主要株価指数(ボベスパ指数)の重石となるなど金融市場にとって望ましくない動きを招く。昨年来の国際商品市況の底入れの動きは同国にとって交易条件指数が悪化するなどマクロ経済面では景気の足かせとなってきた一方、原油価格の頭打ちは金融市場の混乱を招く可能性を勘案すれば、ボルソナロ大統領の悲願であるガソリン価格の下落を促した原油相場の調整は手放しで歓迎できるものではないと捉えられる。今月初め時点の世論調査では、ルラ元大統領の支持率がボルソナロ氏を大きく引き離す展開が続いており、ガソリン価格の下落はボルソナロ氏に多少の追い風となる可能性はあるものの、状況を大きく変えるものとはならないと予想される。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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