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2023.11.13
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チリ・制憲評議会が新たな憲法草案提出、一転して右派色の強い内容に
~国民投票は批判的な見方が多いなか、改憲議論そのものが大きく後退する可能性も考えられる~
西濵 徹
- 要旨
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- 南米チリでは、2019年の反政府デモを機に、軍事政権下で発効した現行憲法の改正議論が高まった。その後実施された制憲議会選や大統領選では、反政府デモの勢いを追い風に急進左派が伸長した。しかし、ボリッチ政権はコロナ禍の影響に加え、スタグフレーションが長期化するなかで支持率が低下しており、昨年国民投票に諮られた新憲法草案はその急進的内容が忌避される形で否決された。今年5月に実施された新たな憲法草案を策定する制憲評議会選では、一転して右派が圧倒的多数を占める結果となった。今月には制憲評議会が新憲法草案を政府に提出しており、来月17日に国民投票が実施される。ただし、新憲法草案は保守色が強い内容となっており、世論調査では否定的な国民が多いとされる。国民投票が否決されれば政権にとって痛手となるのみならず、改憲議論も大きく後退することは避けられないであろう。他方、通貨ペソ相場は政治・経済動向以上に主要産物の銅価格に連動する傾向がある。とはいえ、ボリッチ政権を巡る状況が厳しさを増せば、経済のファンダメンタルズの脆弱さも相俟って困難に直面するリスクはある。
南米チリにおいては、2019年に首都サンティアゴの地下鉄料金が引き上げられたことをきっかけに発生した反政府デモを機に、軍事政権下の1981年に発効された現行憲法において規定された新自由主義的な政策運営が社会経済格差の『元凶』になっているとの批判が強まるとともに、この改正を求める動きに発展した。2020年に当時のピニェラ政権が実施した憲法改正の是非を問う国民投票においては、有効得票数の78.28%が憲法改正に賛成、78.99%が新憲法草案を策定する制憲議会議員すべてを民間人とすることを求める判断が下されるなど、改憲に向けた議論が前進した(注1)。さらに、翌21年に実施された新憲法草案を策定する制憲議会選挙においては、ピニェラ政権を支える中道右派が少数派に留まる大敗北を喫する一方、急進左派や反体制派、無党派が多数を占める結果となった。また、その後に実施された大統領選挙でも、制憲議会選挙において躍進した急進左派が推すボリッチ氏が決選投票を制するとともに、同時に実施された議会選挙においても急進左派が議会下院(代議院)で議席数を増やした(注2)。その後、急進左派のボリッチ政権が誕生する一方、与党の急進左派は議会上下院ともに少数派に留まる『ねじれ状態』となったものの、制憲議会が策定する新憲法草案は現行憲法から政策運営の大幅な転換を促す内容となる可能性が高まった。事実、昨年7月に制憲議会が政府に提出した新憲法草案では、国による国民への医療や教育の保障強化、ジェンダー平等や先住民の権利強化、環境保護を目的とする鉱業部門などの活動制限といった内容が盛り込まれるなど、政府部門の活動を最小限に定めた現行憲法からの大転換を意図するものとなった。他方、コロナ禍を受けた景気低迷が深刻化するなかでボリッチ政権は有効な対策を打ち出すことが出来ず、政権支持率も低迷するとともに、一転して抗議デモが活発化するなど困難に直面した。そして、新憲法草案に盛り込まれた急進的な内容を巡っては、保守派のみならず中道派にも忌避された結果、昨年9月に実施された新憲法草案に対する国民投票では、有効投票数の61.87%が反対票を投じて否決された(注3)。よって、その後のボリッチ政権は左派色を薄めるべく内閣改造を通じて中道寄りにシフトさせるなどの対応をみせる一方、今年4月には経済成長の促進と環境保護を目的に鉱業部門の国有化を、なかでも同国が世界2位の生産量、世界1位の推定埋蔵量を誇り、EV(電気自動車)向けバッテリー需要の期待が高いリチウム産業を対象とする『資源ナショナリズム』に舵を切る姿勢をみせた(注4)。ただし、鉱業部門の国有化実現には、憲法改正を通じてこれを可能とする法的根拠が必要となるが、ボリッチ政権が組織した新たな憲法案の策定に向けた専門家委員会は環境保護を目的とする形での最終的な国有化を可能となる初期的提案を承認する一方、鉱業界を中心に反対の声が上がるなど、その後に策定される新たな憲法草案に如何なる影響を与えるかが注目された。他方、今年5月に新たな憲法草案を策定する制憲評議会の委員の選挙が実施されたものの、左派連合は少数派に留まる一方、一昨年の大統領選においてボリッチ氏と決選投票を戦った右派のカスト氏が創設した共和党が単独で拒否権が行使可能になるとともに、中道右派と右派を併せると圧倒的多数を占めるなど政権は逆風に晒されている(注5)。制憲評議会選挙において存在感を示したカスト氏は、一昨年の大統領選において軍政時代を肯定、礼賛するとともに、国家保守主義色の強い主張を展開したほか、その直截的な言動が米国のトランプ前大統領に準えられることで『チリのトランプ』などと揶揄する向きもみられた。よって、制憲評議会が策定する新たな憲法改正案を巡っては、一転して軍政時代に発効された現行憲法以上に右派色が強い内容となる可能性が懸念された。先月末に制憲評議会は新たな憲法草案を承認し、今月7日には政府に提出されたことを受けて、来月17日にその内容を巡る国民投票が実施されるが、仮に反対票が多数となる形で否決されれば、ボリッチ政権にとっては2度に亘る改憲失敗により痛手となることは必至である上、改憲機運そのものが大きく後退することも予想される。新たな憲法草案については、妊娠中絶の違法化や不法移民に対する排斥に繋がり得る内容が含まれており、一昨年の国民投票において否決された前回の憲法草案から一転して保守色の強い内容が多く盛り込まれており、世論調査においてはその内容に否定的な国民が多い。なお、同国の通貨ペソ相場を巡っては、政治動向や経済動向以上に主要産業である銅をはじめとする商品市況の動向に左右される傾向が強いなか、中国経済を巡る不透明感を反映した商品市況の低迷が相場の重石となる展開が続いている。中銀は先月末の定例会合において、年明け以降のインフレ頭打ちの動きを好感して3会合連続の利下げに動くも、ペソ安に伴う輸入インフレを受けたインフレ再燃を警戒して利下げ幅を縮小して慎重姿勢に傾く対応をみせている(注6)。しかし、その後も一進一退の動きをみせている上、ボリッチ政権を取り巻く環境が厳しさを増すことになれば、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さも重なり調整の動きが強まる事態も懸念されるなど、当面は改憲の行方にも注意が必要と予想される。

注1 2020年10月26日付レポート「チリの憲法改正を問う国民投票、8割近くの賛成を得て大きく前進」
注2 2021年12月20日付レポート「チリ・大統領選、決選投票を経て左派、同国史上最年少の大統領誕生へ」
注3 2022年9月5日付レポート「チリ、新憲法草案を問う国民投票は「急進的内容」が忌避され否決」
注4 4月24日付レポート「チリ・ボリッチ大統領がリチウム産業の国有化発表、「資源ナショナリズム」に舵」
注5 5月10日付レポート「チリ、制憲評議会選で右派が圧倒的多数、改憲の行方は一転不透明に」
注6 10月27日付レポート「チリ中銀、3会合連続の利下げ実施も利下げ幅縮小と慎重姿勢に傾く」
西濵 徹
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- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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