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2023.04.24
新興国経済
その他新興国経済
国際的課題・国際問題
チリ・ボリッチ大統領がリチウム産業の国有化発表、「資源ナショナリズム」に舵
~経済成長促進と環境保護が狙いも、リチウム輸入を依存する日本にとりその動向は無視出来ず~
西濵 徹
- 要旨
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- 南米チリでは一昨年の大統領選で急進左派のボリッチ氏が勝利し、中南米で広がる「ピンクの潮流」が及んだ。ボリッチ政権は大きな政府路線や通商政策の大転換を図る考えをみせたが、物価高と金利高の共存でスタグフレーションに陥るなど景気は弱含む展開が続く。政策運営面では左派色を薄める動きを余儀なくされる一方、環境保護の観点から主力産業の鉱業部門の国有化を模索する姿勢をみせてきた。
- 仕切り直しの改憲案で鉱業部門の国有化が可能となる提案が盛り込まれた上、ボリッチ大統領はリチウム産業を国有化する方針を発表した。同国は生産量世界2位、推定埋蔵量世界1位と存在感が高く、EV用バッテリー需要拡大期待が高いなかで「資源ナショナリズム」姿勢を強めている。国営企業設立には法律制定が必要だが、政権と議会の対立が続くなかで現時点ではその行方は不透明である。他方、日本はチリにリチウム輸入を依存しており、調達戦略に影響が出ることは必至であり、その行方を注視する必要がある。
南米チリでは、一昨年12月に行われた大統領選(決選投票)を経て急進左派の社会融合党(CS)から出馬したボリッチ氏が勝利し、ここ数年中南米諸国に広がりをみせる『ピンクの潮流』とも呼ばれる左派政権が誕生するうねりが同国にも及んだ格好である(注1)。同国は長きに亘り『小さい政府』を志向する新自由主義的な経済政策の下で高い経済成長を実現してきたものの、その背後では既得権益層に富が集中して社会経済格差が拡大してきた。事実、同国は2010年にいわゆる『先進国クラブ』と称されるOECD(経済開発協力機構)に加盟したものの、加盟国のなかでは最もジニ係数が高いなど経済格差が大きいと捉えられる。さらに、ここ数年はコロナ禍による景気減速が直撃し、元々教育や医療、年金など社会保障の手薄さが貧困層や低所得者層の生活を圧迫してきたことも重なり、左派政権が誕生する一因になったと捉えられる。ボリッチ氏は学生運動を主導するなど社会活動家であったことから、大統領選では教育や医療、年金など社会保障の全面的な充実に加え、財政運営面でも様々なバラ撒き政策を志向する『大きな政府』への転換を図るとともに、全方位外交を半ば国是としてきた通商政策の大転換を図る考えをみせてきた。しかし、ボリッチ政権は発足から1年を迎えたものの、商品高によるインフレを受けて中銀は物価抑制を目的とする断続的、且つ大幅利上げを余儀なくされており、物価高と金利高の共存が長期化するとともに、複数の銅鉱山でストライキが発生したことも重なり、昨年は1-3月から3四半期連続のマイナス成長となるテクニカル・リセッションに陥り、その後も景気は力強さを欠く展開が続くなどスタグフレーションが長期化している(注2)。さらに、昨年9月に実施した憲法改正案に対する国民投票を巡っても、その内容の急進さが右派のみならず、中道派からの反発を招いて否決されており、政権発足から1年ほどで2度目の内閣改造を実施して左派色を薄める動きを余儀なくされている。そして、政権発足当初は同国が初期の加盟国であるCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)に懐疑的な姿勢を示したものの、昨年末には協定を批准するとともに今年2月に発効されるなど、外交政策面でも見直しを余儀なくされた。他方、環境保護を重点政策の一つに掲げるなか、社会保障の拡充に向けた財源確保を目的に鉱山企業を対象とする増税を課すとともに、環境保護を目的に鉱山企業の国有化を目指す姿勢をみせてきた。
なお、仕切り直しとなった憲法改正案を巡っては、今年2月に改憲案を討議する制憲議会が同国の主力鉱物である銅やリチウムなど戦略的資産の採掘に関連して、環境保護の観点から最終的な国有化を視野に入れることが可能となる初期的提案を承認された。この提案に対しては、その後に鉱業界を中心に法律的な瑕疵の問題を理由に反発が出たほか、将来的な投資実施の観点から法的保護を残すことを求める動きがみられた。しかし、ボリッチ大統領は今月20日に国内におけるリチウム産業を経済成長の促進と環境保護を目的に国有化する方針を明らかにしている。同国のリチウム生産量は昨年時点で世界2位(30.2%)である上、推定埋蔵量は世界1位(35.8%)と極めて存在感が高い上、リチウムは世界的に普及拡大が期待される電気自動車(EV)用バッテリーの生産に欠かせない素材であり、世界的な需要拡大期待を追い風に囲い込みの動きが活発化している。なお、中南米においては昨年にメキシコがリチウム産業の国有化に向けた改正鉱業法の施行に動いたほか、アジアにおいてもインドネシアがニッケルの未加工鉱石の禁輸に動いており(注3)、EV用バッテリーを念頭にした資源国での『保護主義』の動きが広がりをみせている。現在はチリのソシエダード・キミカ・イ・ミネラ(SQM)社と米アルベマール社がリチウム生産の大宗を担っており、報道ではSQM社は2030年、アルベマール社は2043年までのリチウム生産が認可されているとされる。ボリッチ大統領は既存契約を尊重する方針を示すとともに、国営企業がリチウム生産を主導する一方で民間企業による投資も部分的に認めるとし、両社は契約満了まで従来通りリチウム生産を継続可能としている。しかし、将来的なリチウム生産に関する契約は国家による管理の下でPPP(官民連携)事業の形で実施する前提で国営企業が過半出資となる見通しであり、既存契約を破棄しないとしつつ、契約満了前に企業が国家の参加を受け入れることを期待するとしており、最終的には上述の2社による事業権が何らかの形で国営企業に移管される可能性は高いと見込まれる。ボリッチ政権は年後半にもリチウム生産を行う国営企業設立に向けた法案を議会に提出する見通しだが、議会内ではボリッチ政権を支えるCSを中心とする急進左派の与党連合は少数派であり、中道左派が多数派を占める議会と対立するなかで法案の行方は不透明である。事実、ボリッチ政権は先月初めに議会に税制改革法案と鉱業ロイヤリティー法案を上程したものの、その内容を巡って中道左派や右派が反発して事実上の棚上げ状態となっており、国営企業設立法案についても同様の対応がなされる可能性はある。とはいえ、上述のように資源国において『資源ナショナリズム』の動きが広がりをみせていることは将来的な資源確保に対する不透明要因となることは避けられない。翻って日本においては、炭酸リチウムの輸入の大宗をチリに依存しており、仮に国有化が進展すれば調達戦略に影響が出ることは必至であり、その動向を注視する必要がある。

注1 2021年12月20日付レポート「チリ・大統領選、決選投票を経て左派、同国史上最年少の大統領誕生へ」
注2 4月5日付レポート「チリ中銀、長期のスタグフレーションで政策対応は困難な展開が続く」
注3 1月30日付レポート「「資源ナショナリズム」の動きを再び強めるインドネシア」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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