チリ中銀、3会合連続の利下げ実施も利下げ幅縮小と慎重姿勢に傾く

~ファンダメンタルズの脆弱さが懸念されるなかで、先行きは利下げのハードルが高まる可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 27日、チリ中銀は3会合連続の利下げに動くも、利下げ幅を50bpに縮小して9.00%とする決定を行った。一昨年来のインフレ昂進を受けて、中銀は1年半に及んだ利上げ局面で累計1075bpの利上げを実施した。しかし、物価高と金利高の共存長期化により同国経済はスタグフレーションに陥るなか、昨年末以降はインフレが頭打ちの動きを強めたため、中銀は7月以降積極的な利下げに動いた。ただし、足下では商品市況の底入れや米ドル高によるインフレ再燃懸念の上、地政学リスクが意識されて国際金融市場も混乱するなかで中銀は利下げ幅の縮小に動いた。他方、外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性が乏しいと判断されるなか、インフレ再加速の可能性も高まるなかで利下げのハードルは高まると予想される。

27日、チリ中央銀行は定例の金融政策委員会を開催し、政策金利を3会合連続で引き下げる決定を行う一方、利下げ幅を50bpに縮小して9.00%とする決定を行った。一昨年来の同国を含む中南米地域においては、歴史的大干ばつによる水不足を受けて電源構成の約3割を占める水力発電の能力が低下し、火力発電の再稼働を余儀なくされるとともに、原油をはじめとする資源価格の上振れがエネルギー価格の上昇を通じてインフレの上振れを招いてきた。さらに、昨年はウクライナ情勢の悪化を機にエネルギー資源のみならず、穀物など幅広い商品市況の上振れを招いたほか、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ペソ安に伴う輸入インフレも重なり、インフレ率は二桁台に達するなど一段と上振れしてきた。こうした事態を受けて、中銀は一昨年7月以降に断続利上げに動くなど金融引き締めを強化させており、昨年末に利上げ休止に動くまで1年半に亘る利上げ局面に累計1075bpもの利上げを実施してきた。なお、昨年末以降は商品高と米ドル高の動きに一服感が出るなどインフレ圧力が後退したほか、こうした動きも追い風にインフレ率は一転して頭打ちの動きを強めるなど、インフレの鎮静化に向かう動きが確認された。こうしたことから、中銀は今年7月の定例会合において政策金利を100bp引き下げる『積極的な』利下げに動くとともに(注1)、先月の定例会合においても75bpの追加利下げを実施するなど、一転して利下げに舵を切った。この背景には、物価高と金利高の共存状態の長期化に伴い幅広い経済活動に悪影響が出たことに加え、最大の輸出相手である中国経済の不透明感の高まりを追い風に主力の輸出財である銅の国際価格の低迷が続くとともに、銅鉱山におけるストライキの頻発も重なり、昨年以降の景気は力強さを欠く推移が続くなどスタグフレーションに直面していることがある。同国では一昨年の大統領選において左派のボリッチ氏が勝利するなど、ここ数年中南米で広がりをみせる『ピンクの潮流』のうねりが及んだものの、景気低迷が長期化するなかで政権支持率は低迷しており、政権公約に掲げた憲法改正の行方も見通せない事態となるなど政権に逆風が吹く展開が続いている(注2)。こうした状況も中銀が一転して積極的な利下げに動く状況を後押ししていると捉えられる。他方、足下では主要産油国による自主減産延長や、中東情勢を巡る不透明感が高まっていることに加え、異常気象の頻発に伴い世界的に農産物の生育不良が顕在化するなかで輸出禁止や制限に動く国が広がりをみせており、商品市況は再び底入れの動きを強めている。さらに、こうした動きを反映して米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀による引き締め姿勢の長期化観測が強まるとともに、米ドル高の動きが再燃しているほか、中国経済を巡る不透明感を受けた銅価格の低迷も重なり通貨ペソ相場は調整の動きを強めるなど、輸入インフレが再燃することも懸念される。こうした外部環境の変化を受けて、中銀は3会合連続の利下げに動くも、利下げ幅を一段と縮小させるなど慎重姿勢を強めることに繋がっているとみられる。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「足下のインフレ率は最新見通しに沿った動きが続いているが、実体経済や金融環境を巡って地政学リスクによる悪影響が懸念されるなか、50bpの利下げ実施がインフレ目標への収束と整合的と見込まれる」との考えを示した。その上で、国際金融市場を巡る不透明感が高まっていることを理由に、昨年6月に発表した100億ドル規模の外貨準備高の積み増し計画を一時停止する方針を明らかにしているものの、足下の外貨準備高はIMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」を下回るなど厳しい状況が続いている。先行きのインフレ率は昨年の反動が出る形で加速に転じる可能性もくすぶり、先行きの政策運営を巡っては利下げのハードルが高まることも考えられると予想される。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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