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2023.05.10
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チリ、制憲評議会選で右派が圧倒的多数、改憲の行方は一転不透明に
~右派が単独で拒否権行使可能に、リチウム国有化の前提となる改憲の行方には引き続き要注意~
西濵 徹
- 要旨
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- 南米チリでは7日に新憲法草案を作成する制憲評議会選挙が行われた。同国では2019年の反政府デモを機に改憲を求める声が高まり、その後に左派のボリッチ政権が誕生したことも追い風に、左派主導による急進的な改憲案が作成された。しかし、昨年実施された国民投票ではその急進的な内容が忌避され否決されて「ふりだし」に戻った。ボリッチ政権は今年12月に新憲法草案の国民投票実施に向けて仕切り直しに動くべく制憲評議会戦に臨んだが、右派が多数派を占める形で圧勝するなど改憲の行方そのものが不透明になった。ボリッチ政権は先月にリチウム産業の国有化を目指す方針を示したが、前提となる改憲が不透明となったことでこの行方も不透明となった。ただし、日本はリチウム輸入の大宗を同国に依存しており、今後の改憲の行方を注視する必要がある。他方、金融市場は左派の退潮を好感する向きをみせている。
南米チリでは7日、新憲法草案を作成する制憲評議会(総議席数50)に関する選挙が実施された。同国では2019年に反政府デモが活発化するとともに、社会経済格差の『元凶』として軍事政権下の1981年に発効された新自由主義的な政策運営を規定する現行憲法の改正を求める声が高まった。こうした動きを受けてピニェラ前政権は翌20年に憲法改正の是非を問う国民投票を実施し、多数の賛成票を得て憲法改正手続きが進められた(注1)。なお、2021年に実施された制憲議会選挙では、ピニェラ前政権を支える中道右派が少数派になるとともに、左派や反体制派、無所属が多数派を占めることとなり、新憲法草案は現行憲法と異なる方向のものとなる可能性が高まった(注2)。さらに、21年末の大統領選(決選投票)では制憲議会選挙において躍進した左派連合が推した学生運動出身のガブリエル・ボリッチ氏が勝利し、左派政権が誕生したことを受けて、新憲法草案が左派的な色合いを帯びる可能性は決定的なものとなった。事実、昨年7月に制憲議会が政府に提出した新憲法草案は、国による医療や教育などの保障強化に加え、ジェンダー平等や先住民に対する権利保護の強化、環境保護を目的に鉱業部門などの経済活動の制限を求める内容が盛り込まれるなど、現行憲法からの大転換が図られるものとなった。しかし、昨年9月に実施された新憲法草案を問う国民投票では、その『急進的』な内容が経済活動に与える影響を巡って保守派のみならず、中道派からも拒否感が強まったことを受けて、結果的に61.87%が反対票を投じる形で否決された(投票率は85.96%)(注3)。さらに、ボリッチ政権は社会経済格差の縮小を政権公約に掲げて誕生したものの、足下の同国経済は商品高などをきっかけとするインフレが長期化し、中銀は物価安定を目的に断続的な利上げを余儀なくされるなど、物価高と金利高の共存により国民生活は厳しさを増す状況が続いており、政権支持率は大きく低下する事態に直面している(注4)。こうしたなか、ボリッチ政権は今年12月17日に新たな憲法草案に対する国民投票を実施する方針を決定するとともに、新たな草案の作成に向けた制憲評議会議員を選ぶ『仕切り直し』に動いた格好である。しかし、制憲評議会選では一昨年の大統領選でボリッチ氏と決選投票を戦ったホセアントニオ・カスト元下院議員が創設した右派の共和党が最多得票により23議席を獲得しており、単独で拒否権を行使可能となる5分の2を上回る議席を確保することとなった。なお、カスト氏は大統領選において軍事政権時代を肯定、礼賛する姿勢をみせるとともに、国民保守主義色の強い主張を展開したほか、その直截的な言動が米国のトランプ前大統領やブラジルのボルソナロ前大統領になぞらえられる動きもみられた。さらに、共和党以外の中道右派と右派による連合も11議席を獲得しており、右派だけで圧倒的多数を占める格好となった。一方、ボリッチ政権を支える左派の社会融合党をはじめとする左派連合は11議席に留まるなど少数派となっている。この結果を受けて、ボリッチ大統領は制憲協議会に対して分別と節度を以って新憲法草案の作成に当たるよう呼び掛ける姿勢をみせており、今後は制憲協議会と専門委員会が合同で新憲法草案を作成する予定だが、共和党が単独で拒否権を行使出来る環境となったことで憲法改正の行方は一転して不透明になったと捉えられる。ボリッチ大統領は先月、同国が生産、推定埋蔵量の両面で存在感が極めて高く、世界的に需要拡大が期待されるリチウム生産の国有化を目指すなど『資源ナショナリズム』に舵を切る方針を明らかにしている(注5)。しかし、その実現には新憲法の成立が前提になるほか、与党連立が少数派に留まる議会対応も不可欠となるが、憲法改正の見通しが立ちにくくなったことでその実現のハードルは上がるとともに、国民からの支持が一層遠のく可能性も高まっている。日本は炭酸リチウムの輸入の大宗を同国に依存するなどその動向に大きく左右されるなか、憲法改正の行方も含めて注意深く見守る必要性が高まっていることは間違いない。他方、国際金融市場においては左派の退潮が鮮明になったことで急進的な政策への転換が図られる可能性が後退したことを好感している模様であり、当面は通貨ペソ相場を下支えすると予想される。
注1 2020年10月26日付レポート「チリの憲法改正を問う国民投票、8割近くの賛成を得て大きく前進」
注2 2021年5月19日付レポート「中南米で広がる「左派のうねり」は着実にチリに及んでいる」
注3 2022年9月5日付レポート「チリ、新憲法草案を問う国民投票は「急進的内容」が忌避され否決」
注4 4月5日付レポート「チリ中銀、長期のスタグフレーションで政策対応は困難な展開が続く」
注5 4月 24 日付レポート「チリ・ボリッチ大統領がリチウム産業の国有化発表、「資源ナショナリズム」に舵」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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