チリ・大統領選、決選投票を経て左派、同国史上最年少の大統領誕生へ

~決選投票に向け主張のトーンを抑えたが、巻き返しも予想されるなど今後の動向には要注目~

西濵 徹

要旨
  • 中南米のチリでは、19日に大統領選の決選投票が実施された。先月の第1回投票は7人が出馬する乱戦となったが、右派のカスト氏と左派のボリッチという左右両極の2名による決選投票に持ち込まれた。同国では2019年に発生した反政府デモ以降、長年に亘る新自由主義的な政策からの転換を求める声が強まり、5月の制憲議会選では「大きな政府」を志向する左派、反体制派が多数派を占める動きに繋がった。ボリッチ氏は制憲議会選での左派躍進の原動力となり、大統領選においても終始優位に選挙戦を繰り広げてきた。
  • 他方、ボリッチ氏による通商政策の大転換を目指す主張は経済界や右派からの忌避感を招き、第1回投票では右派のカスト氏が得票を伸ばす結果となった。決選投票に向けてはカスト氏、ボリッチ氏ともに「中道」を意識して主張のトーンを抑える動きをみせてきた。なお、最終盤にかけてボリッチ氏は都市部や若年層を意識した選挙戦を展開して決選投票で勝利を収め、中南米で広がる「左派ドミノ」は同国に到来した。ボリッチ氏は同国史上最年少の大統領となる一方、「分断」が広がるなかで宥和を意識する姿勢をみせる。他方、選挙戦でトーンを抑えた主張は就任後に巻き返される可能性もあり、当面はその行方に注目する必要がある。

中南米のチリにおいては、19日に大統領選挙の決選投票が実施された。先月21日に実施された第1回投票は計7人が出馬する乱戦となったものの、弁護士出身で右派のチリ共和党から出馬したホセアントニオ・カスト氏が27.91%の得票率で1位、学生運動出身で左派政党の社会融合党から出馬したガブリエル・ボリッチ氏が25.83%の得票率で2位となり、左右両極の候補者による決選投票に持ち込まれた(注1)。チリでは、1973年の軍事クーデターを経て誕生したピノチェト元政権により約20年近くに亘り軍事独裁政権が敷かれた後、1990年に民政移管が行われたほか、同政権が発布した憲法では『小さい政府』を志向することで国家の役割を限定するとともに企業活動を奨励する新自由主義的な経済政策が採られてきた経緯がある。こうした経済政策は、近年における同国の高い経済成長を促す一助になる一方、既得権益層に富が集中するなど社会経済格差の拡大に繋がるとともに、教育や医療、年金が国家の義務とされないことで貧困層や低所得者層が極めて厳しい状況に置かれる一因になってきたとみられる。こうした状況は、2019年にピニェラ政権が実施した財政健全化を目的とする公共料金引き上げ(地下鉄のピーク時料金の引き上げ)をきっかけに学生による反政府デモが発生したほか、その後は全土にデモが広がり、同年末に同国で開催が予定されたAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議やCOP25(国連気候変動枠組み条約第25回締約国会議)が断念に追い込まれる事態に発展した(注2)。さらに、その後の憲法改正議論の盛り上がりを経て今年5月に実施された制憲議会選挙では、左派政党や反体制派、無所属議員などが多数派を占めるなど、ピニェラ政権を支える中道右派の政権与党が予想外の大敗北を喫する結果となった(注3)。ボリッチを巡っては、制憲議会において左派や反体制派が躍進するけん引役となってきたこともあり、大統領選を通じて教育や医療、年金など社会保障を全面的に充実させる『大きな政府』への転換を柱に掲げるとともに、財政面ではバラ撒きも辞さないなど『ポピュリズム』的な姿勢をみせた。また、チリはCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)の『原型』である4ヶ国(P4(環太平洋戦略的経済連携協定))の一角となるなど伝統的に自由貿易の推進や『全方位外交』を半ば国是としてきた経緯があるが、ボリッチ氏はCPTPPをはじめとする自由貿易協定の見直しを主張するなど、通商政策の大転換を目指す考えをみせた。他方、チリは人口1,900万人強と経済構造面で外需依存度が高いなか、ボリッチ氏による通商政策に対しては経済界や右派を中心に忌避感が強まり、大統領選において旧来の中道右派勢力の支持者の『受け皿』としてカスト氏がボリッチ氏を猛追する動きに繋がった。こうしたことが、1回目の投票においてカスト氏がボリッチ氏を僅差で上回る結果に繋がったと捉えることが出来る。

決選投票に向けては、カスト氏とボリッチ氏という左右両極の候補者の戦いとなるなか、両陣営ともに『中道』派を如何に取り込むかが課題となってきた。カスト氏を巡っては、ピノチェト軍政時代を肯定、礼賛する発言のほか、国民保護主義色の強い主張を展開するとともに、その直截的な言動ゆえに米国のトランプ前大統領やブラジルのボルソナロ大統領などと比較される動きがみられた。また、経済政策面では旧来からの新自由主義的な政策運営を称賛するなど経済成長と自由貿易を重視する一方、上述の2019年以降における反政府デモの長期化を理由に治安情勢が悪化していることを受けて治安改善を訴えるとともに、経済混乱によるベネズエラからの移民流入に対して厳正な対応を主張するなど国民保守主義的な色あいの強い主張を繰り返してきた。ただし、銅公社(コデルコ)の民営化に関する主張を弱めるとともに、法人税や付加価値税の減税などについても慎重姿勢を示すなどバラ撒き姿勢のトーンを抑える動きをみせたほか、ジェンダー問題に対しても柔軟な姿勢をみせるなどの動きがみられた。他方、ボリッチ氏は上述のように左派的な政策を志向する一方、そうした姿勢が中道右派層から忌避されたことを受けて、決選投票に向けては自由貿易協定について一方的な変更はしないとトーンを弱めたほか、バラ撒き政策による財政運営についても規律を守るなどトーンを抑えるとともに富裕層や鉱山会社を対象とする増税策について姿勢を微修正させるなど、左右両陣営ともに『中道』を意識する動きをみせてきた。こうしたなか、最終盤にかけてボリッチ氏は格差是正のほか、性的少数者(LGBTQ)の権利向上といった都市部や若年層を意識した選挙戦を展開した結果、決選投票においてボリッチの得票率は55.86%とカスト氏(44.14%)を上回り、カスト氏は敗北を認めるとともに、ボリッチは勝利宣言を行ったことで決した。結果、ボリッチ氏は来年3月11日の就任式を経て大統領に就任するが、現在35歳のボリッチは大統領就任時においても36歳と同国史上『最年少』の大統領となる。ボリッチ氏は勝利宣言のなかで「すべての国民の大統領になる」と述べるなど、2019年以降断続的に繰り広げられている反政府デモの背後で国民の間に『分断』が広がり、今回の大統領選においても分断が強く意識されてきたことを受けて宥和を意識する姿勢をみせている。上述のように決選投票に向けては、中道票を意識して従来の主張のトーンを和らげるなどの動きをみせたものの、大統領就任後に如何なる政策を志向するかはわが国を含め、同国への投資に様々な影響を与えることは必至である。ここ数年、中南米諸国においては『左派ドミノ』とも呼べる動きが広がりをみせており、今回の大統領選を経てその流れはいよいよ伝統的に新自由主義的な経済政策を志向してきたチリにも到来したことを意味する。当面はボリッチ次期大統領の動きに注目する必要があろう。

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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