アルゼンチン中銀はインフレ鈍化に自信か、2ヶ月連続の利下げ

~「壮大な社会実験」の成否は見通せないなか、金融市場の期待を維持出来るか否かに要注意~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチン中銀は11日に政策金利を10%引き下げて70%とする決定を行った。昨年のミレイ政権発足以降で実質的に3度目の利下げとなる。ミレイ政権による「ショック療法」的な政策運営にも拘らずペソ相場はジリ安の展開が続いている上、生活必需品を中心とするインフレも重なり、直近3月のインフレ率は前年比+288%に達している。ただし、足下では前月比ベースのインフレ率は鈍化しており、中銀はインフレ鈍化に自身を強めるなかで一段の利下げに動いたとみられる。ミレイ政権による政策運営を巡ってはIMFや金融市場などは評価しているが、一朝一夕で事態打開が図られる見通しは乏しい。大統領と議会のねじれ状態も影響して政策の成否は見通せず、金融市場が抱く期待を維持出来るか否かに注意する必要がある。

アルゼンチン中銀は11日、政策金利である翌日物リバースレポ金利を1000bp引き下げて70%とする決定を行った。同国では昨年の大統領選においてリバタリアン(自由至上主義)を標ぼうするミレイ氏が勝利したほか、発足当初から同政権は矢継ぎ早に『ショック療法』的な経済改革を打ち出す動きをみせてきた。さらに、同行を巡っては政権発足直後に政策金利をそれまでの28日物中銀債(Leliq)金利から翌日物リバースレポ金利に変更する実質的な利下げに動くとともに(注1)、先月にも大幅利下げを実施しており(注2)、今回の利下げにより3回目となる。他方、同国の通貨ペソは公定レートと市中における実勢レートに当たる非公式レートが存在するとともに、ミレイ政権発足前には両者の乖離が広がる動きがみられたものの、政権が公定レートの切り下げに動いたことで乖離幅は縮小している。しかし、ミレイ政権がペソの廃止(ドル化)を政権公約に掲げていることが意識されるなか、政権発足後の非公式レートは一旦下げ止まる動きをみせたものの、その後も上値が重い展開が続くなど結果的に輸入インフレ圧力が掛かりやすい状況は変わっていない。こうした状況に加え、昨年後半以降の中東情勢を巡る不透明感の高まりを理由に国際原油価格は底入れの動きを強めているほか、異常気象の頻発を受けた農産品の生育不良により食料品価格にも上昇圧力が掛かるなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。さらに、賃金交渉を巡る労使協議の失敗を受けてミレイ政権は最低賃金の大幅引き上げを実施する大統領令の公布に動くなど、インフレ収束の見通しが立ちにくい状況にある。3月のインフレ率は前年比+288%、コアインフレ率は+300%と一段と加速する展開が続いているものの、中銀が先月利下げに動いた理由に前月比ベースのインフレ率が鈍化していることを挙げており、足下では一段と鈍化する動きをみせるなかで追加利下げを後押ししたと捉えられる。なお、こうした『壮大な社会実験』とも呼べるミレイ政権による政策運営を巡っては、IMF(国際通貨基金)が評価する姿勢をみせているほか、国際金融市場も同様に評価している様子がうかがえる(注3)。しかし、2018年の経済危機やその後のコロナ禍を経て疲弊した経済はその後の経済活動の正常化にも拘らず景気回復は道半ばの状況が続いている上、足下では貧困率が約6割に達するとの試算が示されるなか、生活必需品を中心とするインフレや金利高が長期化するなかで経済の立て直しの動きが前進するかは覚束ない状況にある。長年に亘る左派政権の下での無茶苦茶な政策運営による『オリ』のようなものが蓄積しており、一朝一夕に事態打開を図ることが困難なことは間違いない。その一方、大統領と議会のねじれ状態が続くなかで壮大な社会実験の行く末は見通せない展開が続くと見込まれ、足下の国際金融市場においては中東情勢を巡る不透明感の高まりを理由に動揺が広がる懸念もくすぶるなかで期待を持たせられるかが課題になるであろう。

図 1 ペソ相場(対ドル)の推移
図 1 ペソ相場(対ドル)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

図 3 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図 3 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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