ブラジル中銀がルラ政権下で初の為替介入、レアル相場の潮目は変わったか

~先行きの金融政策は景気に不透明感がくすぶるなかで利下げペースの縮小を迫られる可能性~

西濵 徹

要旨
  • ここ数年のブラジルではインフレ昂進を受けて中銀は累計1175bpもの利上げに追い込まれたが、昨年以降は累計300bpの利下げに動くなど政策転換が図られている。インフレ鈍化や利下げは景気の追い風になると期待されるが、昨年10-12月はマイナス成長に陥るなど景気は頭打ちの動きを強めている。金融市場は税制改正の進展を評価する動きをみせるが、ルラ政権のバラ撒き志向を反映して足下の財政状況は悪化の度合いを強めるなど経済のファンダメンタルズを巡る状況は脆弱さを増している様子もうかがえる。

  • 一昨年4月をピークにインフレは頭打ちの動きを強めるなか、中銀は先月の定例会合で6会合連続の利下げを決定した。先行きの政策運営についても次回会合での50bpの利下げに含みを持たせる一方、その後は利下げ幅の縮小を示唆するなどハト派姿勢の後退をうかがわせる動きをみせる。さらに、足下のレアル相場は頭打ちの動きを強めており、1日に中銀はルラ政権発足以降初めて為替介入に動いている。中銀は資金需給の円滑化を理由に挙げるが、外貨準備高の減少に加えてレアル安により国際金融市場への耐性が低下する動きもみられ、景気の不透明感がくすぶるなかで中銀は難しい対応を迫られるであろう。

ここ数年のブラジル経済を巡っては、度重なる歴史的大干ばつに加え、商品高や米ドル高による通貨レアル安に伴う輸入インフレを受けた物価上昇やコロナ禍一巡による経済活動の正常化の動きも重なり、インフレが大きく上振れする事態に直面した。よって、中銀は2021年3月以降に物価と為替の安定を目的に累計1175bpもの大幅利上げに動くなど急進的な金融引き締めに舵を切ったものの、その後もインフレは高止まりする展開が続き、物価高と金利高の共存が幅広い経済活動の足かせとなる懸念が高まった。一方、一昨年末以降は商品高と米ドル高の一巡も追い風にインフレは頭打ちに転じたため、中銀は昨年8月に利下げに転じるとともに、先月の定例会合まで累計300bpの利下げを実施するなど景気に配慮する姿勢をみせている。なお、中銀による断続利下げにも拘らず、インフレ鈍化により実質金利(政策金利-インフレ)は大幅なプラスで推移するなど投資妙味の高さを理由にレアル相場は堅調な推移をみせたため、輸入インフレ圧力の後退も重なりインフレは一段と頭打ちの動きを強めるなど景気の追い風になることが期待される。しかし、実質金利は大幅プラスで推移するなど景気の足かせとなる展開が続いているほか、中国の景気減速懸念の高まりなど外需の重石となる動きが顕在化するなか、昨年10-12月の実質GDP成長率は前期比年率▲0.15%と2年半ぶりのマイナス成長に転じるなど足下の景気は頭打ちの動きを強めている様子が確認されている。結果、昨年通年の経済成長率は+2.9%と前年(+3.0%)からわずかに鈍化するも堅調に推移したが、成長率のゲタは昨年が+2.3ptと前年(+0.7pt)からプラス幅が拡大していることを勘案すれば、景気の実態は極めて弱いと捉えられる。さらに、今年の成長率のゲタは+0.2ptと大幅にプラス幅が縮小していることを勘案すれば一段の下振れは避けられないと予想される。昨年末には、税制改正により税制簡素化への道筋が付いたことを理由に主要格付機関が格上げに動くなど、国際金融市場において同国に対する評価が向上する動きがみられるものの(注1)、その後もルラ大統領は様々な歳出拡大によるバラ撒き姿勢の強い財政政策を志向する考えを示している。事実、ルラ政権下ではバラ政策による歳出増圧力が強まるなかで連邦政府の基礎的財政収支は赤字基調を強めており、公的債務残高の拡大ペースが加速するとともにGDP比も上昇の動きを強めるなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さが増している様子がうかがえる。

上述のように直近のインフレ率は一昨年4月をピークに頭打ちの動きを強める一方、昨年後半にかけては底打ちに転じるなど再加速する兆しがうかがわれたものの、足下では再び頭打ちの動きを強めている。しかし、足下のインフレ率は依然として中銀の定めるインフレ目標(3±1.5%)の上限近傍で推移しており、伝統的に『タカ派』姿勢が強いとされる中銀にとっては依然として満足できる状況にはないと判断出来る。なお、中銀は先月の定例会合で6会合連続の50bpの利下げにより政策金利を10.75%に決定するとともに、声明文では先行きの政策運営について「基本シナリオに大幅な変更はないと判断しているが、不確実性の高まりと政策運営のさらなる柔軟性の必要性を勘案すれば、シナリオ通りに進めば次回会合でも同規模の利下げ(50bp)を実施すると予想する」としており、それまでは次回以降の複数回の会合としていた表現振りを修正させている。さらに、その後に公表した議事要旨では「一部の政策委員は将来における不確実性が高い場合、望ましいターミナルレート(金利の当面の到達点)の水準に関わらず金融緩和のペースを緩める方が適切かもしれないと主張した」ことが明らかにされるなど、その後の定例会合における利下げ幅の縮小を示唆する動きが確認されている。その後も中銀のカンポス・ネト総裁が次回以降の政策運営について、不確実性が高いことを理由に状況如何で対応することが理に適っているとの見解を示すなど、これまでのハト派姿勢を後退させる考えを示している。こうした背景には、中銀は昨年8月以降に断続利下げに舵を切る動きをみせているものの、米ドル高の動きに一服感が出たことに加え、上述のように実質金利のプラス幅の大きさを理由にした資金流入の動きを反映してレアル相場は比較的堅調な推移をみせるなどインフレ圧力の後退を促す流れがみられたにも拘らず、足下のレアル相場はジリ安の展開が続くなど潮目の変化を示唆する動きが強まっていることが影響している可能性がある。なお、中銀は1日に昨年1月のルラ政権発足後で初めてとなる為替介入を実施しており、中銀はその目的について今月15日に償還期日を迎える36.7億ドル相当のドル建債の償還と資金需給の円滑化を挙げている。足下では米FRB(連邦準備制度理事会)による利下げ観測の後退が意識されるなかで米ドル高圧力が強まっており、仮に資金需給のひっ迫感が強まることでレアル安の動きが加速することを警戒している可能性が考えられる。足下の外貨準備高の水準はIMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無に関する基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」の上限近傍で推移していると試算されるなど、その耐性は比較的高いと捉えることが出来る。しかし、外貨準備高の水準は過去数年に比べて低下している上、ここ数年の通貨レアル安の影響も重なりARAの水準が切り下げっていることを勘案すれば、過度なレアル安の進行は耐性の低下を招くことを警戒している可能性はある。そうした観点でも中銀は先行きの金融緩和のペースを鈍化させる可能性が高まっていると見込まれ、景気を巡る不透明感がくすぶるなかで難しい対応を迫られる状況にあると捉えられる。

以 上


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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