ブラジル、政府は財政運営を巡り「迷走」も、中銀は慎重姿勢を崩さず

~3会合連続で50bpの利下げ、次回も同程度の利下げ示唆の一方、政府による財政運営に「注文」~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは、左派ルラ政権による財政政策の行方に注目が集まる。中銀は慎重姿勢を維持してきたが、政府が財政規則法の成立に動き、インフレが鈍化したことを受けて8月以降断続利下げに動いた。しかし、政府は来年度予算案でプライマリー黒字を目指す姿勢をみせるも、ルラ大統領は黒字化の必要はないと発言するなど政府内で財政運営方針が「迷走」する動きがみられる。足下では商品市況の底入れに伴いインフレが再加速する動きがみられるが、中銀は1日の定例会合において3会合連続となる50bpの利下げを決定した。インフレを巡るリスクや不確実性が高まるなかで慎重な政策運営を堅持しつつ、政府に対して財政目標の「断固とした追及」求めた上で、次回会合での同程度(50bp)の追加利下げを示唆するなど慎重姿勢を強調した。レアル相場には原油相場の底入れが追い風となる一方、財政運営を巡る迷走が重石となる動きがみられるなか、当面は中銀による政策運営の動向がカギを握る展開が続くものと予想される。

ブラジルにおいては、今年1月に発足した左派のルラ政権が様々なバラ撒き政策を通じた景気下支えを模索するとともに、ルラ大統領をはじめとする政府高官が相次いで中銀に対して利下げ実施を求めて『圧力』を掛ける動きをみせた(注 )。他方、ここ数年の同国は歴史的大干ばつに伴う水不足を受けて電源構成の大宗を占める水力発電の稼働が低迷して火力発電の再稼働を余儀なくされるとともに、商品市況の上昇による生活必需品を中心とする物価上昇、国際金融市場での米ドル高を受けた通貨レアル安による輸入インフレ、経済活動の正常化を追い風とする賃金インフレが重なり、インフレが大幅に昂進する事態に直面してきた。よって、中銀は一昨年3月にコロナ禍後初の利上げに動くとともに、その後も物価と為替の安定を目的とする断続利上げを実施し、昨年9月の利上げ局面休止までに累計1175bpもの大幅利上げを余儀なくされてきた。なお、昨年末以降は商品高と米ドル高の動きが一巡したほか、ボルソナロ前政権が実施したエネルギー価格抑制策の効果も重なり、インフレは頭打ちに転じたものの、上述のようにルラ政権による財政出動が懸念されるなかで中銀は年明け以降も慎重姿勢を維持する展開をみせてきた。しかし、その後のインフレは一段と頭打ちして中銀目標(3.25±1.50%)の範囲に収束する動きが確認されたほか、ルラ政権も財政政策の持続性向上に向けて歳出の伸びを歳入の伸びの7割以下、その範囲もインフレ率+0.6~2.5%に留めるとともに、目標が達成不可能な場合は歳出の伸びを歳入の伸びの5割に制限する財政規則法を策定する動きをみせた。こうしたことから、中銀は8月に一転してハト派姿勢を強める形で3年ぶりとなる利下げに動くとともに(注 )、9月の前回会合においても2会合連続で50bpの利下げを決定するなど(注 )、金融緩和に舵を切っている。なお、政府は来年度予算案において、大幅な税収増を前提にプライマリー収支の黒字化を見込んでいるものの、歳入増に向けた取り組みが遅延するなかでその実現のハードルは高まっている。こうしたなか、ルラ大統領は歳出削減に動く意思はないとした上で、来年にプライマリー赤字を解消させる必要性はないとの見方を示す一方、アダジ財務相は財政均衡を追求すると述べる一方で政府の財政運営方針について明言を避ける動きをみせるなど、方向感が定まらない兆候が出ている。他方、年明け以降のインフレは頭打ちの動きを強めてきたものの、足下では主要産油国による自主減産延長や中東情勢を巡る不透明感の高まりに加え、異常気象の頻発を受けた農作物の不作を理由に輸出禁止や制限に動く国が広がりをみせるなかで商品市況は再び底入れしており、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが再燃する動きがみられる。こうした動きを反映して、足下のインフレ率は昨年末にかけて頭打ちに転じた反動も重なり再び加速しており、インフレ目標域の上限を上回る水準となるなどインフレが再燃する動きがみられる。また、年明け以降の同国経済はインフレ鈍化を追い風に底入れの動きをみせてきたものの(注 )、足下ではインフレ再燃に加え、世界経済の減速懸念が高まっていることも重なり幅広く企業マインドは頭打ちの動きを強めるなど、景気に対する不透明感が高まる兆候が出ている。こうしたことから、中銀は1日に開催した定例の金融政策委員会において、政策金利を3会合連続で50bp引き下げて12.25%とする決定を行っている。会合後に公表した声明文では、世界経済について「逆風が吹いており、新興国を巡る状況に警戒が必要」との認識を示す一方、同国経済について「足下の状況は想定通りとなる一方でインフレ率は許容範囲を上回る推移が続く」とした上で「インフレを巡るリスクは上下双方に残るなかで不確実性が高く、金融政策の運営には慎重さが求められる」との見方を示した。その上で、上述のように財政運営を巡る『迷走』が懸念される状況について「設定された財政目標を断固として追及することが重要」との考えを再確認するとともに、先行きの政策運営について「経済が想定通りの推移をみせれば、次回会合でも政策委員が一致して同程度(50bp)の追加緩和を実施する見通し」とした上で「金利をディスインフレ過程に必要な制約的な水準に維持することが適切」との考えを示している。政府内ではルラ大統領を中心に、中銀に対して一段の大幅利下げを求める向きがくすぶるものの、財政運営に対する不透明感が再燃するなかで慎重姿勢を改めて堅持したものと捉えられる。通貨レアル相場を巡っては、南米有数の産油国である同国にとって原油相場の底入れという追い風が吹く一方、国際金融市場における米ドル高の再燃に加え、上述のようにルラ政権内における財政政策を巡る迷走ぶりが警戒される形で方向感の乏しい動きが続いている。足下のインフレ率は再加速する動きが確認される一方、中銀は政府による度重なる要求にも拘らず慎重姿勢を維持しており、結果的に実質金利(政策金利-インフレ率)は依然として大幅プラスで推移するなど投資妙味の高さがレアル相場を下支えする動きがみられるなか、先行きも中銀による政策スタンスの動向がレアル相場のカギを握る展開が続くと予想される。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 製造業・サービス業 PMI の推移
図 2 製造業・サービス業 PMI の推移

図 3 レアル相場(対ドル)の推移
図 3 レアル相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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