ベトナム共産党、国家主席と国会議長人事で政治的不安の払しょくなるか

~「反腐敗・反汚職」は加速の可能性、ドン安とインフレ再燃のなかで経済的な不信感は払しょくできるか~

西濵 徹

要旨
  • ベトナム共産党は中央委員会総会を開催し、党内序列2位の国家主席にラム公安相、4位の国会議長にマン副議長の昇格を内定し、20日に開幕する国会での承認を経て正式に就任することとなった。最高指導部内は4人によるトロイカ体制(四柱)が採られているが、チョン体制下では反腐敗・反汚職を旗印にした権力争いが激化してきた。年明け以降も3月にトゥオン前国家主席が、先月にフエ前国会議長が相次いで辞任して党政治局員は欠員が生じるなど党人事にも影響を与えている。ラム氏は反腐敗・反汚職の実働部隊を率いるなどチョン党書記長に近く、今回の人事は将来的な世代交代を見据えたものとの見方もある。早期の人事決定により政治的不安の解消を図ったとみられる一方、足下では通貨ドン安やインフレ再燃の動きが顕在化しており、共産党には経済的な不信感の払しょくに向けた具体的な取り組みが求められる。

ベトナムでは、3月に共産党内における序列2位の国家主席であったボー・バン・トゥオン氏が辞任し(注1)、先月には党内序列4位の国会議長であったブオン・ディン・フエ氏が辞任するなど(注2)、政治的な混乱が表面化する動きがみられた。ベトナム共産党においては長らく、最高指導者である党中央委員会書記長(党書記長)、国家元首である国家主席、実務トップである首相、立法機関の長である国会議長の4人で構成されるトロイカ体制(四柱)に基づく統治がなされている。しかし、2011年に発足したチョン党書記長体制下では「反腐敗・反汚職」を旗印に党内の派閥争いが激化しており、チョン氏を中心とする保守派が台頭する一方で急進派が党中央から外される動きがみられた。さらに、2021年の党大会を経てチョン体制が3期目入りすると、トロイカ人事はチョン氏の側近が占めるなどその影響力は盤石なものとなる一方、反腐敗・反汚職の動きが党中枢人事にも及ぶなど党の屋台骨を揺るがしかねない事態となっている。事実、過去2年半の間に党最高指導部にあたる政治局員は、上述した2名を含めて計6名が解任、引責辞任するなど欠員が生じている。こうしたなか、現地報道によると党中央委員会総会が開催され、国家主席にトー・ラム公安相(ベトナム人民公安大将)を、国会議長に副議長で議長代行を務めるチャン・タイン・マン氏を昇格させる人事を内定した模様であり、20日に開会する国会(第15期第7回国会)での承認を経て正式就任する。国家主席に就任するラム氏を巡っては、2016年から公安相としてチョン氏が推進する反腐敗・反汚職の実働部隊を指揮するとともに、昨年に当時の国家主席であったグエン・スアン・フック氏が事実上の更迭により辞任した際には後任として注目された。フック氏の後任の国家主席にはトゥオン氏が昇格したものの、上述のように3月に事実上の更迭により辞任に追い込まれたことを受けてラム氏が登板することとなり、今回の人事は将来的な世代交代を見据えたものとの見方も出ている。また、早期に人事を固めることで政治的混乱の収束を図ることにより、同国に対する見方が変化する事態を抑えたいとの思惑もうかがえる。他方、チョン氏の下で反腐敗・反汚職を担ってきたラム氏が将来的なトップを見据える人事となったことにより、今後も反腐敗・反汚職に基づく動きが一段と加速することも予想されるほか、内政面ではとりわけ経済政策面で統制色が強まるとともに改革・開放路線が後退していくことも考えられる。ここ数年は反腐敗・反汚職の動きが激化する背後で党・政府内の意思決定が遅れるとともに、投資環境に悪影響を与えることが懸念される動きも顕在化しており、同国に進出する企業にも少なからず影響する可能性に留意する必要がある。他方、政治的混乱が警戒されるなかで、国際金融市場においては米ドル高圧力が強まるとともに通貨ドン安が進んで中銀が一昨年に通貨防衛を目的に断続利上げに追い込まれた水準をも下回るなど、輸入インフレが懸念される状況にある。アジア新興国ではエルニーニョ現象など異常気象を受けた農作物の生育不良を理由に食料インフレの動きが顕在化している上、昨年来の中東情勢の不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れの動きがエネルギー価格の上昇を招くなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっている。結果、先月のインフレ率は前年同月比+4.4%と加速するとともに、中銀目標(4.5%)に近付いており、中銀は物価と為替の安定を目的に金融引き締めを迫られる可能性も高まっている。共産党は人事の決定により政治的不安の解消を図る姿勢を示したが、経済面では不信感払しょくに向けた取り組みが着実に進められるかに注目が集まる。

図 1 ドン相場(対ドル)の推移
図 1 ドン相場(対ドル)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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