ブラジル、景気底入れは続くも用心すべき材料には事欠かない状況

~政府の財政健全化目標のハードルは高く、金融政策を巡り中銀と政府の軋轢が再燃するリスクも~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルでは、歴史的大干ばつや商品高、レアル安などが重なりインフレが上振れしたため、中銀は断続、且つ大幅利上げを余儀なくされた。昨年半ばを境にインフレは頭打ちに転じたため、中銀は1年半に及んだ利上げ局面の休止に動いたが、中銀はルラ政権のバラ撒き志向を警戒して慎重姿勢を維持した。その後もインフレが一段と鈍化したため、中銀は先月に3年ぶりの利下げ実施に動いたが、足下ではインフレが再燃する兆しもみられ、今後は金融政策を巡る中銀と政府の間の軋轢が強まる可能性が考えられる。
  • インフレ鈍化による実質購買力の押し上げは家計消費を下支えするなか、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.68%とプラスで推移するなど底入れが続く一方、中期的な基調は頭打ちしている。家計消費の堅調さに加え、世界経済の減速懸念にも拘らず鉱物資源関連の輸出の堅調さが外需を押し上げた。一方、中銀の高金利維持やルラ政権による政策の不透明感は企業の設備投資などの重石となっている。足下の景気を巡っては在庫の積み上がりが下支え要因となっており、先行きはこの調整の動きが足かせとなり得るほか、足下でインフレが再燃する動きがみられることも重石となる可能性に留意する必要があろう。
  • 足下でインフレが再燃する兆しがみられるなか、金融政策を巡ってはすでに中銀と政府の間で鍔迫り合いが始まっており、今後は激化することも予想される。他方、政府は法律を通じて財政の持続可能性を模索する姿勢を強める一方、先月末に公表された来年度予算案は財源が不透明なものが多く、財政状況が想定以上に悪化する可能性もくすぶる。昨年末以降の商品高一服により経常赤字幅が拡大するなか、仮に財政状況の悪化が進めば経済のファンダメンタルズの脆弱さに注目が集まるリスクを孕んでいると言える。

ここ数年のブラジルを巡っては、気候変動による歴史的大干ばつの頻発を理由に電源構成の大宗を占める水力発電の稼働率が低下し、代わりに火力発電の再稼働を余儀なくされてきたほか、昨年以降はウクライナ情勢の悪化を理由とする商品高も重なり、エネルギー価格の上昇に直面してきた。さらに、コロナ禍からの景気回復の動きも追い風とする雇用回復を受けた賃金インフレに加え、昨年の国際金融市場においては米ドル高が強まり、その動きに伴う通貨レアル安は輸入インフレを招いたことも重なり、インフレ率は大きく上振れした。よって、中銀は物価抑制を目的に一昨年3月にはコロナ禍後初の利上げに動く一方、政府は景気下支え策を目的に様々なバラ撒き政策に動いたことでインフレ圧力が収まらず、その後も中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされてきた。ただし、インフレ率は昨年半ばを境に頭打ちに転じたため、中銀は昨年9月に利上げ局面の休止に舵を切ったものの、1年半に及んだ利上げ局面では累計1175bpもの大幅利上げに動いてきた。その後のインフレ動向を巡っては、ボルソナロ前政権によるエネルギー価格引き下げ策に加え、商品高の一巡や米ドル高の一服も重なる形で頭打ちの動きを強めており、中銀は高金利政策を維持しつつ様子見姿勢を図ってきた。なお、今年1月に誕生したルラ政権は様々なバラ撒き政策の実施を模索したほか、ルラ大統領を中心とする政府高官が相次いで中銀に利下げを要求するなど事実上の『圧力』を強めたことも重なり、中銀は反って慎重姿勢を維持する姿勢をみせてきた。他方、ルラ政権は歳出の伸びを歳入の伸びの7割以下に、その伸び事態もインフレ率の+0.6~2.5%に留めるほか、目標が達成されない場合は歳出の伸びを歳入の伸びの5割に制限する財政規則法の策定に動いており、先月末には議会上下院双方で可決、成立されるなど財政の持続可能性の向上に取り組んでいる。この動きに対しては、米英系格付機関のフィッチ・レーティングが7月末に同国の外貨建て長期信用格付を1ノッチ引き上げる(BBマイナス→BB)など評価する流れもみられる。さらに、6月のインフレ率が中銀の定めるインフレ目標(3.25±1.50%)の中央値を下回るなどインフレ圧力の後退が鮮明になったことを受けて、中銀は先月の定例会合において丸3年ぶりとなる利下げ実施を決定し、先行きについても向こう数回に亘って同程度の利下げ(50bp)に動く可能性を示唆する姿勢をみせた(注1)。国際金融市場においては米ドル高の動きに一服感が出ていることに加え、インフレ鈍化により実質金利のプラス幅が拡大するなど投資妙味が高まったことを追い風にレアル相場は強含みする動きをみせてきた。しかし、中銀が利下げに舵を切るとともに、今後も断続利下げに意欲をみせたことでそうした環境が変化する可能性が懸念されたものの、上述した財政規則法の成立により財政悪化に歯止めが掛けられるとの期待がレアル相場を下支えしている。他方、足下においては主要産油国による自主減産の延長などを理由に原油をはじめとする商品市況は底入れの動きを強めており、エネルギー価格の上振れを理由にインフレ率が再加速するなどインフレが再燃する兆しもみられる。これを受けて中銀は先行きの政策運営に対して慎重な姿勢をみせており、利下げを求める政府との間で軋轢が再燃する可能性に留意する必要があろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

なお、上述のように昨年後半以降はインフレが頭打ちするとともに、年明け以降も一段と鈍化するなど家計部門にとっては実質購買力の押し上げに繋がる動きがみられる一方、世界経済の減速懸念が高まるなど外需を取り巻く環境は厳しさを増しており、足下の景気を巡っては国内外で対照的な動きがみられる。こうした状況ながら、4-6月の実質GDP成長率は前期比年率+3.68%と久々の高成長となった前期(同+7.51%(改定値))から伸びは鈍化しているものの、プラス成長で推移するなど底入れの動きが続いている。ただし、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率は+3.4%と前期(同+4.0%)から伸びが鈍化しており、足下の景気は頭打ちの様相を強めている。需要項目別では、インフレ鈍化に伴う実質購買力の押し上げに加え、経済活動の正常化の進展を受けた雇用回復の動きも追い風に家計消費は堅調な推移をみせるなど引き続き景気を下支えしている。また、中国経済は早くも息切れの様相をみせているほか、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引した欧米など主要国も物価高と金利高の共存状態が長期化しており、世界経済全体としても頭打ちの様相を強めているものの、原油や鉄鉱石を中心とする鉱物資源の輸出の堅調さが輸出全体を押し上げる動きがみられた。一方、家計消費と外需の堅調さにも拘らず、上述のように中銀が慎重姿勢を崩さないことを受けて高金利状態が長期化するとともに、ルラ政権による政策運営に対する不透明感が重石となるなかで企業部門による設備投資や家計部門の住宅需要は力強さを欠いており、固定資本投資は勢いの乏しい状況が続いている。こうした状況を反映して、分野別の生産動向も堅調な家計消費を反映してサービス業の生産は拡大傾向が続いているほか、輸出拡大の動きを受けて製造業や鉱業など産業部門の生産が拡大の動きを強める動きもみられる。他方、前期に穀物生産の好調さを追い風に大きく拡大した農業部門の生産は2四半期ぶりの減少に転じたものの、前期の大幅拡大に比べると減少ペースはわずかに留まり、結果的に景気の下押し度合いは緩やかなものとなっている。ただし、需要に好悪双方の材料が混在する一方、供給は総じて堅調な動きをみせていることを反映して、在庫投資の成長率寄与度は前期比年率ベースで当期も+1.06ptと前期(+5.67pt)から2四半期連続のプラスで推移しており、在庫の積み上がりの動きが景気を下支えしている様子がうかがえる。よって、先行きの景気を巡っては在庫調整の動きが足を引っ張る要因となる可能性に留意する必要がある。

図表3
図表3

図表4
図表4

先行きの景気動向については、これまではインフレが頭打ちの動きを強めてきたことが家計消費を下支えしてきたものの、足下では底打ちの兆しがみられるとともに、主要産油国が価格維持を目指して自主減産の長期化も辞さない考えをみせており、エネルギー関連を中心にインフレが再燃する可能性はくすぶる。7月のインフレ率は前年同月比+3.99%と中銀が定めるインフレ目標の中央値(3.50%)を上回る伸びとなっている上、先月中旬時点においては同+4.24%と一段と加速しており、住宅関連や医療関連、輸送関連などを中心にインフレ圧力が強まっていることが確認されている。よって、中銀は先月の定例会合において先行きにおける断続利下げを示唆する考えを示していたものの、一転して様子見姿勢に動く可能性が高まり、利下げ実施を要求するルラ大統領やその側近との間で軋轢が再燃することも予想される(注2)。事実、ルラ大統領の側近のひとりであるアダジ財務相は先月に放送されたインタビューにおいて、中銀に対してもっと早く利下げを始めるべきだったとの見方を示すとともに、政府主導による物価対策を巡る勉強会の創設を通じて中銀に対してさらなる『圧力』を掛ける可能性を示唆する動きをみせている。他方、今年7月に財務次官から中銀に転じたガリポロ理事(金融政策担当)は利下げ余地を認める一方で、金融政策は引き締め姿勢を維持する必要があるとの認識を示すとともに、インフレ目標実現に取り組みつつインフレ予測の動向を分析していると述べるなど、慎重姿勢を崩さない考えを示している。政府が先月末に連邦議会に提出した来年度予算案では、来年度のプライマリー収支の黒字化(28億レアル)を見込むなど財政健全化を重視した内容となったものの、その前提として大幅な税収増が持ち込まれており、連邦議会において審議中の法案通過を想定したものも含まれるなど些か現実性に乏しいものとなっている。さらに、今年末に終了予定の燃料減税の延長に加え、低所得者層を対象とする現金給付の拡充も盛り込まれるなど、昨年の大統領選での選挙公約の実現を謳う内容となっているものの、これらについては必要な予算措置が示されておらず財源面での不透明感が極めて多いのも実情である。昨年末以降は商品市況の頭打ちの動きを受けて経常収支の赤字幅が拡大傾向を強めるなど、対外収支の脆弱さが増す動きがみられるなか、財政健全化の道筋に疑問符が付けば経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱さを理由に資金流出圧力が強まるリスクもくすぶる。よって、ルラ政権による財政運営については、法律的には様々なけん制に繋がる動きはみられるものの、依然として注視すべき点は少なくないものと予想される。

図表5
図表5

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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