アルゼンチン中銀、前回の利下げから2週間で追加の「ステルス」利下げ

~中銀はインフレ鈍化に自信、政府もショック療法に自信も、貧困層拡大による社会不安懸念もくすぶる~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンでは昨年の大統領選を経てリバタリアン(自由至上主義)を標ぼうするミレイ政権が発足した。政権発足当初から矢継ぎ早にショック療法的な政策を打ち出す一方、足下のインフレ率は300%近くに達するなど収束の見通しが立たない状況が続く。しかし、中銀は月次インフレの上昇ペースが鈍化していることを理由に3月と4月と2ヶ月連続の利下げに動いた。さらに、中銀は前回利下げから2週間という先月25日にも追加利下げを決定するなど市場予想を上回るペースで金融緩和に舵を切っている。歳出削減を受けて1-3月は財政黒字に転じるなどミレイ氏はショック療法に自信を覗かせており、経済改革の手綱を引き締めると予想される。同国はリチウムなど鉱物資源の存在を理由に注目が集まっているが、事実上の社会保障切り捨てにより貧困層が急拡大しており、実体経済については見通しが立たない状況にある。

アルゼンチンでは、昨年実施された大統領選において右派ポピュリスト政党である自由の前進から出馬したリバタリアン(自由至上主義)を標ぼうするミレイ氏が勝利するとともに、ミレイ政権は発足早々から矢継ぎ早に『ショック療法』的な経済改革を打ち出す動きをみせている(注1)。政権交代前の同国では、通貨ペソ相場を巡って公定レートと非公式レートの乖離が広がる動きがみられたものの、政権発足直後に中銀は公定レートの切り下げを決定したことで乖離幅は大きく縮小した。その後はミレイ氏が掲げる中銀廃止やペソ廃止による経済のドル化が警戒される形で非公式レートを中心にペソ安圧力が強まる動きがみられたものの、ミレイ氏が打ち出す経済改革を巡って金融市場やIMF(国際通貨基金)などが評価する動きをみせており(注2)、足下にかけて乖離幅は再び縮小する動きをみせている。なお、昨年末にかけてのインフレはペソ安による輸入インフレの動きも追い風に加速する展開が続いたほか、政権交代直後の切り下げの動きも追い風に年明け以降もインフレは一段と加速の度合いを強めている。さらに、足下の貧困率は6割弱に達するなど国民生活は極めて厳しい状況に追い込まれるなか、インフレが常態化するなかで賃金交渉を巡る労使協議の決裂を受けて政府は最低賃金の大幅引き上げに関する大統領令を交付するなどの動きをみせている。結果、3月のインフレ率は一段と加速の動きを強めて前年同月比+287.9%、コアインフレ率は同+300.0%となるなど、とんでもない水準に達している。こうした状況ながら、中銀は3月に政策金利を引き下げ(注3)、先月11日にも2ヶ月連続の利下げを決定しており(注4)、月次インフレの上昇ペースが鈍化していることを理由にインフレ抑制に自信を覗かせる姿勢をみせてきた。他方、同国を含む中南米地域ではエルニーニョ現象など異常気象の頻発を理由とする食料インフレ圧力が強まる動きがみられるほか、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れによりエネルギー価格も上昇するなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる状況に直面している。さらに、上述のように同国においては最低賃金の大幅引き上げも重なりインフレ圧力が掛かりやすい状況にあると判断できるものの、中銀は先月25日にも政策金利を10%引き下げて60%とする決定を行うなど、前回の利下げ実施から2週間で一段の金融緩和に動いた格好である。しかし、中銀は金融政策に関する正式な声明を公表せず、ホームページ上で公表する情報欄のなかで数値の変化を示す異例の対応を採るなど『ステルス』利下げであり、市場予想を上回るペースで金融緩和に動いている。なお、ミレイ政権による歳出抑制を受けて1-3月は財政黒字に転じており、ミレイ大統領は公約に掲げたショック療法的な政策運営が奏功していることに自信を覗かせており、今後も税制改革や労働市場改革、貿易自由化などへの取り組みを積極化させるものと予想される。他方、急激な財政緊縮策による事実上の社会保障の切り捨てにより貧困層が急拡大するなど社会の不安定化に繋がる動きがみられるなか、ミレイ政権による政策運営が持続可能なものとも見通せない。同国はリチウムなど豊富な鉱物資源を理由に世界的に注目を集めているものの、その実体経済については極めて不透明な状況が続くことは避けられないと予想される。

図1 ペソ相場(対ドル)の推移
図1 ペソ相場(対ドル)の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連レポート

関連テーマ