マレーシア景気の底入れを確認(1-3月GDP:前期比年率+5.86%)

~ただし、生活必需品のインフレ、利上げの累積効果、外部環境に脆弱なリンギなど不安要因は山積~

西濵 徹

要旨
  • マレーシア経済は外需依存度が比較的高い上、ここ数年は物価高と金利高の共存が内需の足かせとなる懸念もくすぶってきた。ただし、昨年以降のインフレ鈍化が実質購買力を押し上げるほか、米中摩擦やデリスキングの動きが対内直接投資を押し上げる動きがみられる。1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+5.86%とプラス成長となり、中期的な基調を示す前年比でも+4.2%と加速するなど底入れしている。財・サービス双方で輸出が拡大するとともに、インフレ鈍化や対内直接投資の活発化が内需を押し上げている。例年年初に拡大する政府消費は減少しており、今後は予算進捗の動きが景気を下支えすると期待される。
  • 足下のインフレ率は1%台で推移するなど落ち着いているが、食料インフレやエネルギー価格の上昇など生活必需品でインフレ圧力が強まる動きがみられる。通貨リンギ相場も国際金融市場を取り巻く環境に揺さぶられやすく、インフレが落ち着くなかでも中銀は引き締め姿勢を維持せざるを得ない状況が続く。さらに、足下では異常気象を理由に農林漁業の生産が下振れするなど、供給懸念が食料インフレを増幅させる懸念もくすぶる。中銀は今年の経済成長率見通しを4~5%に据え置くが、国内・外双方に不透明要因が山積しており、昨年(+3.6%)からの加速のハードルは高く、現時点で楽観視するのは些か早いのが実情である。

マレーシア経済は、ASEAN(東南アジア諸国連合)内でも構造面で外需依存度が相対的に高く、財輸出の約2割、外国人観光客の1割強を中国(含、香港・マカオ)が占めるなど中国経済への依存度も高く、中国経済の動向の影響を受けやすい特徴を有する。他方、ここ数年は商品高や米ドル高による通貨リンギ安を受けた輸入インフレが重なり、インフレが昂進する事態に直面したため、中銀は物価と為替の安定を目的に累計125bpの利上げに動いたため、物価高と金利高の共存が内需の足かせとなる懸念も高まった。しかし、一昨年末以降の商品高や米ドル高の一巡を受けてインフレは頭打ちに転じるなど実質購買力の押し上げに繋がる動きがみられるほか、足下の中国経済は需給のバランスを欠く状況ながら底入れの動きを強めるなど外需を取り巻く環境にも改善の兆しがみられる。さらに、ここ数年の米中摩擦やデリスキング(リスク低減)を目指した世界的なサプライチェーン見直しの動きは、中国と距離が近く域内経済の統合が進むASEAN諸国への投資の追い風となる動きがみられる。このように国内・外を取り巻く環境変化の動きを受けて、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+5.86%と前期(同▲3.75%)から2四半期ぶりのプラスに転じるとともに、中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+4.2%と前期(同+2.9%)から加速して4四半期ぶりに4%を上回る伸びとなるなど底入れの動きを強めている様子がうかがえる。項目別では、昨年末にかけて大きく下押し圧力が掛かった反動も重なり財輸出が押し上げられる動きがみられたほか、世界的な人の移動が活発化するなかで外国人来訪者数も底入れしており、財、サービスの両面で輸出が拡大の動きを強める動きが確認されている。さらに、昨年以降のインフレ鈍化を受けた実質購買力の押し上げに加え、外需の底入れを追い風とする雇用改善の動きも重なり家計消費は堅調な動きをみせているほか、金利高が長期化するなかでも対内直接投資の流入も追い風に企業部門による設備投資は活発な動きをみせており、民間需要をけん引役に景気が押し上げられている。一方、昨年末に成立した今年度予算では歳出規模が3,938億リンギと過去最高になったにも拘らず、例年1-3月に大きく上振れする傾向がみられる政府消費は減少するなど進捗が遅れている模様である。なお、民間需要を中心とする内需の堅調さにも拘らず輸入の拡大ペースは輸出の拡大ペースを下回り、結果として純輸出(輸出-輸入)の成長率寄与度は前期比年率ベースで+6.84ptと成長率を上回る水準となるなど最大の押し上げ要因になっている。他方、在庫投資による成長率寄与度は+0.15ptと前期(同▲0.26pt)から2四半期ぶりのプラス寄与になったと試算されるものの、小幅に留まるなど先行きの在庫調整圧力が景気の足かせとなる可能性は乏しいと捉えられる。さらに、上述したように先行きは政府消費の進捗が景気の押し上げに資すると見込まれるなど、短期的にみれば経済成長が続く可能性が高まっていると捉えられる。

図 1 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移
図 1 実質 GDP(季節調整値)と成長率(前年比)の推移

図 2 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 2 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

他方、昨年以降インフレは頭打ちの動きを強めるとともに、足下のインフレ率は1%台で推移するなど一見して落ち着いているものの、このところのアジア新興国においてはエルニーニョ現象をはじめとする異常気象を理由とする農作物の生育不良を受けた食料インフレの動きが顕在化している。さらに、昨年後半以降の中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けて国際原油価格は底入れの動きを強めており、エネルギー価格にも上昇圧力が掛かるなど、生活必需品を中心とするインフレが懸念される動きがみられる。他方、年明け以降の国際金融市場においては米国のインフレの粘着度の高さが再確認されるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)による政策運営に対する見方を反映して米ドル高圧力が強まり、通貨リンギの対ドル相場はアジア通貨危機以来の安値を更新するなど、輸入インフレ圧力が強まる懸念も高まった(注1)。その後は国際金融市場を取り巻く環境が変化する度にリンギ相場は揺さぶられる展開が続いており、足下においては米ドル高圧力が後退するなかでリンギ相場は底打ちの動きを強めるなど輸入インフレに対する懸念は幾分後退している。ただし、1-3月のGDP統計を巡っては外需の堅調さを追い風に製造業で生産拡大の動きが確認されているほか、家計消費の堅調さはサービス業の生産を下支えするとともに、企業部門による設備投資の堅調さが建設業の生産を大きく押し上げている。他方、比較的堅調な推移をみせてきた鉱業部門や農林漁業部門の生産は異常気象の頻発を受けて下振れしており、先行きについては供給懸念を理由に食料インフレ圧力が一段と強まることが予想される。中銀は今月初めの定例会合で政策金利を6会合連続で据え置く決定を行っているものの(注2 )、リンギ相場は国際金融市場を取り巻く環境に応じて上下双方に大きく振れる動きがみられるなど外部環境に対応せざるを得ない状況にあり、相当期間に亘って現状の引き締め姿勢を維持する必要があるなど内需の足かせとなる懸念はくすぶる。さらに、中国景気に不透明感がくすぶるとともに、コロナ禍からの世界経済の回復をけん引した欧米など主要国景気の勢いにも陰りが出るなど世界経済の減速が懸念されるなか、リンギ安による輸出競争力の向上が輸出の押し上げを促すかは見通しが立ちにくい状況にある。1-3月のGDP統計公表を受けて中銀は今年の経済成長率見通しを+4~5%とする従来見通しから据え置いており、昨年(+3.6%(+3.7%から下方修正))から加速するとしているものの、上述したように先行きの景気を巡っては内・外需双方に不透明要因が山積する状況は変わらない。今年の経済成長率のゲタは+0.8ptと昨年(+1.2pt)からプラス幅が縮小していることを勘案すれば、昨年の経済成長率を上回るハードルは決して低くない。その意味では、国際金融市場を取り巻く環境や世界経済を巡る動きなど外部環境の行方も併せて同国経済の行方を楽観視するのは些か早いのが実情であろう。

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

図 4 リンギ相場(対ドル)の推移
図 4 リンギ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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