ブラジル中銀は為替に配慮、政策運営で政府と再び軋轢の懸念も

~利下げ幅縮小で慎重姿勢に傾くも票割れが生じるなど、政策運営を巡る対立再燃の可能性も~

西濵 徹

要旨
  • ブラジル中銀は8日の定例会合において7会合連続の利下げも、利下げ幅を25bpに縮小して政策金利を10.50%とする決定を行った。同国ではここ数年インフレが大きく上振れしたが、一昨年末以降の商品高と米ドル高の一巡を受けて頭打ちに転じたため、中銀は昨年8月以降断続利下げに動いてきた。しかし、ルラ政権の下で財政健全化は後ろ倒しされるとともに、足下では生活必需品を中心にインフレが再燃する動きがみられる。こうしたなか、昨年は実質金利のプラス幅の大きさを追い風に底入れしたレアル相場は米ドル高の再燃を受けて頭打ちしており、中銀は今月1日にルラ政権下で初の為替介入に動いた。金融政策を巡ってレアル相場に配慮せざるを得ない考えも示すなど中銀は難しい対応を迫られている。今回の決定では政策委員の間で票割れが起こることも明らかになっている。景気回復の兆しがうかがえる一方、先行きの金融政策を巡っては再び政府と中銀の間で軋轢が生じる可能性に注意を払う必要性が高まっている。

ブラジルではここ数年、度重なる大干ばつのほか、商品高や国際金融市場における米ドル高を受けた通貨レアル安による輸入インフレ、コロナ禍一服による経済活動の正常化の動きも重なりインフレが上振れする事態が続いてきた。こうした事態を受けて、中銀は2021年3月とコロナ禍後の主要国のなかでは早期に利上げに舵を切ったものの、その後もインフレが一段と上振れしたことで物価と為替の安定を目的に断続的に累計1175bpもの利上げに動いた。他方、一昨年末以降の商品高と米ドル高の一服を受けてインフレは頭打ちに転じたため、中銀は昨年8月に利下げに舵を切るとともに、その後も景気に配慮して断続利下げに動くなど景気に配慮する姿勢に転じている。なお、米FRB(連邦準備制度理事会)に先んじる形で利下げに舵を切ったものの、国際金融市場ではインフレ鈍化による実質金利(政策金利-インフレ)が大幅プラスで推移する投資妙味の高さの追い風とする資金流入の動きがレアル相場を下支えして輸入インフレ圧力を抑えるなどインフレ鈍化の動きを後押ししてきた。ただし、実質金利の高さは経済成長のけん引役である家計消費をはじめとする内需の重石となるとともに、資源輸出の拡大を通じて関係深化が続く中国経済を巡る不透明感の高まりは外需の足かせとなるなど、実体経済を取り巻く環境は厳しさを増している。こうした状況ながら、昨年に12年ぶりの返り咲きを果たしたルラ大統領の下ではバラ撒き志向による歳出増の動きが財政悪化を招くことが懸念される一方、税制改正による税制簡素化に道筋を付けるなど財政の持続可能性向上への取り組みが進捗していることを理由に主要格付機関は格上げを実施するなど評価する向きもみられる(注1)。しかし、足下ではプライマリー収支の赤字拡大を受けて公的債務残高は積み上がる動きがみられるほか、景気は勢いを欠く推移が続くなかでGDP比の上昇ペースも加速するなど、財政運営に対する不透明感がくすぶる状況は変わらない(注2)。その上、一昨年以降にインフレは頭打ちの動きを強めた反動を受けて昨年後半以降は底入れに転じているほか、異常気象を理由とする食料インフレの動きに加え、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れの動きはエネルギー価格の上昇を招くなど生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。さらに、上述のように昨年は実質金利のプラス幅の高さがレアル相場を下支えしたものの、年明け以降は米ドル高の再燃を受けてレアル相場は頭打ちの動きを強めており、中銀は今月1日にルラ政権下で初めての為替介入に動くなど難しい対応を迫られている(注3)。なお、中銀は為替介入の理由に信金需給の円滑化を挙げる一方、中銀のカンポス・ネト総裁は不確実性を理由に金融政策を巡って慎重姿勢を示すなどレアル相場の動向を配慮せざるを得ない様子もうかがわれた。こうしたなか、中銀は8日の定例会合で7会合連続の利下げも、利下げ幅を25bpに縮小して政策金利を10.50%とする決定を行った。会合後に公表した声明文では、今回の決定について「国内外を取り巻く環境は不確実性が高まる可能性が高く、金融政策運営には慎重な姿勢が必要」とした上で、昨年8月以降の利下げ局面では一貫して次回会合に関するフォワードガイダンスを行うもこれを取り止めるとともに、緩和サイクルの期間と度合いについて「適切な期間のうちにインフレ目標を達成する確固とした決意に基づいて定まることを特に強調する」との考えを盛り込んだ。さらに、今回の決定に際してはカンポス・ネト総裁を含む5人の政策委員が25bpの利下げ、4人の政策委員が50bpの利下げを主張する票割れが生じるなど、政策委員の間で見方が大きく割れている様子がうかがえる。ただし、上述のように生活必需品を中心にインフレ圧力が強まっていることを受けてインフレ見通しを「今年は+3.8%、来年は+3.3%」と従来見通し(各々+3.5%、+3.2%)から引き上げており、ハト派姿勢の後退は避けられなくなっている。足下の企業マインドは製造業、サービス業ともに好調な推移をみせるなど景気回復を示唆する動きがみられるものの、海外経済を巡る不透明感が高まるとともに、高金利状態の長期化による国内経済への悪影響も懸念されるなかで中銀と政府の間で再び金融政策を巡る軋轢が高まる可能性にも注意する必要があろう。

図1 公的債務残高とGDP比の推移
図1 公的債務残高とGDP比の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

図3 レアル相場(対ドル)の推移
図3 レアル相場(対ドル)の推移

図4 製造業・サービス業 PMIの推移
図4 製造業・サービス業 PMIの推移

以 上


西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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