ブラジル石油公社CEO、現政権でも政治介入により事実上更迭

~政治介入を巡る不透明感は株価に加え、中銀への政治介入がレアル相場に影響する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • このところのブラジルでは、閣僚に準じる国営石油公社(ペトロブラス)CEOが政争争いに利用される動きが続く。ボルソナロ前政権下ではエネルギー価格の設定を巡る対立を理由に3人が事実上更迭される動きがみられた。昨年発足したルラ政権は上院議員ながらエネルギー業界に明るいプラテス氏を据えた。プラテス氏は規律を重視した投資計画や配当支払いを通じて金融市場からの信任向上に取り組んできたが、ルラ政権内からは物価抑制に向けた燃料価格引き下げ、景気下支えに向けた雇用や投資の拡充を求めて軋轢が先鋭化する動きがみられた。こうしたなか、15日にプラテス氏が同社CEOを事実上更迭され、後任にはルラ大統領に近いシャンブリアール氏が指名されるなど政治介入が強まる懸念が高まっている。同社の株価は主要株価指数(ボベスパ指数)に大きく影響を与えるほか、今後は中銀に対する政治介入に発展する可能性もあるなどレアル相場の行方にも不透明感が高まることに注意を払う必要があろう。

このところのブラジルでは、閣僚に準じるポストとされる国営石油公社(ペトロブラス)の最高経営責任者(CEO)の人事が政争争いに利用される展開が続いている。同社を巡っては政界を巻き込んだ一大汚職事件の舞台となり、連邦警察による捜査は現職や元大統領に及び、昨年大統領に返り咲いたルラ氏は懲役刑の有罪に(その後に公判手続きの不備を理由に有罪判決は無効に)、当時のルセフ大統領は弾劾を通じて罷免される事態に発展した。さらに、同社は物価抑制の観点からエネルギー価格に、また、景気下支えの観点から雇用や投資計画などを巡ってしばしば『政治的圧力』に晒されるなど難しい対応を迫られてきた。なお、『小さな政府』を志向する極右のボルソナロ前政権下では、当初は不良資産の売却や債務圧縮による経営合理化、政治的影響力を抑える経営方針が採られたことで金融市場からの信認向上が図られてきた。しかし、その後は歴史的大干ばつに加え、原油などの国際商品市況の上振れ、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨レアル安による輸入インフレが重なる形でインフレが昂進するなか、同社は国際原油価格の上昇に連動する形でガソリンなどの国内価格を決定する姿勢を維持したため、ボルソナロ前政権は一転して同社に対する政治的圧力を強める動きをみせた。結果、2021年初めから2022年半ばにかけての1年半ほどの間に同社のCEOが計3人も事実上更迭される異常事態に見舞われた(注1)。その後、ボルソナロ前政権の下で4人目の同社CEOとなったアンドラーデ氏の経営手腕に注目が集まったが、ウクライナ戦争をきっかけに上振れした国際原油価格が一転して頭打ちし、政権が要望してきたガソリン価格の引き下げ実施が可能となり(注2)、政権終了までCEOに留まることが可能となった。ただし、上述したように同職は閣僚に準じる政治任用ポストであり、一昨年の大統領選で左派・労働党(PT)から出馬したルラ元大統領が勝利して昨年1月に政権交代が行われると、PT所属の上院議員であったプラテス氏が同社CEOに就任した。なお、プラテス氏自身は上院議員になる前、長年に亘ってエネルギー業界(再生可能エネルギー)のコンサルタントに従事し、その後に北東部のリオグランデ・ド・ノルテ州の州務長官(エネルギー・国際問題担当)を務めるなど業界に明るく、同社が直面する課題(再生可能エネルギー事業への戦略的転換や停滞する精製部門向け投資の再開)の解決推進が期待された。他方、ルラ大統領は景気回復を目指して中銀に対して早期の利下げ実施を要求し、総裁人事への介入を示唆するなど独立性を軽視する動きをみせたほか(注3)、同社に対してもエネルギーの国内価格の設定方法に関して批判を展開したことで同社への政治的介入が強まることが警戒された。事実、プラテス氏は規律を重視する形で設備投資の拡充に取り組むとともに、収益に応じた配当支払いを通じて金融市場からの信任維持を図ってきたものの、ルラ政権や与党PT内からはこうした経営方針に対する不満が高まり、景気下支えや雇用創出を目的に配当を減額して一段の設備投資の拡充を求めるとともに、プラテス氏の交代を求める声が日増しに強まってきた。こうした批判に対応すべく、昨年末に同社が公表した投資戦略では今年からの投資額を当初計画から3割程度拡充するとともに、その財源としてボルソナロ前政権下で計画された売却資産の組み入れなどを充当するなど、資本規律や負債削減にも併せて取り組む方針を明らかにするなど、金融市場の懸念にも配慮する姿勢をみせた。しかし、その後もシルベイラ鉱業・エネルギー相は同社やプラテス氏に対する批判を強めるとともに、対立が激化する事態に発展し、同社の取締役会の大半を交代してシルベイラ氏の意向を反映しやすくするとともに、今年3月にはプラテス氏の意向を無視する形で特別配当支払いを差し止めるなど対立が先鋭化していた。こうしたなか、同社は15日にプラテス氏がCEOを、同氏を財務戦略面で支えたカエタノ氏がCFO(最高財務責任者)を退任することを明らかにするなど、1年半弱で事実上更迭される格好となった。さらに、後任のCEOにはルラ大統領に近く、ルセフ元政権下で国家石油・天然ガス・バイオ燃料監督庁(ANP)長官を務めたシャンブリアール氏が指名されており、今後は同社に対する政治介入の動きが一段と強まる可能性が高まるとともに、投資計画を巡って不透明感が増すことが懸念される。同社はブラジルの主要株価指数(ボベスパ指数)における代表的な値嵩株のひとつであり、同社に対する不透明感の高まりは株価の重石となることが懸念されるほか、政治介入の動きは今月初めに通貨防衛の観点から利下げ幅の縮小に動いた中銀に強まる事態も考えられるなど(注4)、レアル相場の重石となる可能性にも注意する必要があろう。

図1 レアル相場(対ドル)とボベスパ指数の推移
図1 レアル相場(対ドル)とボベスパ指数の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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