アルゼンチン中銀が突如利下げに舵、「壮大な社会実験」の行方は如何に

~インフレ抑制への当局の自信の現れか、金融市場の期待と裏腹に国民生活は厳しさを増す展開~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチン中銀は11日に政策金利を2000bp引き下げて80%とする決定を行った。同国では昨年の大統領選を経てリバタリアン(自由至上主義)を掲げるミレイ政権が発足し、「ショック療法」的な政策運営が展開されている。IMFや金融市場はミレイ政権の政策運営に期待を寄せるが、議会で与党は少数派に留まるなかで政権は大統領令を通じた政策運営を続ける。他方、足下のインフレは一段と加速するなど鎮静化の見通しが立たない状況が続くが、中銀はインフレ鈍化や外貨準備高の回復の兆しを利下げの理由に挙げる。ただし、利下げは非公式レートの調整を招いてインフレ収束を難しくすることが予想される。政権が主導する「壮大な社会実験」の裏で国民生活は疲弊するなかで、同国経済の見通しは立ちにくい状況が続く。

アルゼンチン中銀は11日、政策金利である翌日物リバースレポ金利を2000bp引き下げて80%とする決定を行った。同国においては、昨年の大統領選で勝利したリバタリアン(自由至上主義)を標ぼうするミレイ氏が大統領に就任し、政権発足当初から『ショック療法』的な経済改革を矢継ぎ早に打ち出す動きをみせている(注1)。政権発足前は非公式レートとの乖離が拡大する展開が続いたものの、通貨ペソの公定レートの切り下げを受けて乖離幅は縮小する一方、政権公約に掲げるペソの廃止が意識されるなかでペソ安に歯止めが掛からない状況が続いている。なお、ミレイ政権による政策運営は、政権を支える与党勢力が議会上下院ともに少数派に留まるなど『ねじれ状態』となるなか、議会手続きを経ず大統領令の公布により推進される展開が続いており、こうした手法を巡って疑問が呈される動きがみられる。こうした状況ながら、IMF(国際通貨基金)は最新の審査資料においてミレイ政権が推進する経済安定化計画を評価する姿勢をみせる一方、実現のハードルの高さを懸念する考えをみせている。また、IMFのみならず金融市場もミレイ政権による政策運営を支持している模様であり、主要株価指数(メルバル指数)は先月初旬に史上最高値を更新するなどの動きもみられた(注2)。しかし、政権が先月議会に提出した経済改革法案を巡っては、議会で多数派を占める野党や中間派が中心となる形で否決されるなど、構造改革の進捗は一進一退の展開となることは避けられそうにない。他方、足下の貧困率は6割弱に上るとの調査結果が公表されている上、足下のインフレはペソ切り下げに伴う輸入インフレを追い風に一段と加速しており、2月のインフレ率は前年比+276%、コアインフレ率も同+292%と33年ぶりの高水準となるなど鎮静化の目途が立たない状況が続いている。さらに、賃金交渉を巡る労使協議が合意に至らなかったことを受けて、政権は2月の最低賃金を+15.4%(15.6万ペソ→18万ペソ)、今月も+12.7%(18万ペソ→20.28万ペソ)引き上げる大統領令を交付しており、ペソ安に歯止めが掛からないことも重なり当面のインフレは一段と上振れする可能性が高まっている。こうした状況にも拘らず中銀は一転して利下げに動くとともに、同行はその理由として現政権が発足した後にインフレ鈍化や外貨準備高の回復といった兆しがうかがえることを挙げる。事実、足下では減少の動きが続いた外貨準備高が底打ちに転じる動きがみられるほか、1月末のIMF支援を巡る7次レビューの理事会承認を経て約47億ドルの払い込みを受けていることを勘案すれば、底入れが進んでいる可能性はある。今回の唐突な利下げ実施は当局がインフレ抑制への自信を高めている現れと捉えられる一方、ペソの流動性が高まることで非公式レートの調整を招くとともに、そのことがインフレ収束の道筋を厳しくすることも予想される。ミレイ政権が主導する『壮大な社会実験』の裏で国民生活は疲弊の度合いを強める様子もうかがえるなど、金融市場が抱く期待とは裏腹に同国経済の見通しは依然として立ちにくい状況にあると捉えられる。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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