アルゼンチン、金融市場やIMFは改革姿勢を評価も現状は困難が続く

~IMFも指摘する通り経済改革の実現のハードルは高く、現状は慎重に推移を見守るしかないか~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンでは昨年の大統領選を経てミレイ政権が誕生した。リバタリアンを標ぼうする同氏は極端な政権公約を掲げて当選し、政権発足直後は「ショック的な調整」による経済改革に舵を切っている。通貨ペソの公定レートの大幅切り下げに動くなど非公定レートとの乖離縮小に動いており、一時に比べて乖離幅は縮小したものの、公約に掲げるペソ廃止が意識されるなかでペソ相場はジリ安の展開が続いている。
  • 一方、政権を支える与党勢力は議会上下院双方で少数派に留まるなか、ミレイ政権は議会を経ない大統領令を通じて経済改革を進める姿勢をみせる。こうした動きには批判も少なくない一方、IMFは最新の支援レビューにおいて改革内容の野心さや大胆さを評価する。しかし、改革実現のハードルは高いと見込まれるなか、政府が議会に提出した経済改革案は反対多数で否決されるなど、困難な道のりは避けられない。
  • ミレイ氏によるペソ切り下げも影響して足下のインフレは1990年初頭のハイパーインフレ以来の高水準となっている。一連の改革効果の発現には時間を要するとみられるが、国民の4割以上が貧困状態にあり、公的部門のスリム化も重なり景気実感は数字以上に厳しくなることも。IMFや金融市場はミレイ政権の改革姿勢を好感しているが、現時点においては同国に対して慎重な見方を維持せざるを得ないであろう。

アルゼンチンでは、昨年実施された大統領選を経てミレイ政権が発足した。ミレイ氏は元々リバタリアン(自由至上主義)を標ぼうする経済学者である上、その後は金融機関などでエコノミストを務めた後、テレビ番組のコメンテーターとして知名度を上げた経歴を有する。その後、2021年の議会選を前に右派ポピュリスト政党である「自由の前進」に参画するとともに下院議員となるなど政治キャリアは浅い。その一方、上述したように国民の間で知名度が高いことに加え、『型破り』と称される政治スタイルや極端な主義主張を展開することにより、経済危機が長期化するなかで既存政治家が一向に事態打開への道筋を示すことが出来ないなかで若年層を中心とする不満の受け皿となったと捉えられる。なお、上述のようにミレイ氏は極端な主張を展開するなか、政権公約に経済立て直しに向けた『奇策』として通貨ペソの廃止による経済のドル化や中銀の廃止など、その実現性や有効性に疑問が生じる方策を打ち出した。しかし、政権発足後は財政健全化を目的とする歳出削減や公的部門のスリム化、通貨ペソの公定レートの大幅切り下げに加え、経済改革を目的とする300項目超の法改正を定めた大統領令公布により幅広い分野での規制緩和に取り組む方針を示すなど『ショック的な調整』に動いた(注1)。公定レートの切り下げにより政権発足前には非公式レートが大幅に下落して乖離が広がる動きがみられたものの、その後の乖離幅は幾分縮小している一方、政権公約に掲げるペソ廃止が意識されるなかでペソ安に歯止めが掛からない状況が続いている。

図表1
図表1

なお、昨年の大統領選と同時に実施された議会上下院選挙では、政権を支える自由の前進はミレイ氏が大統領選に勝利した勢いも追い風に議席数を積み増す動きがみられたものの、上下院ともに少数与党に留まるとともに、一部の中道右派政党が連立には加わらない形で『友党』となる動きがみられるもいずれも少数派に留まる状況が続いている。よって、議会対策を巡っては野党に属するなかでも政策ごとに協議に応じる姿勢をみせる『中立派』の取り込みが不可欠であるなど難しい対応を迫られる状況にあると捉えられる。こうしたこともあり、ミレイ政権は政策運営に当たってすべての大統領令を議会による手続きを経ない形で公布する状況を続けており、こうした手法に対しては少なからず疑問が呈される動きもみられる。他方、同国はIMF(国際通貨基金)から総額440億ドル(319.44億SDR)規模の拡大信用供与措置(EEF)に基づく支援を受けているが、新政権発足直後から7次レビューに関する協議が行われたほか、先月末の理事会で承認されたことで約47億ドル(35億SDR)の払い込みを受けた。IMFが公表した審査資料では、政権による経済安定化計画が歴代政権と比較して『野心的』かつ『大胆』であると評価するとともに、選挙結果が改革実現を後押しするとの見方を示す一方、歴代政権による失政による問題が山積していることや議会内勢力を巡る複雑さ、インフレ常態化による実質賃金の下落、貧困率の高さなどが改革のハードルになり得るとの見方を示している。事実、ミレイ政権が大統領令とは別に500項目以上の国家機能改革を目指した経済改革法案を議会に提出したものの、野党を中心とする多数派が反対して否決される事態となっており、経済改革の道のりは一進一退の展開が続くことは避けられないであろう。

図表2
図表2

また、ミレイ政権がペソの公定レートの切り下げに動いたことに加え、非公定レートはその後も下振れする展開が続くなど輸入インフレ圧力が掛かりやすい状況にある。こうした状況を反映して足下のインフレは一段と加速する展開が続いており、2月のインフレ率は前年比+254%、コアインフレ率は同+276%と1990年代初頭のハイパーインフレの頃以来となる高い伸びとなるなど一段と厳しい状況に直面している。ミレイ大統領は一連の経済改革を巡って、政策効果の発現には時間を要するため当面は状況が一段と厳しくなる可能性があるとの見方を示しており、足下についてはそうした状況に直面していると捉えられる。ただし、ここ数年の経済危機に加え、コロナ禍による経済の悪化も重なる形で国民の4割以上が貧困状態に陥るなど極めて厳しい状況に置かれているなか、インフレに歯止めが掛からない状況が続く一方、新自由主義に基づく経済政策により公的部門のスリム化が進むことにより社会保障などの縮小が図られることで現実の実質賃金の下落以上に『体感として』の実質賃金の下落が進む状況が長期化すれば、ミレイ氏や与党を取り巻く状況が急速に厳しさを増すことも予想される。上述したようにIMFはミレイ氏による政権運営を支持する姿勢をみせているほか、金融市場においても主要株価指数(メルバル指数)が今月初めに史上最高値を更新するなどミレイ政権による経済改革の進展を期待している様子がうかがえる。とはいえ、歴代政権による失政の『ツケ』が積もりに積もっていることに加え、現時点において事態打開に向けて『壮大な社会実験』的な政策運営が成功するか否かは見通せないことを勘案すれば、同国の行方については慎重な見方を維持せざるを得ないのが実情であろう。

図表3
図表3

図表4
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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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