アルゼンチン大統領選、決選投票は右派のミレイ氏が勝利

~極端な公約に加えて手腕は未知数の一方、外交面では中南米で広がる「ピンクの潮流」に変化も~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンで19日に実施された大統領選挙の決選投票では、独立系右派ポピュリスト政党の自由の前進から出馬した自由至上主義を標榜するハビエル・ミレイ下院議員が勝利した。8月の予備選で事前予想を覆して同氏がトップに立ち注目されたが、公約には通貨ペソや中銀廃止による経済のドル化など極端な内容が多く手腕は未知数である。さらに、金融市場では通貨ペソに売り圧力が掛かり、インフレに歯止めが掛からない状況に陥るなど経済危機からの脱却の道筋も見通しにくい。議会内では中道右派勢力との連立も期待されるが、公約を巡る隔たりの大きさは政権運営の足かせとなる懸念もある。他方、外交面では中国や隣国ブラジルと距離を置く姿勢をみせており、米国との関係強化に舵を切ることが考えられるなど、ここ数年中南米で広がる「ピンクの潮流」の流れに変化が起こる可能性に注目する必要があると捉えられる。

アルゼンチンでは19日、大統領選挙の決選投票が実施された。先月実施された第1回投票においては、フェルナンデス現政権を支える最大与党の正義党(ペロン党)を中心とする与党連合(祖国同盟)から出馬したセルヒオ・マサ経済相がトップに、独立系右派ポピュリスト政党の自由の前進から出馬したリバタリアン(自由至上主義)経済学者のハビエル・ミレイ下院議員が2位に着ける形となり、両者による決選投票に持ち込まれた(注1)。なお、同国政界においては長らく、左派の祖国同盟と中道右派の主要野党連合であるカンビエモス(変化とともに)の二大勢力という対立構図が展開されてきたため、今回の大統領選においても両勢力の激突になるものと予想された。しかし、8月に実施された大統領選に向けた予備選挙において両陣営にも属しない『第3の候補』であるミレイ氏が事前の予想を覆す形でトップに立ったことを受け、一転してミレイ氏の動向に注目が集まった(注2)。ミレイ氏は既存政治を厳しく指弾して距離を置く姿勢を示すとともに、リバタリアンを標ぼうして公約に通貨ペソ廃止による経済のドル化や中銀廃止のほか、公共支出の大幅削減や国営企業の民営化などを訴えるなど、政策の大転換を図る姿勢をみせてきた。他方、マサ氏は左派ペロン党内では穏健派に属しており、経済相としてIMF(国際通貨基金)との債務再編交渉を主導した実績を追い風に、選挙戦では農産品や資源などの輸出拡大による貿易黒字化の促進、公教育の拡充や若年層の就労支援、インフレ抑制による経済危機からの脱却を訴えた。ただし、同国経済を巡っては危機的状況が長期化し、通貨ペソの下落や高インフレが続くなかで国民生活は大打撃を受けるなかで国民の約4割が貧困に喘ぐ苦境に直面しており、国民の間に既存政治への拒否感が強まる流れがミレイ氏への支持に繋がったとみられる。その一方、ミレイ氏の政治手腕が未知数であることに加え、その公約を巡る不透明感を理由に国際金融市場においては通貨ペソ相場に売り圧力が強まる事態となり、結果的にインフレが上振れして収束の見通しが立たない状況に陥るなど同国経済を取り巻く状況は一段と厳しい状況に追い込まれてきた。こうしたなかで実施された決選投票においては、ミレイ氏の得票率は中間集計段階で55.74%と半数を上回る結果となり、来月にミレイ次期大統領が就任する見通しとなっている。他方、第1回投票と同時に実施された議会上院(元老院:3分の1改選)と議会下院(代議院:2分の1改選)総選挙においては、ミレイ氏が属する自由の前進が上下両院双方で議席を獲得しているものの、いずれも少数派に留まる。決選投票に向けては中道右派のカンビエモスがミレイ氏支持を公表しており(注3)、来月招集される新たな議会においては上下院ともにミレイ次期政権を支える与党連合に加わる可能性が考えられるものの、ミレイ氏が掲げる極端な公約を巡って距離が大きいことを勘案すれば、安定した政権運営がなされるかは極めて未知数と捉えられる。外交関係を巡っても、リバタリアンを標ぼうするミレイ氏は共産主義国である中国を批判するとともに、今年1月に左派政権が誕生して中国との関係深化を図る隣国ブラジルにも批判の矛先を向けており、フェルナンデス政権がブラジルとの間で合意した共通通貨創設への協議(注4)は不透明になるほか、来年1月に同国が加わることで合意したBRICSの行方にも少なからず影響を与える可能性がある(注5)。また、同国とブラジルが加盟するメルコスル(南米南部共同市場)に対しても批判的な見方を示しており、米国との関係強化に大きく舵を切ることも考えられる。その意味では、ここ数年の中南米諸国においては『ピンクの潮流』とも称される左派ドミノ的な動きが広がるなかで米国と距離を置く一方、中国との距離が近付く流れがみられたものの、そうした状況に変化の兆しが出る可能性もあるなど、同国の行方は地域情勢にも影響を与えることに注意する必要がある。

図1 ペソ相場(対ドル)の推移
図1 ペソ相場(対ドル)の推移

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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