アルゼンチン大統領選、与党候補と「第3極」候補による決選投票へ

~金融市場はマサ氏のトップ通過を好感も、決選投票に向けて予断を許さない状況が続く可能性は高い~

西濵 徹

要旨
  • アルゼンチンでは22日に大統領選挙の第1回投票が行われた。8月の予備選では、「第3極」の独立系リバタリアン経済学者のミレイ氏がトップになる予想外の結果となり、通貨や国債への売り圧力が強まる事態を招いた。その後も世論調査ではミレイ氏の躍進が示唆され、ペソの非公式レートに調整圧力が掛かる状況が続いた。しかし、第1回投票では現与党のマサ経済相がトップに、ミレイ氏は次点となった。予備選から投票率が上昇するなど、ミレイ氏の当選が警戒された可能性がある。市場ではマサ氏の予想外のトップを好感する向きがある一方、世論調査ではミレイ氏に対して分が悪い結果が出ている。決選投票まで残り1ヶ月を切るなか、同国経済を取り巻く状況を巡っては引き続き予断を許さない展開が続くものと予想される。

アルゼンチンでは22日、4年に一度の大統領選(第1回投票)が実施された。8月に実施された予備選挙においては、独立系野党の自由の前進から出馬したリバタリアン(自由至上主義)経済学者のハビエル・ミレイ氏が首位となる事前予想を覆す結果となった(注1)。直後には、ミレイ氏が掲げる公約(中銀廃止、通貨ペソ廃止による経済のドル化など)に加え、IMF(国際通貨基金)からの支援受け入れ条件の履行見通しが立たなくなることが警戒され、通貨や国債などに売り圧力が強まり、中銀は大幅利上げとペソ切り下げを迫られる事態に発展した(注2)。その後も、世論調査においてはミレイ氏と自由の前進が支持率を集める動きが確認されたことで、中銀は大統領選までを対象にペソの対ドル相場を1ドル=350ペソで固定する方針を示す一方、非公式レートは公定レートを大きく下回る推移をみせるなど売り圧力が強まる展開が続いてきた。さらに、足下の同国は歴史的な大干ばつに直面するなど主力産業である農業関連の生産が低迷して景気に下押し圧力が掛かる動きがみられるほか、ペソ安の加速を受けた輸入インフレ圧力の高まりを反映して頭打ちの兆しがみられたインフレ率は再び加速の動きを強めるなど、収束の見通しが立たない状況に陥っている。ここ数年の経済危機に加え、スタグフレーションが長期化するなかで国民の約4割が貧困に喘ぐなど経済状況は一段と厳しさを増しているものの、中銀は12日の金融政策委員会において政策金利を15%引き上げて133%とするなど難しい対応を迫られている(注3)。国民の間では既存の政治家に対する拒否感にも似た感情が強まる動きがみられるなか、上述のように世論調査ではミレイ氏や自由の前進を後押しする動きがみられたなかで最終盤を迎えた。こうしたなか、第1回投票の投票率は77.65%と8月の予備選挙(69.73%)から+7.92pt上昇するなど国民の間で選挙への関心が高まっており、上述のように予備選挙での予想外の結果を受けてその後の金融市場が混乱の度合いを増したことが影響したと考えられる。なお、選挙結果はフェルナンデス現政権を支える最大与党の正義党(ペロン党)を中心とする与党連合(祖国同盟)から出馬したセルヒオ・マサ経済相の得票率が36.68%でトップになるとともに、予備選挙時点(27.27%)から得票率を大きく伸ばした格好である。他方、ミレイ氏の得票率は29.99%の次点に留まるとともに、予備選挙時点(30.04%)からわずかに得票率が下回るなど、最終盤にかけてミレイ氏が大統領選に勝利した場合を警戒する向きが強まった可能性が考えられる。一方、予備選挙においては主要野党の共和国提案党を中心とする中道右派勢力(カンビエモス:変化とともに)が自由の前進に次ぐ票(得票率28.28%)を集めるとともに、パトリシア・ブルリッチ元治安相に候補が一本化されたことで中道層への訴求力が高まることが期待されたものの、得票率は23.84%と予備選挙時点を下回る状況に留まった。なお、いずれの候補も第1回投票での当選要件(得票率が45%を上回る、ないし、得票率は40%以上で次点の候補に10bp以上差を付ける)を満たしておらず、マサ氏とミレイ氏の両者が来月19日に実施される決選投票に進むこととなった。なお、金融市場においては最終盤でマサ氏の得票率がミレイ氏を上回る結果となったことで、マサ氏の下でIMFやパリクラブ(主要債権国会議)との債務再編交渉が取りまとめられたことに加え、政権公約にインフレ抑制や公教育の拡充などを掲げるなど『穏当な』政策を志向する姿勢をみせるなか、この結果に安堵する向きがみられる。他方、企業部門を中心に中道右派のブルリッチ氏をする向きが強かったなか、同氏が決選投票に残ることが出来なかったことを警戒する向きもくすぶる。というのも、世論調査においては決選投票に関する調査も行われており、マサ氏とミレイ氏が決選投票に勝ち残ったと想定した場合、多くの調査でミレイ氏が勝利するとの結果が示されていることがある。その意味では、決選投票まで残り1ヶ月は引き続き予断を許さない展開が続くものと予想される。

図 1 ペソ相場(対ドル)の推移
図 1 ペソ相場(対ドル)の推移

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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