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2023.08.01
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チリ中銀、インフレ鈍化を理由に「積極的」な利下げに舵を切る
~中国による景気下支えは経済の追い風に、今回の決定は中南米諸国の利下げを後押しする可能性~
西濵 徹
- 要旨
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- チリ中銀は、先月28日の定例会合において政策金利を100bp引き下げ10.25%とする決定を行った。同国では、新自由主義に基づく経済政策の下で経済格差が広がる一方、商品高によるインフレが直撃したことで一昨年に左派政権が誕生した。しかし、その後も商品高や米ドル高によるインフレ昂進を受けて中銀は断続利上げを余儀なくされ、景気後退に見舞われるなどスタグフレーションに陥った。一方、インフレ率は昨年8月をピークに頭打ちに転じ、中銀は昨年末以降利上げ局面を休止させた。その後のインフレ鈍化を受けて中銀は5月の定例会合で将来的な利下げの可能性を示唆したが、想定以上のインフレ鈍化の動きが今回の積極的な利下げを後押しした。支持率低迷を受けて政権運営に不透明感が高まる一方、中国が景気下支えに舵を切る動きは景気の追い風になると期待される。さらに、足下の中南米ではインフレが鈍化しており、同国が積極的な利下げに舵を切ったことで今後は他の国々の利下げを後押しすると見込まれる。
南米のチリでは、一昨年に実施された大統領で左派のボリッチ氏が勝利して同国で史上最年少の大統領が誕生するなど、ここ数年の中南米で広がりをみせる『ピンクの潮流』と称される動きが及ぶ格好である。同国は長らく伝統的に新自由主義的な経済政策や貿易政策を志向してきたものの、新自由主義的な経済政策の背後で社会経済格差が拡大してきたほか、一昨年来の商品高を受けた生活必需品を中心とする物価上昇により貧困層や低所得者層が極めて厳しい状況に置かれたことも政権交代に繋がった。他方、同国は新自由主義的な貿易政策に伴う『全方位外交』を国是とするなか、それに伴う積極的なワクチン調達とその接種を追い風に早期に経済活動の正常化に舵を切るとともに、ピニェラ前政権の財政出動も追い風にマクロ経済面ではコロナ禍の克服が進んだ。しかし、その後も商品高に加え、国際金融市場における米ドル高を受けた通貨ペソ安に伴う輸入インフレも重なりインフレ率は上振れして中銀の定めるインフレ目標を大きく上回る事態に直面してきた。よって、中銀は一昨年7月に物価抑制を目的に利上げ実施に舵を切ったほか、その後も物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされるなど難しい対応を迫られた。結果、一昨年の政権交代にも拘らず、昨年の実体経済は経済活動の正常化を受けたペントアップ・ディマンド(繰り越し需要)の一巡に加え、物価高と金利高の共存状態の長期化により実質購買力に下押し圧力が掛かるとともに、主力産業である銅鉱山でのストライキ頻発も重なり、年初から3四半期連続のマイナス成長となる景気後退局面に見舞われるなど、物価高と景気後退が重なるスタグフレーションに陥った。さらに、通貨ペソの対ドル相場は昨年7月に史上最安値を更新するとともに、インフレ率も昨年8月に30年ぶりの水準に加速したものの、その後は米ドル高の動きが一巡して輸入インフレ圧力が後退しているほか、商品高も一服したことでインフレ率は頭打ちに転じている。よって、中銀は昨年末に約1年半に及んだ利上げ局面を休止させるとともに、その後はインフレ率が頭打ちの動きを強めていることも追い風に政策金利を据え置く対応をみせてきた。中銀は、5月の定例会合において5回連続で政策金利を11.25%に据え置く決定を行う一方、政策委員の間で利下げを主張する動きが確認されるとともに、先行きの利下げに含みを持たせる姿勢をうかがわせるなど態度を軟化させる兆候をみせた(注1)。なお、足下の中南米諸国においては、米ドル高の動きに一服感が出ている上、インフレ鈍化に伴い実質金利のプラス幅が拡大しているほか、原油をはじめとする国際商品市況の底入れも重なり通貨は底堅い動きをみせている。しかし、同国の通貨ペソ相場は足下で上値の重い展開が続くなど対照的な状況にある。この背景には、中国景気を巡る不透明感を理由に主力の輸出財である銅価格の上値が重い展開が続いてきたことが影響しているとみられる。こうした状況ながら、中銀は先月28日の定例会合において政策金利を100bp引き下げて10.25%とする大幅利下げに舵を切るとともに、会合後に公表した声明文でも今回の決定について「インフレ率、コアインフレ率がともに前回会合の想定以上に早く低下している」ことで「インフレ収束プロセスが定着していることに基づき利下げサイクルを開始した」と説明している。よって、先行きも今回同様に大幅利下げが繰り返し実施されるなど積極的な利下げプロセスに傾く可能性は高まっていると判断出来る。足下の同国においては、左派のボリッチ政権の下では主力産業のひとつであるリチウム産業の国有化を発表する『資源ナショナリズム』に傾く動きがみられる一方(注2)、景気低迷の長期化による政権支持率の低下を受けて、政権公約に掲げた憲法改正の行方に不透明が増すなど政権運営の行方は見通しにくくなっている(注3)。他方、中国が景気刺激策に舵を切ったことは、輸出の4割を中国向けが占めるなど中国への依存度が極めて高い同国経済の追い風になると期待され、頭打ちしてきたペソ相場を押し上げるとともにインフレ鈍化を促す可能性も考えられる。よって、中銀は今後も積極的な利下げに動くと見込まれるほか、ブラジルをはじめとする他の中南米諸国が利下げに動く流れを生むことも予想される。
注1 6月20日付レポート「チリ中銀、5会合連続で金利据え置き決定も、先行きの利下げ実施に含み」
注2 4月24日付レポート「チリ・ボリッチ大統領がリチウム産業の国有化発表、「資源ナショナリズム」に舵」
注3 5月10日付レポート「チリ、制憲評議会選で右派が圧倒的多数、改憲の行方は一転不透明に」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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