インドは中国を超えるのか インドは中国を超えるのか

チリ中銀、長期のスタグフレーションで政策対応は困難な展開が続く

~景気低迷が長期化するなかでインフレ収束の見通し立たず、政治・経済ともに困難な状況が続く~

西濵 徹

要旨
  • 南米チリでは一昨年の大統領選で左派のボリッチ氏が勝利し、中南米で広がる「ピンクの潮流」が同国に及んだ。コロナ禍に際してはワクチン接種を追い風に早期に経済活動の正常化が進んだが、物価高と金利高の長期化に加えて銅価格の低迷も重なり、昨年は3四半期連続のマイナス成長に陥った。足下の景気は力強さを欠く展開が続いてスタグフレーションが長期化するなど、経済は極めて難しい状況に直面している。
  • 一昨年以降昂進したインフレ率は昨年9月をピークに頭打ちしており、中銀は昨年12月に利上げ局面を休止させた。その後のインフレ率は鈍化するも高止まりしており、中銀は4日の定例会合において3会合連続で政策金利を据え置いたが、インフレの鈍化が想定より遅れることを警戒する姿勢をみせた。物価動向如何では再利上げに含みを持たせるなど、スタグフレーションが長期化するなかで難しい対応を迫られている。
  • 政権交代を後押しした憲法改正を巡っては、昨年実施された国民投票で改憲案が否決されるなど、仕切り直しを余儀なくされている。今年12月に新憲法案の国民投票が実施されるが、政権交代から丸1年が経過して中道派を意識した軌道修正を迫られる展開が続く。国際金融市場に不透明感が強まるなか、足下の外貨準備高は国際金融市場の動揺への耐性が不充分であり、経済・政治ともに困難な状況が続くと懸念される。

南米チリでは、一昨年12月の大統領選を経て左派のボリッチ大統領が勝利し、同国史上最年少の大統領が誕生するとともに、ここ数年中南米諸国に広がりをみせている『ピンクの潮流』と呼ばれる動きが到来した(注1)。同国は長きに亘って『小さい政府』を志向する新自由主義的な経済政策の下で高成長を実現する一方、既得権益層に富が集中して社会経済格差が拡大しており、教育や医療、年金をはじめとする社会保障の手薄さを理由に貧困層や低所得者層が極めて厳しい状況に置かれてきた。事実、同国は2010年にいわゆる『先進国クラブ』であるOECD(経済開発協力機構)への加盟を果たしたものの、OECD加盟国のなかで最もジニ係数が高いなど経済格差が大きいことに現れている。なお、政権交代前の同国経済は、伝統的に自由貿易協定を前提とした『全方位外交』を国是としたことで積極的なワクチン調達を図るとともに、ワクチン接種の進展を追い風に経済活動の正常化が図られた。さらに、財政出動による景気下支えに加え、年金基金の早期引き出し策による家計所得の押し上げも重なり、行動制限緩和によるペントアップ・ディマンドの発現も重なり、比較的早期に実質GDPはコロナ禍前の水準を回復するなどその影響の克服が進んだ。他方、一昨年以降の同国は商品高による食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレに直面しており、中銀は一昨年7月に物価抑制を目的に2年半ぶりの利上げ実施に動いたほか、その後は国際金融市場での米ドル高に伴う通貨ペソ安が輸入インフレを招く懸念が強まり、物価と為替の安定を目的に断続的、且つ大幅利上げを余儀なくされてきた。結果、昨年の同国経済はペントアップ・ディマンドが一巡したことに加え、物価高と金利高の共存が家計消費など内需の足かせになるとともに、世界経済の減速懸念を背景に主力の輸出財である銅の国際価格の低迷も景気の足かせとなった。さらに、物価高と金利高の長期化を受けて複数の銅鉱山においてストライキが発生するなど生産に下押し圧力が掛かったことも重なり、1-3月から3四半期連続のマイナス成長となるテクニカル・リセッションに陥った。10-12月の実質GDP成長率は前期比年率+0.23%と4四半期ぶりのプラス成長に転じているものの、昨年通年の経済成長率は+2.4%とコロナ禍からの回復が進み過去最高を記録した前年(+11.7%)から大きく鈍化するとともに、景気低迷下での物価上昇というスタグフレーションが長期化する展開が続いている。

図表1
図表1

一昨年来昂進してきたインフレ率は昨年9月をピークに頭打ちに転じており、中銀は昨年10月の定例会合において12会合連続の利上げ実施を決定する一方、インフレ率に頭打ちの兆しが出ていることを理由に先行きについては利上げ局面の休止を示唆する姿勢をみせた(注2)。その後のインフレ率は頭打ちの動きを強めていることを受けて、中銀は昨年12月の定例会合において一昨年7月以降の利上げ局面の休止に動いたほか、1月の定例会合においても政策金利を据え置くなど、これまでの利上げによる効果発現に向けた様子見姿勢を維持している。なお、直近2月のインフレ率は前年比+11.9%と鈍化傾向を強める一方、コアインフレ率は同+9.1%と加速に転じているとともに、インフレ率、コアインフレ率ともに中銀目標(3±1%)の上限を大きく上回る推移が続いている。一方、昨年は米ドル高に加え、銅価格の低迷も重なり通貨ペソ相場は最安値を更新する事態となったものの、昨年末にかけては米ドル高の動きが一転しているほか、中国によるゼロコロナ終了による銅価格の底入れ期待も追い風にペソ相場は上昇に転じるなど、輸入インフレ懸念は大きく後退している。こうした状況を受けて、中銀は4日の定例会合において政策金利を3会合連続で11.25%に据え置くなど利上げ局面の休止を維持する決定を行った。会合後に公表した声明文では、世界経済について「ボラティリティと不確実性が依然大きい」とした上で、同国経済について「経済の調整ペースが想定より遅れている」との見方を示しつつ、物価動向について「インフレ期待に上振れ圧力が掛かっている」との認識を示している。その上で、先行きの政策運営について「マクロ経済環境がインフレ率の目標収束プロセスを確固たる状況にするまで政策金利を11.25%に据え置く必要がある」との考えを示した上で、ディスインフレプロセスについて「想定より長期化する可能性がある」としつつ「国内外のリスクが顕在化した上で、マクロ経済環境に応じて柔軟に対応する」とするなど再利上げに動く可能性にも含みを持たせている。上述のように、足下の同国経済はスタグフレーションが長期化するなかで難しい対応を迫られている。

図表2
図表2

図表3
図表3

なお、昨年の政権交代を巡っては、国民の間に新自由主義的な経済政策の『後ろ盾』となってきた憲法の改正を目指す動きが広がったことが後押した側面がある。ボリッチ政権は早期の憲法改正実現に向けて昨年9月に憲法改正案に対する国民投票を実施したものの、その内容が急進的であることを受けて右派のみならず、中道派の反発が強まった結果、有権者の6割以上が反対票を投じることで否決されるなどボリッチ政権は『仕切り直し』を余儀なくされた(注3)。ボリッチ政権は今年1月に新憲法制定に向けた法令を発布しており、今年12月17日に新たな改憲案に対する国民投票を実施することが決定している。3月には24人で構成される専門委員会が設立されたほか、来月7日には新憲法草案を討議する制憲議会選挙が実施される予定であり、今後は新憲法草案の骨格や詳細が決定される模様である。他方、ボリッチ政権は先月に発足から早くも1年を迎えたが、スタグフレーションの長期化を受けて厳しい状況に直面しており、政権は2度目となる内閣改造を実施しており、上述した改憲案が国民投票で否決された直後に実施した内閣改造同様に左派色を薄める動きをみせている(注4)。さらに、ボリッチ政権は発足当初、同国が初期加盟国であるCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)に懐疑的な姿勢を示すも、その後は昨年末に批准して今年2月には発効されるなど、外交政策面でも見直しを余儀なくされている。ただし、高インフレが長期化するなかで国民の間には政権不信が強まっている上、足下の国際金融市場においては米国での銀行破たんをきっかけに不透明感が強まるなか、外貨準備高はIMF(国際通貨基金)が国際金融市場の動揺への耐性の有無に関する基準として示すARA(適正水準評価)に照らして『適正水準』を大きく下回る。その意味では、政治、経済共に厳しい状況に置かれていると判断出来る。

図表4
図表4

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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