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チリ・ボリッチ政権、急進的な改憲案否決を受けて「面舵」を余儀なくされる

~物価高と金利高の共存が政治を揺るがすなか、ファンダメンタルズの脆弱さは経済を揺るがす懸念も~

西濵 徹

要旨
  • 南米チリでは、昨年12月の大統領選を経て今年3月に左派のボリッチ政権が誕生した。政権誕生を巡っては、同国でここ数年高まった改憲による政治体制の転換期待が後押しした。しかし、足下の同国は商品高による物価上昇に加え、米FRBのタカ派傾斜による通貨ペソ安もインフレに拍車を掛ける厳しい状況に直面する。社会・経済格差の大きさ故に物価高の影響が現れやすいなかで政権支持率は急落しており、4日の新憲法草案に対する国民投票は否決された。この結果を受けてボリッチ政権は内閣改造を実施し、顔ぶれを中道寄りにシフトさせた。他方、中銀は物価抑制を目的に100bpもの大幅利上げを実施し、昨年以降に計1025bpもの利上げを余儀なくされている。為替介入によりペソ相場は底打ちしたが、外貨準備高は金融市場の動揺への耐性が乏しいなか、政治のみならず経済も厳しい状況に直面する可能性に要注意である。

南米チリでは、昨年12月に実施された大統領選(決選投票)において、左派連合が推薦した学生運動出身で左派・社会融合党の下院(代議院)議員であったガブリエル・ボリッチ氏が勝利し(注1)、今年3月にボリッチ氏が大統領に就任して左派政権が発足した。ここ数年の中南米においては『左派ドミノ』とも呼べるうねりが広がりをみせるなか、同国では2019年に当時の右派ピニェラ政権が財政健全化を目的に実施した地下鉄料金引き上げを契機に反政府デモが起こり、その後に賃金や年金の引き上げ、教育費及び医療費の軽減、電気料金など公共料金の安定化を求めるデモに発展したほか、現行憲法の改正を要求するなど政治体制の転換を求める動きに発展した。結果、2020年に新憲法制定の是非を問う国民投票が実施され、有権者の8割弱が新憲法の制定に賛成したほか(注2)、昨年実施された新憲法草案を討議する制憲議会選では左派や反体制派のほか、無所属議員が多数派となるなど新憲法草案は急進的なものとなる可能性が高まった(注3)。こうした流れは最終的に上述の大統領選でのボリッチ氏の勝利に繋がるとともに、政治体制は大きく転換することが予想された。しかし、昨年以降の世界経済のコロナ禍からの回復に加え、年明け以降はウクライナ情勢の悪化による供給不安も重なり幅広い商品市況は上振れするなど世界的にインフレが強まるなか、同国においても食料品やエネルギーなど生活必需品を中心にインフレが昂進してきた。こうした事態を受けて、中銀は昨年7月に2年半ぶりの利上げに動くとともに、その後も断続的な利上げに加え、利上げ幅を拡大させるなどタカ派傾斜を強める動きをみせてきた。他方、国際金融市場においては物価抑制を目的とする米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜を理由にマネーフローが変化しており、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の脆弱な新興国で資金流出が強まっている。同国は慢性的に経常赤字を抱えるなど資金過小状態にある上、ここ数年は外貨準備高もIMF(国際通貨基金)による国際金融市場の動揺への耐性を示す適正水準評価(ARA:Assessing Reserve Adequacy)は『適正水準』を下回るなど、経済のファンダメンタルズは極めて脆弱である。こうした状況に加え、ボリッチ政権の誕生により教育や医療、年金などの社会保障の全面的な充実などを受けた歳出増による財政悪化が警戒されるとともに、中国経済の減速懸念に伴い主要輸出財である銅の国際価格の低迷も重なり、資金流出の動きが加速して通貨ペソ相場は7月中旬に最安値を更新する事態となった(注4)。同国はエネルギー資源や穀物などを輸入に依存するなか、ペソ安による輸入物価の押し上げは一段のインフレ昂進を招くことが懸念されるため、中銀は物価及び為替安定を目的とする大幅利上げを余儀なくされたほか、ペソ相場が最安値を更新したことを受けて大規模な為替介入に動いた。ただし、物価高と金利高の共存はOECD(経済社会協力機構)加盟国のなかでジニ係数が極めて高く、社会・経済格差が高い同国において貧困層や低所得者層に悪影響が色濃く出やすく、ボリッチ政権は発足早々から支持率が急落する事態となっている。さらに、今月4日に実施された新憲法草案の承認の可否を問う国民投票では、その急進的な内容を巡って保守派のみならず中間派からも拒否されて有権者の61.86%が反対票を投じる形で否決されており(注5)、ボリッチ政権は発足から半年ほどにも拘らず厳しい状況に直面している。この結果を受けて、ボリッチ政権は6日に内閣改造を実施して大統領側近を中心に交代して中道寄りの顔ぶれとするなど、左派色を弱める動きをみせている。他方、中銀は6日に開催した定例会合で政策金利を100bp引き上げて10.75%とする決定を行い、昨年7月以降だけで計1025bpもの大幅利上げを迫られた格好となる。なお、会合では5人の政策委員のうち3人が100bpの利上げ、残る2人も1人が125bp、1人が75bpといずれの委員も大幅利上げを主張しており、足下の政策金利について「過去最高水準に近い」としつつ「今後の金利動向はマクロ経済動向とその物価への影響に拠る」とするなど、インフレ期待が高止まりするなかで警戒を維持する考えを示した。ペソ相場は中銀による為替介入も追い風にその後は底入れしたものの、米FRBは今後もQT(量的引き締め)の加速や大幅利上げを続ける意思を示すなど国際金融市場には不透明感がくすぶり(注6)、銅の国際価格の低迷もペソ相場の重石となり得る。上述のように元々外貨準備高は適正水準を下回るなか、大規模な為替介入の実施に伴い足下の外貨準備高は一段と減少していることも予想されるなど、チリを巡っては政治のみならず、経済を取り巻く状況も急速に厳しくなる可能性に留意が必要である。

図表1
図表1

図表2
図表2

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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