ブラジル、ボルソナロ前大統領支持者が議会襲撃という暴挙に

~分断型政治の帰結だが、先行きの政治・経済には大きな禍根を残す結果にもなり得る~

西濵 徹

要旨
  • 南米ブラジルでは今月1日にルラ政権が発足したが、その熱が冷めやらない8日にボルソナロ前大統領の支持者などが連邦議会などを襲撃する暴挙に出た。この背景は、昨年の大統領選でルラ氏が僅差で勝利を収める一方、ボルソナロ氏や陣営が結果を受け入れない姿勢をみせたことがある。ボルソナロ氏自身は訪米中であり直接的な関係は不透明だが、米国のトランプ前大統領と類似した政治手法を駆使したなか、米国で一昨年に発生したトランプ氏の支持者による連邦議会議事堂襲撃事件と同じ結果に至ったと考えられる。
  • ここ数年のブラジル政界では、ルラ氏などの汚職問題を機に既存政治家への忌避感が強まり、2018年の前回大統領選でボルソナロ氏はその受け皿となったほか、トランプ氏と同様に二元論による対立を煽る政治手法を駆使した。さらに、ボルソナロ前政権は保守層を強く意識した政策運営を実施して熱狂的支持を集めたため、昨年の大統領選での僅差での敗北は何らかの反発を招くことが懸念された。他方、暴力による体制転覆は決して許されるものではなく、ルラ政権には冷静に法に基づく形で処理を進めることが求められよう。
  • 今後は訪米中のボルソナロ氏の処遇に注目が集まるが、仮に強制退去となれば再び支持者による動きが活発化する可能性はある。他方、迅速な対応によりルラ氏の政治基盤が強化されることは、政権が志向するバラ撒き政策を一段と後押しする可能性があり、構造改革路線が大きく後退することにより中長期的な観点でブラジル経済の足かせとなるほか、通貨レアル相場の重石となる可能性にも留意する必要がある。

南米ブラジルでは、今月1日の大統領就任式を経てルラ氏が12年ぶりの大統領への返り咲きを果たすとともに、ここ数年中南米において広がりをみせる『ピンクの潮流』、ないし『左派ドミノ』の流れを受ける形で約6年半ぶりに左派政権が発足した(注1)。しかし、就任式の熱も冷めやらぬ今月8日にボルソナロ前大統領の支持者などが連邦議会や大統領府、最高裁判所を襲撃する暴挙に及ぶ事態が発生するなど、ルラ政権は発足直後から荒波に直面している。政権交代のきっかけとなった昨年10月の大統領選(決選投票)を巡っては、ルラ氏の得票率が50.90%、ボルソナロ氏の得票率が49.10%となるなど僅差でルラ氏が勝利を果たす一方、ボルソナロ氏や陣営は電子投票の信頼性に疑義とその不正を主張するとともに、選挙結果を受け入れない姿勢を示した(注2)。その後、ボルソナロ氏が所属するPL(自由党)は開票結果に対する異議申し立てを行ったものの、選挙管理を統括する高等選挙裁判所(TSE)は証拠不十分を理由に申し立てを却下するとともに、PLをはじめとする右派連合に対して不誠実な訴訟であることを理由に罰金(2,290万レアル)の支払いを命じる判決を下した。これにより司法手続きを通じて大統領選の結果を覆すことが不可能となる一方、ボルソナロ氏は敗北を認めない姿勢を維持しつつも、退任直前に米国に出国しており、今回の支持者による暴挙への直接的な関係は不透明である。なお、ボルソナロ氏は2018年の前回大統領選の選挙期間中に腹部を刺され、その後に数度に亘って腸壁の癒着治療を理由に入院した経緯があるが、米国に滞在中の現在も腹部の痛みを理由に入院していると報じられている。ただし、前大統領の支持者が議会などを襲撃した事件を巡っては、2020年に実施された米国大統領選の結果に不満を持つトランプ前大統領の支持者が翌21年初めに連邦議会議事堂を襲撃した例があるが、ボルソナロ氏を巡っては『ブラジルのトランプ』と揶揄されるなど政治手法や言動などでトランプ氏と似ており、熱狂的な支持者の多さという点でも両者は類似点が多い。ボルソナロ氏は米国への出国に際して、自身の支持者が選挙結果に反発して爆発未遂事件を起こすなど混乱を招いていることに対して、違法行為を諫める動きをみせたものの、結果としては事前に懸念されたボルソナロ氏の支持者によるデモの動きが過激化する事態に発展したことは間違いない。

このようにボルソナロ氏の支持者が先鋭化している背景には、上述のように同氏の政治手法が自身を支持する右派と、ルラ大統領を支持する左派との対立を煽ることにより、味方と敵を分ける『二元論』を駆使してきたことも大きく影響している。さらに、ここ数年の同国政界においては、連邦警察による大規模汚職捜査(ラヴァ・ジャット)を通じてルラ氏やルセフ元大統領の汚職疑惑が明らかになり、ルラ氏は有罪判決を受けて懲役刑に処されたほか(注3)、ルセフ氏も弾劾により大統領職を追われるなど(注4)、既存政治家に対する信認が失墜する動きがみられた。このように国民の間に既存の左派や中道政党に対する忌避感が強まるなか、2018年の前回大統領選においてはボルソナロ氏の分かりやすい言動や奔放な人柄も相俟って既存政治家に対する不満の受け皿となる形で勝利を収める一因になったと考えられる(注5)。ただし、ボルソナロ氏は大統領就任後も二元論を通じて対立を煽る政治手法を一段と強めるとともに、昨年の大統領選の期間中にはルラ陣営との間で互いにSNSやテレビ討論などを通じて中傷合戦を繰り返すなど『泥仕合』の様相を強めたほか、偽ニュース(フェイク・ニュース)も混じる形で対立が先鋭化したことで高等選挙裁判所が両陣営に自制を求める動きに発展した。なお、ボルソナロ氏の支持者を巡っては『BBB(Bala(銃弾=国軍関係者の意)、Boi(牛(農牧畜業従事者の意)、Biblia(聖書=キリスト教福音派の意)))』と称される層が厚いとされ、上述の大規模捜査を通じて顕在化したルラ氏などの汚職疑惑に対して強い不満を抱えているとされる。こうしたことから、ボルソナロ前政権下ではこうした保守層を強く意識した政策運営が行われており、結果的にこうした層による熱狂的な支持を集めるとともに、大統領選での僅差での敗北に対する反発が生まれやすい環境にあったと判断出来る。上述した米国におけるトランプ前大統領の支持者による連邦議会議事堂への襲撃事件は、バイデン大統領の就任直前のタイミングで発生した一方、今回のブラジルにおけるボルソナロ前大統領の支持者による連邦議会などへの襲撃事件はルラ大統領の就任直後のタイミングで発生しており、ルラ氏の正式就任によりボルソナロ氏の支持者の間にも諦めにも似た動きが広がりをみせていたことから、『最後の悪あがき』的な色合いが強いと捉えられる。しかし、選挙という民主的な手続きを経て成立した体制に対して暴力を通じて転覆を試みるという暴挙はまったく許されるものではなく、ルラ政権としては冷静に法に基づく形で犯罪者を裁くことが求められることは間違いない。

米国に滞在中のボルソナロ前大統領を巡っては、国家元首や外交官に発給される『Aビザ』で米国に入国した模様であり、「一般的に政府の代表として米国で公務に従事している人に発給される」とする要件を勘案すればボルソナロ氏はすでにこれに該当しない。よって、今後は要件変更に伴い30日以内に米国を出国する、ないし入国資格の変更申請を行う必要が生じるほか、米国滞在の根拠がなくなった場合には強制退去の対象となる。ただし、ボルソナロ氏についてはブラジルの最高裁判所が複数の問題で審理中であることを理由に強制退去の対象となることも予想され、仮にそうなればボルソナロ氏が帰国した後に再び支持者の動きが活発化する可能性もくすぶる。他方、今回の襲撃事件に対するルラ政権による迅速な対応は政権基盤の強化に繋がるほか、それに伴いルラ政権が志向する低所得者層向け給付の拡充などを通じたバラ撒き政策や公的部門の肥大化が一段と進むなど、ボルソナロ前政権で進められた構造改革路線が急速に後退していくことも考えられる。足下の国際金融市場においては米ドル高に一服感が出る動きがみられるものの、ルラ政権による政策運営に対する不透明感を理由に通貨レアル相場は上値の重い展開が続いてきたが(注6)、ルラ政権の基盤強化が進むことになれば先行きにおけるレアル相場の重石となる可能性に注意する必要があろう。

図表1
図表1

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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