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2022.11.16
新興国経済
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市場環境変化にも拘らず売り圧力がくすぶるブラジルの問題とは
~ルラ次期政権はバラ撒き志向を維持、景気及び財政悪化による信認低下リスクにも要注意~
西濵 徹
- 要旨
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- ブラジルでは先月の大統領選を経てルラ氏が勝利し、12年ぶりに大統領への返り咲きを果たすことが決定した。ルラ氏は政権移行を進める一方、マンテガ元財務相が予算担当となったことに市場が警戒感を強めている。国際金融市場では米ドル高一服により新興国に資金が回帰する動きがみられるが、ブラジルではレアル相場や株価は上値が重く、財政悪化を警戒して長期金利は上振れするなど環境変化の恩恵が及ばない状況にある。また、ボルソナロ大統領によるなりふり構わぬガソリン価格引き下げで足下のインフレ率は鈍化し、中銀は利上げ休止を維持するなど引き締め局面は変化した。しかし、ガソリン価格の引き下げ効果も早くも一巡し、バラ撒き政策の影響でコアインフレ率は高止まりしている。ルラ次期政権がバラ撒き姿勢を強めれば景気、財政の悪化や市場の信認低下を招くことが懸念されるなど、同国経済は問題山積の状況にある。
ブラジルでは、先月30日に実施された大統領選挙(決選投票)において左派政党のPT(労働者党)を中心とする政党連立(ブラジルの希望)から出馬したルラ元大統領が僅差で勝利し、来年1月に12年ぶりの大統領への返り咲きを果たすことが決定した(注1)。大統領選の終盤にかけては、右派政党の自由党から出馬した現職のボルソナロ大統領との間で中傷合戦が繰り広げられるなど『泥仕合』の様相を呈するとともに、中傷の内容を巡って多数の偽ニュース(フェイク・ニュース)が含まれるなど先鋭化する動きがみられた。なお、ブラジルは南米有数の資源国であるにも拘らず、年明け以降の商品市況の上振れにも拘らず交易条件は改善していない上、経常収支も赤字基調で推移するなどマクロ経済面でプラスとはなっていない。さらに、低所得者給付をはじめとする社会保障制度の拡充の動きが歳出拡大を招いてきたことに加え、一昨年来のコロナ禍対応を目的とする財政出動も重なり、公的債務残高は上振れするなど財政健全化が急務となっている。こうした状況ではあるものの、経済政策面ではルラ陣営もボルソナロ陣営もともに公約が『バラ撒き』政策のオンパレードとなるなど、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化に繋がることが懸念された。また、上述のように大統領選でルラ氏が勝利したものの、第1回目投票と同時に実施された連邦議会上下院選ではボルソナロ氏を擁立した自由党が上下院双方で第1党となり、ルラ氏を支えるブラジルの希望は少数派に留まるなど議会対応に苦慮することは避けられそうにない。こうしたなか、ルラ氏は政権移行に向けた動きを前進させているが、なかでも企画・予算編成及び管理の担当にギド・マンテガ氏を指名したことに注目が集まっている。マンテガ氏はルラ元政権及びルセフ元政権下で財務相を務めたほか、ルセフ元政権下においては財政上の粉飾決算を主導したとしてその後の財政悪化を招く一因になったとされるなど『曰くつき』の人物とされる。こうしたことから、足下の国際金融市場においては商品高による世界的なインフレを理由にした米FRB(連邦準備制度理事会)のタカ派傾斜の動きが後退するとの期待を受けて米ドル高圧力が後退しており、それまで新興国で資金流出の動きが強まった流れが一変する動きがみられる(注2)。こうした環境変化を追い風に多くの新興国においては資金が回帰しており、それまで売り圧力が強まってきた通貨や株式、債券などに資金が流入する動きに繋がっている。こうした状況にも拘らず、ブラジルについては通貨レアル相場の上値が抑えられる展開が続いている上、主要株価指数(ボベスパ指数)も頭打ちの動きをみせているほか、次期政権下での財政悪化を懸念して長期金利は上振れするなど、他の新興国とは異なる状況に直面している。なお、ブラジル金融市場を巡っては原油及び鉄鉱石など国際商品市況の動向に連動する傾向が強いなか、先行きの世界経済がスタグフレーション入りすることが懸念されるなど商品市況の上値が抑えられていることが相場の重石となっていることに留意する必要はある。しかし、経常赤字が続くなかで資金流出圧力がくすぶることは幅広い経済活動の足かせとなるほか、景気の勢いが乏しい状況や商品市況の低迷は歳入の重石となるなかでバラ撒き政策を推進すれば想定以上に財政状況の悪化を招くリスクも高まる。また、ボルソナロ政権によるなりふり構わぬ燃料価格引き下げ策も影響して足下のインフレ率は鈍化しており(注3)、中銀は9月(注4)、及び10月(注5)と連続して利上げ休止を決定するなど、昨年以降断続的に金融引き締めを行ってきた状況は大きく変化している。ただし、直近10月のインフレ率は前年比+6.5%と一段と鈍化するなど一見すればインフレ圧力は後退しているものの、足下では早くもガソリン価格引き下げの効果がはく落しているほか、低所得者給付をはじめとするバラ撒き政策の影響でコアインフレ率は同+9.2%と高止まりするなどインフレの『粘着度』は依然高い状況が続いている。仮にルラ次期政権が現行憲法で定められている歳出上限をはじめとする経済政策の枠組を無視し、低所得者給付の拡充など社会保障支出をはじめとする歳出拡大に動けば市場からの信認低下を招くとともに、クラウディング・アウトを通じて幅広い経済活動の足かせとなることで景気低迷に繋がるリスクも高まる。ルラ氏がかつて政権を担っていた時代の同国においては、世界経済の拡大も追い風にバラ撒き政策による歳出増にも拘らず景気拡大による歳入増がその影響を相殺する展開が続いてきたものの、足下の状況は当時とは大きく異なる。『同じ手』が通じないことを前提に現実路線に基づく冷静な政策運営を行うことが求められるが、選挙戦での泥仕合をみればそうしたことを期待することは難しいと見込まれる。
注1 10月31日付レポート「ブラジル大統領選、「泥仕合」の末にルラ元大統領が勝利」
注2 11月14日付レポート「金融市場の米ドル高一服は新興国にとって「恵みの雨」となるか」
注3 7月20日付レポート「ブラジル・ボルソナロ大統領の悲願、ガソリン価格引き下げへ」
注4 9月22日付レポート「ブラジル中銀、インフレ鈍化で利上げ局面は小休止も、利下げのハードルは依然高い」
注5 10月27日付レポート「ブラジル中銀は利上げ休止継続も、困難な政策運営に直面する状況は変わらず」
西濵 徹
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
- 西濵 徹
にしはま とおる
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経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析
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