ブラジル景気は底入れ続くも持続性に疑問、過度な期待は依然禁物

~大統領は燃料価格引き下げに躍起だが、その背後に潜むリスクには引き続き要注意~

西濵 徹

要旨
  • コロナ禍のブラジルでは、感染対策のちぐはぐさが度々感染拡大を招く一因になってきた。ただし、新興国のなかでワクチン接種は進むなか、年明け以降も感染再拡大に直面するもウィズ・コロナ戦略が維持された。他方、昨年末以降は洪水被害の頻発で経済活動に悪影響が出たほか、物価高と金利高が共存するなど家計、企業部門の重石となるなか、人の移動は一進一退の展開が続くなど景気の不透明感がくすぶってきた。
  • 景気の不透明要因は山積するも、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+4.04%と3四半期連続のプラス成長となるなど景気底入れが確認された。世界経済の回復が輸出を押し上げたほか、景気下支え策や雇用回復も追い風に家計消費も底堅く推移している。ただし、金利高は企業の設備投資の重石となるなど自律回復にはほど遠い。財政支援による景気下支えはインフレ要因となるなど、回復の持続性にも疑問が残る。
  • 10月の大統領選での再選に向け、ボルソナロ大統領は燃料価格引き下げへの圧力を強めている。そうした動きは短期的に物価抑制に繋がる一方、財政悪化懸念は通貨レアル相場の調整要因に、内需の押し上げもインフレ要因となり得る。現状、ブラジル経済に過度な期待を抱くことは難しい状況は変わっていない。

コロナ禍のブラジルを巡っては、度々感染拡大の中心地となる事態に直面するも、実体経済の悪化を懸念するボルソナロ大統領の下で連邦政府は経済活動を優先する一方、地方政府レベルでは積極的な行動制限を課すなどちぐはぐな対応が続いてきた。ただし、そうしたコロナ禍対応は結果として感染動向の悪化を招く一因となってきた。その一方、同国は世界的な感染拡大の中心地となったことで様々なワクチンの治験などが実施されたため、新興国のなかでは比較的早期にワクチン接種が行われるなど事態打開に向かう動きもみられた。しかし、年明け以降もオミクロン株による感染再拡大が直撃するとともに、ワクチン接種の進展にも拘らず新規陽性者数は過去の『波』を大きく上回るなど感染動向は急速に悪化した。こうした状況ながら、同国政府はワクチン接種の進展を理由に経済活動の正常化を図る『ウィズ・コロナ』戦略を維持するなど実体経済への悪影響の最小化を図る対応をみせたものの、人の移動は勢いを欠く展開が続いた。さらに、同国内における新規陽性者数は2月初旬を境に頭打ちに転じるとともに、その後は減少傾向を強めるなど感染動向は改善しているものの、人の移動は一進一退の動きが続くなど、昨年末にかけての感染動向の改善を受けた上振れとはほど遠い状況にある。こうした背景には、昨年末以降の同国においては全土で大雨による地滑りや洪水被害が頻発するなど、自然災害によって農林漁業や鉱業部門などを中心に幅広く経済活動に悪影響を与えていることが影響している(注1)。さらに、昨年以降の同国においては『100年に一度』と称される大干ばつの影響で電力供給の大宗を担う水力発電が稼働不能状態に陥り、火力発電の再稼働を余儀なくされるとともに、世界経済の回復に伴う原油をはじめとするエネルギー資源価格の上昇も重なり、エネルギーを中心にインフレ圧力が高まる展開が続いている。年明け以降もウクライナ情勢の悪化を理由に幅広く国際商品市況は上振れしているほか、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀のタカ派傾斜による米ドル高を受けて同国の通貨レアル相場の調整が進み、輸入物価を通じたインフレ昂進も重なる事態を招いている。こうした事態を受けて、中銀は昨年3月に約6年ぶりの利上げ実施を決定するなどコロナ禍対応を目的とする金融緩和の正常化プロセスを開始しており、その後もインフレ昂進を理由に断続的な金融引き締めに動いたほか、引き締めペースを加速させるなどタカ派傾斜を強めてきた。結果、物価高と金利高が共存するなど家計及び企業部門にとっては、実質購買力の低下と金利負担の増大が経済活動の足かせとなることが懸念されるなど、景気に逆風が吹く展開が続いてきた。

図 1 ブラジル国内における感染動向の推移
図 1 ブラジル国内における感染動向の推移

図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移
図 2 COVID-19 コミュニティ・モビリティ・レポートの推移

このように実体経済を取り巻く環境は厳しさを増しているほか、昨年後半以降は原油をはじめとする国際商品市況の底入れの動きが強まるなど、鉱物資源を輸出するブラジル経済にとり追い風になることが期待されたものの、年明け直後にかけての交易条件指数は大きく調整しており、国民所得の低下が景気の足かせとなることも懸念された(注2)。こうした状況ながら、1-3月の実質GDP成長率は前期比年率+4.04%と3四半期連続のプラス成長となるとともに、前期(同+2.68%)から伸びが加速するなど着実な景気の底入れが確認されている。中期的な基調を示す前年同期比ベースの成長率も+1.69%と前期(同+1.65%)からわずかながら伸びが加速しているほか、昨年後半のGDPが上方修正されたことを受けて実質GDPの水準もコロナ禍の影響が及ぶ直前である2019年末と比較して+1.6%上回ると試算されるなど、コロナ禍の影響も克服したと捉えられる。内訳をみると、中国経済の減速懸念や洪水被害による悪影響が懸念されたものの、欧米を中心とする世界経済の回復を追い風に輸出は3四半期ぶりの拡大に転じるなど外需が景気の底入れを促している。また、物価高と金利高の共存にも拘らず、政府は昨年末にルラ元政権下で実施された低所得者層向け現金給付制度(ボルサ・ファミリア)に代わる新制度(アウリシオ・ブラジル)を開始したほか、インフレ対策を目的とする燃料税引き下げなど財政支援を強化している。また、経済活動の正常化や外需の底入れも重なり足下の雇用環境は改善の動きを強めており、結果的に家計消費は底堅い動きが続くなど景気を下支えしている。ただし、中銀のタカ派傾斜による金利上昇は住宅需要に冷や水を浴びせるとともに、企業部門の設備投資需要の足かせとなっており、固定資本投資は再び減少に転じている。さらに、投資の弱さを反映して輸入は減少に転じたことで純輸出の成長率寄与度はプラス幅が拡大しており、足下の景気底入れは自律的な動きとはほど遠い状況にあると判断出来る。分野別の生産の動きも、家計消費の底堅さや金融市場の活況を反映してサービス業は堅調に生産を拡大させる動きが確認出来る一方、鉱業部門や製造業の生産は引き続き力強さを欠く展開が続いているほか、洪水被害が頻発している余波を受ける形で農林漁業部門の生産は弱含むなど、跛行色がこれまで以上に鮮明になっている。足下の企業マインドの動きをみると、給付金や補助金、減税など財政支援も追い風にサービス業を中心に改善の動きを強める展開が続いているものの、財政状況が急速に悪化するなかで限界が懸念されるとともに、こうした動きが足下のインフレ昂進の一因となるなかで中銀はタカ派姿勢を強めており、先行きは不透明感がくすぶる状況は変わっていない。

図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移
図 3 実質 GDP 成長率(前期比年率)の推移

図 4 雇用環境の推移
図 4 雇用環境の推移

図 5 製造業・サービス業 PMI の推移
図 5 製造業・サービス業 PMI の推移

同国では10月に次期大統領選が予定されているが、直近の世論調査においてはルラ元大統領の支持率が現職のボルソナロ大統領を大幅に上回る展開が続くなど、再選を目指すボルソナロ大統領は苦戦が続いている。こうしたこともボルソナロ政権が財政支援による景気下支えに動く誘因に繋がっているとみられるなか、先月には燃料料金の引き上げを容認する姿勢をみせたことを理由に担当の鉱業・エネルギー相が更迭されたほか(注3)、先月末には4月に政権が指名した国営石油公社のCEO(最高経営責任者)が2ヶ月強で更迭させられるなど、燃料価格の引き下げに向けた圧力を強める動きをみせている。足下のインフレ率は一段と加速する動きをみせている上、コアインフレ率も同様に加速感を強めてともに中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続いており、中銀は先月の定例会合で10会合連続の利上げ実施を決定した。ただし、先行きも利上げ実施を示唆するも利上げ幅の縮小を示唆するなど景気に配慮する姿勢もみせている(注4)。足下の通貨レアル相場や主要株価指数(ボベスパ指数)は国際商品市況の上振れに加え、中国景気の減速懸念の後退を好感する動きをみせており、レアル相場の安定を図る観点から金融引き締めに動く必要性は後退しているものの、商品高が物価の上振れを招く構図は変わっていない。さらに、ボルソナロ大統領が次期大統領選での再選を目指して追加的な財政出動も辞さない姿勢を強めていることを勘案すれば、財政悪化リスクを警戒してレアル相場を取り巻く状況が一変するリスクはくすぶるほか、中銀はそのことがインフレ昂進を招くことを警戒する向きは強まるであろう。上述のように足下の景気底入れの動きは持続力に乏しいなか、先行きは物価高と金利高の共存が経済成長のけん引役である家計消費など内需を蝕む可能性が高いことを勘案すれば、同国経済への過度な期待は禁物という状況は変わっていない。

図 6 インフレ率の推移
図 6 インフレ率の推移

図 7 レアル相場(対ドル)と主要株価指数の推移
図 7 レアル相場(対ドル)と主要株価指数の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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