足下の商品高はブラジル経済にとって吉と出るか凶と出るか

~実は交易条件が急速に悪化、物価高と政治リスクが景気回復の足かせとなる状況は続こう~

西濵 徹

要旨
  • 一昨年来のブラジル経済は、コロナ禍の影響に加えて大干ばつも重なり景気減速に見舞われた。年明け以降も感染再拡大の影響が懸念されたが、ワクチン接種の進展を受けて足下の感染動向は改善している。他方、年明け以降の国際商品市況の上振れは、米FRBなど主要国中銀のタカ派傾斜にも拘らず資金流入を促してきたが、足下では中国の景気失速懸念を理由にレアル相場や株価は調整するなど一巡しつつある。
  • 商品市況の上昇は資源国であるブラジルの輸出を押し上げる一方、景気回復も相俟って輸入も押し上げるなど、昨年後半以降の交易条件は大きく低下している。さらに、昨年来の大干ばつも重なりインフレは昂進しており、中銀はタカ派姿勢を強める動きをみせるなど家計部門を取り巻く状況は厳しさを増している。財政出動による景気下支えはインフレ昂進を招くなど、経済成長のけん引役である内需は困難が懸念される。
  • 他方、感染動向の改善による経済活動の正常化の動きは、財政出動による景気下支えも重なり、足下の企業マインドの改善を促している。ただし、景気押し上げの持続力は乏しく、財政出動余地も限られるなか、金利上昇などの副作用を招くリスクもある。昨年のブラジルは久々の高成長となるも実力は乏しく、先行きもインフレと政治リスクが景気の足を引っ張る展開が予想され、足下の資源高は全体ではマイナスが大きい。

一昨年来のブラジル経済を巡っては、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の中心地となるなどコロナ禍の影響が直撃するとともに、『100年に一度』と称される大干ばつも重なり、幅広い経済活動に悪影響が出る事態に見舞われた。しかし、世界的にワクチン接種の進展を追い風に経済活動の正常化を模索する動きが広がるなか、ブラジル国内の完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は76.36%、追加接種(ブースター接種)を受けた人の割合も40.36%に達するなど(ともに4月25日時点)、世界的にワクチン接種が進んでいる国のひとつと捉えられる。結果、年明け以降は感染力の強いオミクロン株による感染再拡大の動きが広がり、一時は過去の波を大きく上回る事態に発展したものの、2月上旬を境に新規陽性者数はピークアウトしており、足下ではピークの10分の1程度に低下するなど感染動向は改善している。現地報道では先月、デルタ株とオミクロン株の遺伝子の特徴を併せ持つ混合変異型が確認されるなどその行方が懸念されたものの、感染動向は改善に向かっているほか、年明け以降の感染再拡大を受けて下振れした人の移動も底打ちするなど、コロナ禍の影響は徐々に後退していると捉えられる。こうしたなか、昨年来の国際金融市場においては、世界経済の回復による国際商品市況の底入れの動きが全世界的なインフレを招くことを警戒して米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀が正常化を模索するなど、コロナ禍を経た全世界的な金融緩和による『カネ余り』の手仕舞いが意識されてきた。ブラジルはいわゆる『資源国』であり、商品市況の底入れの動きは交易条件の改善を通じて景気の追い風になると期待される一方、上述のような国際金融市場を取り巻く環境変化は経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)が脆弱な新興国にとって資金流出に繋がることが懸念される。事実、ブラジルでは昨年来の大干ばつの影響によりインフレが昂進するとともに、経常赤字と財政赤字の『双子の赤字』が慢性化するなか、今年10月に予定される大統領選での再選を目指してボルソナロ政権が『バラ撒き』政策に動くことも警戒され、昨年末にかけては資金流出が懸念される展開が続いた。なお、年明け以降はウクライナ情勢の緊迫化などを理由に原油をはじめとする商品市況は上昇の動きを強めたほか、その後もウクライナ情勢の悪化を受けて幅広い商品市況が上振れしており、米FRBなど主要国中銀はタカ派姿勢を強めているにも拘らず、ブラジルへの資金回帰の動きが活発化してきた。さらに、鉱物資源を巡っては、世界最大の需要国である中国が政治的に重要な年を迎えるなど経済の安定を重視する政策運営を志向しており、こうした動きが世界経済の拡大を後押しするとの期待は商品市況を下支えするとともに、これらを輸出する資源国経済にプラスの効果を与えるとの見方に繋がったと考えられる。しかし、足下においては中国当局の『ゼロ・コロナ』戦略により中国景気が失速状態に陥ることが警戒されており、こうした見方を反映して商品市況に下押し圧力が掛かり、それに伴いブラジルへの流入の動きが活発化したマネーの動きは一服しているとみられる。

図 1 レアル相場(対ドル)と主要株価指数の推移
図 1 レアル相場(対ドル)と主要株価指数の推移

なお、ウクライナ情勢は悪化の度合いを強めるなか、ロシアとウクライナを主要な輸出国とする穀物などの供給不足が懸念されることから、先行きについても国際商品市況は高止まりが避けられない状況にあると判断出来る。こうした動きを反映して、足下のブラジルの輸出は押し上げられるなど外需を取り巻く状況は改善しているものの、経済活動の正常化が進んでいることを反映して輸入額も上振れする動きがみられる。結果、国際商品市況の上振れが進んでいる背後では、昨年上旬にかけて大きく上振れしてきた交易条件指数は一転調整する動きが確認されており、国民所得に下押し圧力が掛かっている様子がうかがえる。ブラジル経済を巡っては、近年の経済成長が旺盛な家計消費など内需の拡大によりけん引されてきたことを勘案すれば、交易条件の急速な悪化は家計消費の足かせとなることは避けられない。さらに、ブラジルは電力供給の大宗を水力発電に依存するなか、昨年来の大干ばつにより火力発電の再稼働を余儀なくされており、原油高も影響してインフレ昂進に繋がってきたが、足下では幅広い国際商品市況の上振れを受けてインフレは一段と加速しており、家計部門にとっては実質購買力の足かせとなる状況が続いている。こうしたなか、中銀は昨年3月にインフレ昂進を理由に6年ぶりの利上げ実施を決定するなど、新興国のなかでも早期にコロナ禍対応からの正常化に動いたものの、その後もインフレが一段と加速の動きを強めたことを受けて引き締め姿勢を強めており、先月の定例会合において9会合連続の利上げ実施を決定するとともに、先行きの追加利上げを示唆するなどタカ派姿勢を維持する考えを示している(注1)。年明け以降におけるレアル高は輸入物価の抑制に繋がると期待される一方、昨年末以降の同国では洪水被害の頻発による農業生産が低迷したことで幅広く食料品価格に押し上げ圧力が掛かっているほか、足下においては幅広い穀物の国際指標の上振れも食料品価格の上昇に拍車を掛けており、落ち着きを取り戻す展開は見込めない状況にある。さらに、ボルソナロ政権は10月の大統領選に向けて早期の景気回復を模索する動きを強めており、その実現に向けた財政拡張姿勢はさらなるインフレ圧力を招くことが懸念されるほか、中銀がタカ派姿勢を一段と強めることに繋がる可能性もある。その意味では、経済成長のけん引役となってきた内需を取り巻く状況はこれまで以上に厳しさを増す展開も予想される。

図 2 交易条件指数の推移
図 2 交易条件指数の推移

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

他方、上述のように足下では感染動向の改善が進んでいる上、それに伴い行動制限は緩和されるなど経済活動の正常化が図られており、製造業及びサービス業もともに生産活動が活発化していることを反映して企業マインドは改善するなど、景気の底入れを示唆する動きが確認されている。さらに、ボルソナロ政権が昨年末にルラ元政権下で実施された低所得者層向け現金給付制度(ボルサ・ファミリア)に代わる新制度(アウリシオ・ブラジル)を開始するとともに、その後もインフレ対策を目的とする燃料税の引き下げなどを実施するなど、財政支援により家計部門を下支えする取り組みも企業マインドの改善を促しているとみられる。ただし、企業マインドは生産活動の活発化などを追い風に改善しているものの、ウクライナ情勢の悪化による幅広い国際商品市況の上振れのほか、サプライチェーンの混乱などに伴う原材料調達の困難などを警戒する向きもくすぶる。さらに、内需の改善期待はマインドを押し上げている一方、外需に対する不透明感を警戒する動きもみられるなど、先行きも足下のペースで改善が進むとは考えにくい。事実、足下の企業マインドの上振れは一時的な要因が重なったことで起こっているなど持続的なものとはほど遠いほか、上述のようにインフレは一段と上振れしている上に中銀もタカ派姿勢を強める動きをみせていることを勘案すれば、先行きの家計部門を取り巻く状況は一段と厳しさを増す展開となることは避けられない。ボルソナロ政権はさらなる歳出拡大による景気下支えに動く可能性はあるものの、一昨年来のコロナ禍を経て公的債務残高は上振れするなど財政余地は限られており、仮に巨額の財政出動に動けば金融市場において金利上昇など副作用が顕在化することも懸念される。商品市況の上振れの動きは、その追い風を受けやすい鉱業部門などで投資の活発化を促す可能性はあるものの、金利上昇を受けて企業部門は債務負担の増大に直面する展開が続いており、全体としての設備投資は下押し圧力が掛かりやすい状況も考えられる。昨年の同国経済は+4.6%と久々の高成長となったものの、統計上のゲタが+3.6pt程度と大幅なプラスとなったことが影響しており(注2)、その実力は他の新興国などと比較して見劣りするなか、先行きはインフレが景気の足かせとなるとともに、政治を巡る懸念も景気の足を引っ張る展開が続くと予想される。その意味では、ブラジルは資源国ではあるものの、足下の国際商品市況の上振れは全体としてはマイナスの影響が色濃く現われやすいと捉えられる。

図 4 製造業・サービス業 PMI の推移
図 4 製造業・サービス業 PMI の推移

以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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