ペルー、半年強で2度目の内閣総辞職、政局の混乱は長引く懸念も

~中銀はタカ派姿勢を強めるなかで物価高と金利高が共存、政局混乱リスクも政策対応を困難にしよう~

西濵 徹

要旨
  • 南米ペルーでは、大接戦の大統領選を経て昨年7月に急進左派のカスティジョ政権が誕生した。ただし、政権発足直後から政権及び与党内では強硬派と穏健派の綱引き状態が続き、昨年10月に当時のベジド首相が事実上更迭された。後任首相には穏健派のバスケス氏が据えられたが、今年1月に国家警察を巡る汚職疑惑を契機に政権内で対立が表面化し、先月末にバスケス氏は辞任を表明した。新首相には穏健派のバレール氏を起用するなど政権公約である改憲の前進を目指す動きがみられる一方、今後も意見対立が表面化するリスクはくすぶる。大統領の求心力低下も懸念されるなど、政局は今後もゴタゴタが続くであろう。
  • 中南米諸国では昨年半ばにかけて新型コロナ禍対応に追われたものの、その影響が一巡した後はインフレ対応を迫られる難しい状況に直面した。ペルーでもインフレが昂進するなか、中銀は昨年8月以降6会合連続で利上げ実施を迫られている。他方、年明け以降はオミクロン株による感染再拡大を受けて感染動向が急激に悪化している。足下では感染動向のピークアウトの兆しがうかがえるも、金利高と物価高が共存するなかでスタグフレーションに陥るほか、政局混乱のリスクもくすぶるなど、政策対応は困難な局面が続こう。

南米ペルーでは、昨年6月に実施された大統領選において、急進左派政党のPL(ペルー・リブレ(自由ペルー))から出馬したペドロ・カスティジョ氏と中道右派政党のFP(フエルサ・ポプラル(人民勢力))から出馬したケイコ・フジモリ氏の間で大接戦となった(注1)。その後の選挙管理委員会による集計などを経てカスティジョ氏の勝利が確定するとともに、7月末にカスティジョ氏は正式に大統領に就任して左派政権が誕生したものの、4月の共和国議会選で最大与党となり政権を支えるPL内では、比較的穏健派とされるカスティジョ氏と急進派の党首ウラジミル・セロン氏などとの対立が表面化するなど、政権発足早々からドタバタ劇がみられた(注2)。その後に正式に発足したカスティジョ政権では、政権の要且つスポークスパーソンの役割を担う首相にPL内で強硬左派色の強いグイド・ベジド氏が就く一方、経済政策を担う財務相に穏健派エコノミストのペドロ・フランケ氏を据えるなど、党内バランスを採る一方で国際金融市場の警戒を和らげる布陣とした。他方、PLをはじめとする与党連合は共和国議会内で少数派に留まるなか、議長や副議長は中道政党や右派政党が占めるなど『ねじれ状態』となっていた上、ベジド氏は首相就任後も野党を挑発する発言を繰り返すなど物議を醸す動きがみられた。こうしたなか、政権内では閣僚が汚職事件の捜査対象となるなどスキャンダルが相次いで発覚したほか、ベジド氏自身も左翼ゲリラを礼賛する発言を理由に検察が捜査対象としたほか、外国企業が操業する天然ガス資源の国有化に言及するなど、政権運営の『火種』となる状況が続いた。こうしたことから、カスティジョ大統領は昨年10月にベジド氏を事実上更迭するとともに、後任の首相に環境派弁護士で中道左派政党のFA(フレンテ・アンプリオ(拡大戦線))所属の前国会議長のミルタ・バスケス氏を据える内閣改造を行った(注3)。なお、穏健派とされるバスケス氏を首相に据えた背景には、野党から提出されたカスティジョ大統領の罷免動議に対して、穏健派を取り込むことで『けん制』を掛ける意味合いが強かったとみられる。ただし、首相を事実上更迭されたベジド氏はカスティジョ大統領に対する『反撃』も辞さない考えを示すなど政局を巡る不透明要因となることが懸念されたほか、議会内では少数政党が乱立する状況が続いており、その後も与党連立内のみならず野党との間でも利害調整が混乱する状況が続いてきた。こうしたなか、先月に当時のアベリーノ・ギジェン内務相が国家警察の幹部人事に関連する汚職事件を理由に、カスティジョ大統領に国家警察のハビエル・ガジャルド総司令官の解任を要求するも、これに応じなかったことを理由にギジェン氏は辞任を表明し、その後はギジェン氏の後任人事を巡る対立を理由にバスケス氏も首相辞任を表明するなど政局を巡るゴタゴタが再び表面化した。バスケス氏の辞任を受けて、カスティジョ大統領は31日に後任首相に穏健派のエクトル・バレール氏を据える内閣改造を発表した。今回の内閣改造では、国際金融市場からの信認を集めたフランケ氏の後任の財務相に、日系人で財務省や中銀で長年勤務経験があるエコノミストのオスカル・グラハム氏(元生産省中小企業産業担当副大臣)を据えるなど金融市場の懸念に配慮する姿勢をみせている。なお、カスティジョ氏が穏健派のバレール氏を起用した背景には、大統領選で選挙公約に掲げた憲法改正を前進させることを目指した動きとみられるが、カスティジョ氏は医療及び教育分野への公的投資の優先や多国籍企業を対象とする増税などを目的とする改憲を目指すとされる一方、穏健派のバレール氏は金融市場に対して宥和的な姿勢をみせるなか、今後は意見対立が表面化する可能性はくすぶる。政権発足から半年強の間に2度の内閣改造が行われるなど、カスティジョ大統領の求心力の欠如が露わになっていることを勘案すれば、今後も同国の政局は混乱含みの展開が続くと予想される。

なお、同国を含む中南米諸国では、昨年前半は感染力の強い変異株(デルタ株)による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大に見舞われ、行動制限が再強化されたことで幅広い経済活動に悪影響が出る事態に直面した。しかし、ワクチン接種の進展も追い風に昨年後半以降は新規陽性者数が頭打ちに転じるなど感染動向は大きく改善する動きがみられた。その一方、世界経済の回復も追い風に国際原油価格が上昇して全世界的にインフレ懸念を招くなか、国際金融市場では米FRB(連邦準備制度理事会)の『タカ派』傾斜による米ドル高が自国通貨安圧力を招いて輸入物価を通じてインフレ昂進を招く懸念が強まり、中銀はインフレ対応を迫られる難しい状況に直面してきた(注4)。ペルーにおいても、中銀は昨年8月に新型コロナ禍後初めての利上げ実施に踏み切ったものの、その後もインフレが昂進していることを受けて先月まで6会合連続の利上げ実施に動くなど『タカ派』姿勢を強めている。ただし、直近12月のインフレ率は前年比+7.0%と一段と加速して中銀の定めるインフレ目標(2±1%)を大きく上回る推移が続いており、収束の見通しが立たない状況に直面している。他方、年明け以降は昨年末に南アフリカで確認された新たな変異株(オミクロン株)が全世界的に感染拡大しており、中南米諸国においても同様の動きが広がりをみせるなか、ペルーにおいても年明け以降に新規陽性者数が急拡大するなど感染動向が急激に悪化している。なお、オミクロン株を巡っては比較的早期に感染収束が進むとの見方も示されるなか、足下ではペルーの新規陽性者数も頭打ちの兆候がうかがえるなどピークアウトが進むことが期待される動きもみられる。ただし、感染動向の急激な悪化を受けて、昨年末にかけては感染収束も追い風に人の移動は底入れの動きを強めるなど景気回復を示唆する動きがみられたものの、年明け以降は一転して頭打ちしており、物価高と金利高が共存するなど景気の足を引っ張る材料が山積するなかでスタグフレーションが懸念される事態も予想される。上述のように足下の国際金融市場においては、米FRBの『タカ派』傾斜を受けて新興国へのマネーフローが変化する懸念がくすぶるものの、主力の輸出財のひとつである原油をはじめとする国際商品市況の上昇を追い風に通貨ソル相場は足下で底入れする動きをみせている。ただし、上述のように同国政治は今後も混乱が懸念されるとともに、急進的な政策運営に振れるリスクがくすぶることを勘案すれば、先行きも厳しい政策運営を迫られる局面が続くことは避けられそうにない。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 ペルー国内における感染動向の推移
図 2 ペルー国内における感染動向の推移

図 3 ソル相場(対ドル)の推移
図 3 ソル相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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