中南米諸国、新型コロナの影響一服の背後でインフレ対応を迫られる

~商品市況の上昇は景気の追い風の一方で物価上昇を招くなど「一難去ってまた一難」の状況が続く~

西濵 徹

要旨
  • 足下の世界経済は、主要国などでワクチン接種の動きが景気回復を促す一方、新興国などで変異株による感染拡大に伴い行動制限が再強化されて景気に下押し圧力が掛かるなど好悪双方の材料が混在する。中南米は感染拡大の中心地となったが、その後のワクチン接種の進展を受けて足下の新規陽性者数は鈍化するなど感染動向は改善している。中南米を期限とする変異株の出現や、時間の経過に伴いワクチン接種による免疫効果低下など気の抜けない材料はあるが、中南米を取り巻く状況は改善していると判断出来る。
  • モノカルチャー構造を有する中南米諸国にとり、世界経済の回復による消費市況の上昇は景気の底入れを促しており、感染動向の改善の動きも景気回復に繋がると期待される。他方、原油価格の上昇に加え、金融市場の動揺などに伴う通貨安の影響も重なり足下のインフレ率は加速している。結果、中南米では利上げの動きが相次ぐとともに引き締めを強める動きが広がりをみせている。中南米諸国にとっては新型コロナの影響が一服するも、インフレ対応を迫られるなど「一難去ってまた一難」といった状況に直面していると言える。

足下の世界経済を巡っては、欧米など主要国を中心に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の拡大一服が進むとともに、ワクチン接種を追い風に経済活動の正常化が進められる一方、アジアをはじめとする新興国や一部の先進国では感染力の強い変異株の流入を受けた感染再拡大により行動制限の再強化に追い込まれるといった景気に冷や水を浴びせる動きがみられるなど、好悪双方の材料が混在している。なお、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を巡っては、ブラジルをはじめとする中南米諸国が感染拡大の中心地の一角となるなど感染爆発に見舞われる動きがみられたほか、感染拡大を受けて変異株も発見されるなど厳しい状況が続いてきた。しかし、感染拡大の中心地となったことを受けて様々なワクチンの治験が実施されてきたほか、外交戦略も影響する形でワクチンの調達を活発化させる動きがみられたこともあり、中南米諸国は新興国のなかでも比較的ワクチン接種が進んでいる。域内で最もワクチン接種が進んでいるチリについては、接種されているワクチンの大宗が中国製ワクチンであることから、変異株が世界的に広がりをみせるなかでその効果に疑問が呈される動きがみられたものの(注1)、その後のワクチン接種の進展を追い風に新規陽性者数は頭打ちの動きを強めるなど、ワクチン接種の進展が感染動向の改善に繋がっていると捉えられる。さらに、チリ以外の国々についてもワクチン接種の動きが活発化しており、多くの国でワクチン接種率(部分接種率:少なくとも1回は接種を受けた人の割合)が新規陽性者数の頭打ちに繋がると見做される水準(40%)を上回っているほか、この動きに呼応するように完全接種率(必要な接種回数を受けた人の割合)も着実に上昇している。こうした動きも追い風に、足下では中南米諸国における新規陽性者数は頭打ちしており、人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)は多くの国で20~30人程度に低下しているほか、依然として高水準にあるブラジルでも84人(今月8日時点)、メキシコでも107人(同)と、足下において感染拡大の中心地となっているASEAN(東南アジア諸国連合)の主要国と比較して低水準に留まるなど、ワクチン接種の進展に伴い中南米諸国における感染動向は大きく改善していると判断出来る。なお、足下においては中南米を発症とする変異株(ラムダ株、ミュー株など)が発生している上に感染拡大の動きが広がりをみせているほか、ワクチン接種による免疫効果が時間の経過とともに低下する動きがみられるなど気の抜けない状況が続いているものの、年明け以降は中南米諸国が世界的な感染拡大の中心地となってきた状況は大きく後退していると判断出来る。

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なお、昨年来の新型コロナ禍対応を巡っては、ブラジルではボルソナロ大統領が感染対策より経済活動を優先する姿勢が採られる動きがみられる一方、それ以外の国々では昨年に実施された都市封鎖(ロックダウン)など強力な感染対策によって経済に深刻な悪影響が出たことを受けて、年明け以降の感染再拡大を受けても緩やかな行動制限に留める動きがみられた。ただし、こうした対応は新型コロナ禍で疲弊した経済に対する悪影響の緩和に繋がるとともに、欧米や中国など主要国をはじめとする世界経済の回復の動きは外需の底入れを促しているほか、世界経済の回復に伴う国際商品市況の上昇はモノカルチャー構造を有する中南米諸国にとって交易条件の改善を通じて景気回復の追い風となっている。他方、新型コロナウイルスのパンデミックを受けた国際金融市場の混乱の影響に加え、感染動向の悪化といった悪材料のほか、ここ数年の中南米においてはメキシコ、アルゼンチンで相次いで左派政権が誕生したほか、新型コロナ禍対応を巡って政府への反発の動きが広がるなかで『左派のうねり』とも呼べる動きが広がるなど、財政など経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化が懸念されており、国際商品市況の上昇の動きにも拘らず通貨が弱含む動きがみられる。また、国際金融市場においては年内にも米FRB(連邦準備制度理事会)が量的緩和政策の縮小に動くことで『カネ余り』の手仕舞いが見込まれるなか、新興国への資金流入の動きに逆風が吹くとの見方も強まっていることも通貨の重石になっていると見込まれる。さらに、昨年後半以降の世界経済の回復を追い風とする国際原油価格の上昇に加え、このところの通貨安の進展に伴い幅広く輸入物価に押し上げ圧力が掛かっているほか、景気回復が進んでいることも相俟って、足下のインフレ率は加速して中銀の定めるインフレ目標を上回る動きが続いている。年明け以降の中南米においては、ブラジル中銀が3月に利上げに動き、その後も4会合連続の利上げ実施に動くなど金融引き締めの動きを進めているほか(注2)、メキシコ中銀も6月に利上げを実施するとともに、先月の定例会合でも追加利上げに動くなど引き締め姿勢を強めている(注3)。これら以外の国でも、7月にチリ中銀が利上げ実施に動いたほか(注4)、8月にはペルー中銀も利上げに動いているが、その後のインフレ率が加速感を強めていることを受けて両国ともに連続で利上げ実施に動くなど、金融引き締めのペースを強める動きが徐々に広がっている。中南米経済にとっては、主要国を中心とする世界経済の回復を受けた国際商品市況の上昇の動きは景気を押し上げるとともに、感染動向の改善の動きも景気回復を促すと期待される一方、早くも物価安定に向けて金融引き締めの加速化を迫られるなど景気の足を引っ張る動きも顕在化しており、『一難去ってまた一難』といった状況に直面していると判断出来よう。
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以 上


西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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