ペルー左派政権発足で「大きな政府」路線は必至、船出からドタバタも露呈

~経済への政府関与、メディア規制、FTA見直しなど懸念材料は山積、議会との「ねじれ状態」にも懸念~

西濵 徹

要旨
  • ペルーで先月6日に実施された大統領選の決選投票は大接戦となったが、最終的に急進左派のカスティジョ氏が勝利した。カスティジョ氏は28日の就任式で正式に大統領に就任し、演説では大統領選で訴えた改憲による国民の政治参加を強く主張した。金融市場が懸念した国営化路線は引き下げるなど配慮する姿勢をみせる一方、「大きな政府」路線への転換は必至であり、鉱業セクターへの政府関与の増大、メディア規制、FTAの見直しなど不安要素は山積する。他方、与党内のゴタゴタが影響して大統領就任式では閣僚名簿が示されないなど、カスティジョ政権は船出から政権運営を巡る不透明さを露呈したと捉えることが出来る。
  • 他方、4月の共和国議会選を経た新議会は大統領就任前に開会したが、議長及び副議長はいずれも中道派や右派から選出されるなど、急進左派の大統領との「ねじれ状態」となっている。今後は大統領選で敗れ、第2党の中道右派政党を率いるフジモリ氏が政権に揺さぶりをかける可能性も高まっている。他方、CPTPPが新議会の開会前に批准されたことを受けて、政権や独自色を強めて「ちゃぶ台返し」に動くリスクもある。
  • 足下では新興国を中心に変異株による新型コロナウイルスの感染再拡大の動きがみられるが、ペルーではワクチン接種の進展は道半ばながら4月半ばを境に新規陽性者数は鈍化しており、行動規制は段階的に緩和されるなど経済活動の再開に舵を切る動きもみられる。他方、中南米では変異株が広がる動きもみられるなか、同国を巡っては新政権の動向のみならず感染動向にも引き続き注意を払う必要があると言えよう。

先月6日に実施されたペルーの大統領選挙の決選投票では、4月に実施された第1回投票で首位に立った急進左派政党のペルー・リブレ(自由ペルー:PL)から出馬したペドロ・カスティジョ氏と、第1回投票で次点となった中道右派政党のフエルサ・ポプラル(人民勢力:FP)から出馬したケイコ・フジモリ氏との間で大接戦となり、開票に時間を要する事態となった(注1)。なお、選挙管理委員会による集計の結果、カスティジョ氏の得票率は50.125%、フジモリ氏は49.875%と僅差でカスティジョ氏が勝利したことが明らかになったものの、フジモリ氏は選挙に不正があったとして選挙管理委員会に対して一部の票の無効を申し立てるとともに敗北を認めない姿勢をみせてきた。しかし、今月19日に選挙管理委員会はフジモリ陣営による申し立てを却下する判断を下すとともに、カスティジョ氏の勝利を正式に発表したため、フジモリ氏は選挙結果に対して「非合法な方法による勝利」との談話を示すも敗北を認めたことで選挙戦は決した。この結果を受けて、28日の大統領就任式においてペドロ・カスティジョ氏が正式に大統領に就任し、このところの中南米では『左派ドミノ』とも呼べる動きがみられるなか、ペルーにも左派政権が誕生した。カスティジョ氏は、就任演説において「現行憲法は制憲議会の設置や新憲法の制定を想定しておらず、新憲法の制定の推進を誓う」と述べるなど、選挙戦を通して訴えた憲法改正を通じた国民の政治参加の実現を真っ先に掲げた。その上で、新型コロナ禍を経て疲弊している同国経済を巡っては「『秩序と予見性』の維持を図ることを求める」とし、「国営銀行に民間銀行との競争を求める」ほか、「鉱業セクターを通じた経済回復や税収増、資本流入の活性化を目指す」とした上で「民間投資家との間で『新条約』を結ぶ」との考えを示す一方で「経済の国有化を目指す気は『微塵もない』」と述べるなど、選挙戦を通じて訴えた社会主義的な政策運営に対する金融市場の懸念に配慮する姿勢をみせた。他方、国内政策面では「教育セクター向け予算の倍増を図るべく『公教育に対する非常事態宣言』を発令する」として科学技術省の創設を訴えたほか、「脆弱な家庭に対して直接的な金融支援を実施する」として現金給付を実施する方針を明らかにするなど、『大きな政府』路線に舵を切る姿勢をみせた。なお、鉱業セクターに対する秩序と予見性については「ルールの明確化」と述べた上で、関連企業の利益の国内への還元を求める姿勢をみせたほか、国営石油公社に対して「最終価格に関する規制を担わせる」として鉱業セクターに対する国の関与を強める姿勢は変わっていない模様である。さらに、メディアに対しては「より良く規制されるべき」と述べるなどメディア規制に動く考えをみせたほか、自由貿易協定(FTA)についても「国益を優先する形での改善が必要」と述べるなど、今月21日に議会の批准手続きが終了したCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)に対する見直しを示唆した格好である。ただし、大統領就任式に併せて発表される予定であった首相をはじめとする閣僚名簿を巡っては、カスティジョ氏と与党PLのセロン党首との間で意見集約が間に合わず、結果的に閣僚が決まらない形で船出を迎える『バタバタ』もみられた。金融市場においては、カスティジョ氏の勝利を受けて社会主義的な政策に大きく舵が切られることを警戒して資金流出の動きが加速して通貨ソル相場や主要株価指数が大きく調整する動きがみられるものの、現時点ではカスティジョ新政権による政策運営には不透明感が山積していると捉えられる。

図表
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大統領就任式前の今月23日には、4月の大統領選第1回投票と同時に実施された共和国議会選挙で当選した議員による宣誓式が実施されたが、カスティジョ新政権を支える与党PLは第1党となったものの、獲得議席数は37議席と3割にも満たない勢力に過ぎないなど少数与党となっている。こうしたなか、その後に実施された議長及び副議長の選出を巡っては、議長に中道派のアクシオン・ポプラル(人民行動:AP)出身のマリカルメン・アルバ氏が、副議長には中道派のアリアンサ・パラ・エル・プログレッソ(進化のための同盟:APP)のレディ・カモネス氏(第1副議長)、右派のポデモス・ペルー(出来るぞペルー:PP)のエンリケ・ウォン氏(第2副議長)、右派のアバンサ・パイス(国よ進め:AP)のパトリシア・チリノス氏(第3副議長)が就任するなど、大統領との間で『ねじれ状態』となる可能性が高まっている。さらに、大統領選で敗北したフジモリ氏率いる中道右派のFPの議席数は24議席に留まるものの、上述のように共和国議会を巡っては議長及び副議長を中道派や右派が占めるなど、議会内の勢力図も右派及び中道右派勢力が多数派であることを勘案すれば、今後はフジモリ氏が主導する形で議会の多数派を形成してカスティジョ氏の罷免を求めるなど『圧力』を強めることも予想される。また、上述のように与党PL内のゴタゴタが影響する形でカスティジョ政権の閣僚決定が遅れるなど同党自体も『一枚岩』には程遠い状況にあることを勘案すれば、政策運営が円滑に進む可能性は低いと見込まれる。その意味では、カスティジョ氏は選挙戦を通じて急進的な社会主義政策に舵を切る可能性をほのめかす姿勢をみせてきたものの、上述のように就任演説においてトーンを抑えたことは政権運営の困難さを図らずも映したものと考えられる。他方、CPTPPの批准手続きが新議会の発足直前に終了したことを巡っては、新政権が見直しを提起している上、新議会が独自色を発揮すべく『ちゃぶ台返し』に動く可能性には留意が必要と捉えられる。

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他方、足下ではアジアを中心とする新興国や一部の先進国において感染力の強い変異株による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染再拡大の動きが広がる一方、米欧や中国など主要国においてはワクチン接種の広がりが感染収束を促す動きに繋がるなど、ワクチン接種の動向がカギを握るとみられている。なお、ペルーについては今月27日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は13.79%と世界平均(14.03%)並みである上、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)は23.48%と世界平均(27.53%)を下回るなど、ワクチン接種が進展しているとは言いがたい状況にある。さらに、ワクチン接種率を巡っては40%を上回る水準に達すると新規陽性者数が急減する『閾値』と捉える向きもみられるなか、足下においてはこれを大きく下回る水準に留まっているにも拘らず、同国の新規陽性者数は4月半ばを境に頭打ちの動きを強めているほか、新規陽性者数の鈍化を受けた医療インフラに対する圧力の緩和を受けて死亡者数の拡大ペースも鈍化している。このように感染動向が改善していることを受けて、政府が今月26日に発表した最新の地域別の感染警戒レベルでは、首都リマの感染警戒レベルは4段階中で最も低い水準とされており、夜間を対象とする外出禁止令は継続されるものの、行動制限は段階的に緩和されるなど経済活動の再開を模索する動きも前進している。他方、上述のように同国におけるワクチン接種は遅れているなか、政府はこれまで同国で接種されている米国製、英国製、中国製に加え、ロシア製ワクチンの調達も積極化するなど調達の充実を図っているものの、安心できるレベルに達するには時間を要する状況は変わらない。他方、中南米においても変異株が広がりをみせている上、ペルーにおけるワクチン接種が遅れていることを勘案すれば、このまま感染収束が進むかは見通しが立ちにくい状況にあり、感染動向が一変するリスクも孕んでいる。足下においては行動制限の段階的緩和も影響して人の移動が底入れする動きが確認されており、感染が再拡大に転じる可能性もくすぶっており、新政権の動きとともに感染動向にも注意を払う必要があると言えよう。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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