ペルー大統領選は大接戦、いずれにせよ混乱は不可避の情勢

~左派候補ならば金融市場は「失望」、中道右派でも政策運営は困難な展開が続くと予想~

西濵 徹

要旨
  • 南米ペルーでは4月に大統領選の第1回投票が実施され、急進左派政党のPLから出馬したカスティジョ氏が事前の予想を覆して首位となるも、半数を上回る票を得られず決選投票に持ち込まれた。次点候補は過去に2度大統領選で苦杯をなめた中道右派FPのケイコ・フジモリ氏となり、「三度目の正直」となるか期待された。ただし、ここ数年の政界を巡るゴタゴタが両極端な候補が勝ちあがる結果を招いたほか、決選投票前の世論調査では支持率がほぼ拮抗するなど、大統領選を経て同国の二分状態が明らかになった。
  • 決選投票の結果は拮抗しており、最終確定には前回大統領選同様に時間を要すると見込まれる。ただし、カスティジョ氏が勝利すれば国際金融市場の「失望」は不可避な上、経済界の反発などによる政策運営の困難や左翼ゲリラの活発化が懸念される。他方、ケイコ氏が勝利すれば国際金融市場の失望は免れようが、議会運営の困難は変わらず、政権への反発が左翼ゲリラの活発化を招くリスクがある。その意味では、いずれの候補が勝利した場合においてもペルー情勢は極めて難しい状況に追い込まれる可能性があろう。

南米ペルーでは今年4月、5年に一度実施される大統領選の第1回投票が実施されたが、最終的に18人もの候補が立候補する大乱戦となったほか、すべての候補が半数を上回る票を得ることが出来ず、決選投票に持ち越される結果となった1 。なお、第1回投票で首位となったのは急進左派政党のペルー・リブレ(自由ペルー:PL)から出馬したペドロ・カスティジョ氏であり、同氏は小学校教師として教員組合に所属している上、2017年に同国で起こった大規模な教職員ストライキでは組合役員として主導的な立場を担ったとされる。選挙当初における同氏はいわゆる『泡沫候補』とされていたものの、同氏及びPLは政策提言に国民投票を通じた憲法改正に向けた全国制憲議会の創設のほか、民間企業と同等の競争条件を整えた国営企業の創設、鉱業部門やガス、石油、水力発電、通信分野の国営化といった社会主義的な政策を掲げ、リベラル派や農村部の貧困層、教員や自営業者などを中心に支持を集めた。事実、第1回投票と同時に実施された共和国議会選(一院制:議席数130)においても、PLは選挙戦の最終版で注目を集めて第1党(37議席←0議席)となるなど予想外の勝利を収めた。他方、決選投票に進む次点候補は過去に2度大統領選に出馬するもいずれも苦杯をなめた中道右派政党のフエルサ・ポプラール(人民勢力:FP)から出馬したケイコ・フジモリ氏となり、決選投票を経て『三度目の正直』となるかに注目が集まった。また、総選挙においてもFPは議席数を増やして第2党(24議席←15議席)となったものの、いずれの政党も単独で半数を上回る勢力を築くことが出来ず、仮にフジモリ氏が決選投票において逆転勝利を収めた場合においても困難な政権運営が避けられそうにないとみられる。ただし、急進左派と中道右派という両極端の候補が決選投票に残ったことから、フジモリ陣営には父親のアルベルト・フジモリ元大統領時代からの『フジモリスモ』と称される一定の支持層に加え、左派政権への回帰を警告して保守層や富裕層、都市住民などを中心に支持を集める選挙戦を展開した。一方、ケイコ氏は過去の大統領出馬に際してブラジル企業から受領した資金に関する資金洗浄(マネー・ロンダリング)容疑で起訴され禁錮30年10ヶ月を求刑されるなど『疑惑の宝庫』状態にある。ここ数年の同国政界においては、2016年の前回大統領選で当選したクチンスキ元大統領が汚職疑惑を巡って辞職したほか、後任大統領となったビスカラ元大統領にも収賄疑惑が噴出して議会で罷免決議が可決されて免職するとともに、その後任大統領人事を巡ってもゴタゴタが生じたことで国民の間の政治不信が極まったと考えられる2 。その意味では、中南米の周辺国において左派回帰の動きが広がり経済的に『失敗』に追い込まれる動きがみられたほか、同国においても1980年代以降に左翼ゲリラが活動を活発化させて治安情勢の悪化を招いてきた歴史があり、伝統的に社会主義的な思想が嫌われる傾向がみられるものの、国民の間に広がった既存の政治家に対する忌避感がカスティジョ氏やPLの躍進の背景にあるとみられる。このように両極端な候補による決選投票となった結果、事前の世論調査においてはいずれもカスティジョ氏とケイコ氏が大接戦を演じている様子が確認された。

6日に実施された決選投票については、開票率96%段階においてもカスティジョ氏の得票率が50.27%、ケイコ氏の得票率は49.73%と極めて僅差の状況にある上、残りの票が地方の遠隔地や在外票であることを勘案すれば、最終結果の確定に時間を要する可能性が高まっている。実は、2016年の前回大統領選においても決選投票は歴史的大接戦となり、最終的に票数が確定するのに4日間を擁するとともに票差は0.25ptであったことを勘案すれば、今回も同様の状況となる可能性は高いと見込まれる。なお、現時点においてはカスティジョ氏がわずかに優勢となるなか、仮に同氏が大統領選に勝利するとすれば、同氏及び所属する急進左派政党のPLが推す憲法改正のほか、企業の国営化といった社会主義的な政策運営に舵が切られることで、国際金融市場における評価が急速に悪化するリスクがある。ペルー経済は銅や鉛といった鉱業部門に対する依存度が高い上、水産業など第1次産業の割合も高く、構造的に慢性的な経常赤字を抱えるなど対外収支構造が脆弱ななか、社会主義的な経済政策によって『内向き』姿勢を強めることは対外構造を一段と脆弱な方向に追い込むことも懸念される。ただし、第1回投票と同時に実施された議会選でPLは第1党となっているものの、その勢力は議会の3割未満の少数与党であることを勘案すれば、議会との軋轢は不可避である上、経済界などの猛烈な反対も予想されるなど政局の動揺が続く可能性も高いと見込まれる。さらに、先月には大統領選の妨害を通じてカスティジョ氏の当選を促すべく左翼ゲリラがテロ活動を活発化させる動きもみられるなど、過去数年は治安情勢が安定してきた状況が一変することも懸念される。他方、仮に最終版でケイコ氏が勝利すれば、自由市場経済の維持が図られることで国際金融市場の『失望』は免れると見込まれるが、同氏を支える中道右派政党のFPも第2党で少数与党となることを勘案すれば、政権運営は決して容易ではない。なお、上述したケイコ氏に対する訴追手続きは大統領任期中は凍結される一方、同氏が公約に掲げる任期中の人権侵害事件を理由に服役している父アルベルト・フジモリ元大統領の恩赦は議論を呼ぶ可能性があるほか、左翼ゲリラの動きを活発化させることも懸念される。その意味では、両候補のいずれが最終的に勝利を収めた場合においても、ペルー情勢は安定にはほど遠い状況となる可能性が高いと見込まれる。

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以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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