ブラジル、ボルソナロ政権の「やりたい放題」に中銀は「本気の対応」

~バラ撒きによる財政懸念を警戒して引き締めを強めるも、政治を巡る不安定化の行方に要注意~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルは、昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際して感染対策のちぐはぐさも影響して、感染拡大の中心地となった。ただし、足下ではワクチン接種が比較的進むなかで新規陽性者数も頭打ちするなど感染動向は改善している。他方、大統領を中心に政府は経済活動を優先する動きをみせるなかで企業マインドは改善しているが、感染対策が疎かになるリスクのほか、政治的な分断の深刻化など不透明要因は残る。
  • 昨年来の大干ばつに加え、国際原油価格の上昇も重なり足下のインフレ率は加速するなか、中銀は引き締め姿勢を強める対応をみせてきた。しかし、政府は来年の次期大統領選を前にバラ撒き姿勢を強めるなど財政懸念が意識されており、通貨レアル相場は調整するなど物価への悪影響が懸念されてきた。こうしたなか、中銀は6回連続の利上げ実施に加え、利上げ幅を150bpに拡大するなど引き締め姿勢を一段と強めた。次回会合でも追加の大幅利上げを示唆するなど本気の姿勢をみせる。他方、ボルソナロ大統領は新型コロナ禍対応を巡って議会上院が訴追要求を決定するなど政治の混乱が深まる懸念も高まっている。今後のブラジルは、政治動向が経済に様々な面で悪影響を与える可能性にこれまで以上に注意が必要と言える。

ブラジルは、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、累計の陽性者数及び死亡者数はともに米国に次ぐ水準にある上、陽性者数に対する死亡者数の比率は他の国々と比較して突出するなど極めて厳しい感染動向に見舞われた。こうした背景には、新型コロナウイルスを「ただの風邪」と揶揄するボルソナロ大統領の下で連邦政府レベルでは経済活動を優先して行動制限に及び腰の対応が採られる一方、地方政府レベルでは積極的な行動規制が採られるなどちぐはぐな対応が続いたことも影響している。また、上述のように同国は世界的にも感染拡大の中心地となったため、様々なワクチンの治験が行われるとともに、年明け以降は接種が開始される動きがみられたものの、ボルソナロ大統領自身はワクチンに対して懐疑的な見方を示す一方、連邦政府(保健当局)や地方政府は国民に対してワクチンの積極的な接種を呼び掛けるなど、感染対策同様にちぐはぐな対応が続いている。こうした状況ながら、今月27日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は54.66%と国民の半数以上がワクチン接種を終えているほか、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も74.67%と国民の約4分の3が少なくとも1回はワクチンにアクセスしており、新興国のなかでは接種が比較的進んでいると捉えられる。このようなワクチン接種の進展も追い風に、同国内における新規陽性者数は6月末を境に頭打ちしており、足下における人口100万人当たりの新規陽性者数(7日間移動平均)も56人とピークの6分の1以下となっているほか、新規陽性者数の鈍化に伴う医療インフラへの圧力が緩和したことで死亡者数も頭打ちするなど感染動向は大きく改善している。ただし、足下においてはワクチン接種が比較的進んでいる欧米など主要国においても感染力の強い変異株によるブレークスルー感染が確認されている。またワクチン接種から一定期間が経過すると効能が低下することも確認されるなかで追加接種(ブースター接種)の動きが広がっているものの、世界的にワクチン確保の動きが再び激化するなかでワクチン接種を巡る状況が厳しさを増すことも予想される。他方、ブラジルをはじめとする南半球では今後季節が夏になることで感染動向の改善が一段と進むとの期待がみられる。しかし、昨年は年末にかけて感染動向が悪化したことに加え、足下においては新規陽性者数及び死亡者数ともに底打ちの兆候が出ていることを勘案すれば過度な楽観は禁物と捉えられる。このように足下におけるブラジルの感染動向は峠を越えたとみられるなか、ボルソナロ大統領を中心に連邦政府の経済活動を優先する姿勢から人の移動は底入れしているほか、欧米を中心とする世界経済の拡大も追い風に企業マインドは幅広く改善するなど景気回復を示唆する動きがみられる(注1)。ただし、経済活動が活発化する背後では基本的な感染対策が疎かになる動きもみられ、結果的に感染が再拡大するリスクが高まることも考えられる。また、感染対策やワクチン接種を巡っては政治的対立が影響していることを勘案すれば、来年に迫る次期大統領選及び連邦議会総選挙に向けて分断が進むことも予想されるなど、ブラジルを巡る状況は予断を許さない状況にある。

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他方、昨年来のブラジルは『100年に一度』とも称される大干ばつに見舞われており、電力供給の大宗を水力発電に依存するなかで火力発電の再稼働を余儀なくされる状況が続いている。加えて昨年後半以降の世界経済の回復も追い風に国際原油価格が上昇していることも重なり、足下のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標の上限を上回るとともに、加速感を強めるなど幅広い経済活動に悪影響を与える懸念が高まっている。こうした状況を受けて、中銀は3月に約6年ぶりの利上げ実施に加え、新型コロナ禍への対応を目的とする金融緩和からの正常化に舵を切ったほか(注2)、9月の定例会合でも5会合連続の利上げ実施を決定するとともに、利上げ幅も2会合連続の100bpとするなど引き締め度合いを強める動きをみせてきた(注3)。他方、国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和政策の縮小をはじめ、新型コロナ禍を受けた全世界的な金融緩和による『カネ余り』の手仕舞いが意識されており、新興国からの資金流出が懸念される状況となっている。さらに、ブラジルでは来年に次期大統領選が控えるなかで現職のボルソナロ大統領は再選を目指す一方、最大野党の労働者党(PT)は労働者階級を中心に根強い人気を有するルラ元大統領を軸に結集を強めており、右派のボルソナロ氏と左派のルラ氏という左右両極の『ポピュリスト』が争う構図となるなか(注4)、金融市場は政権の政策運営がポピュリズム色を強めることを警戒して通貨レアル相場は調整の動きを強めており、中銀による引き締め姿勢にも拘らずその効果は相殺されている。こうしたなか、中銀は27日に開催した定例会合において政策金利(Selic)の6会合連続の利上げを決定した。利上げ幅は150bpと過去2会合から拡大させるなど引き締め姿勢を一段と強めており、この決定によりSelicは7.75%と2017年9月以来の水準となった。会合後に公表された声明文では、今回の決定も引き続き「全会一致」であるとともに、世界経済について「厳しい状況となっている上、中銀による物価対応は新興国経済にとって逆風になり得る」ほか、同国経済についても「前回会合後に示された経済指標は想定を若干下回る」とした上で、物価動向についても「高止まりしている」との見方を示した。こうした見方を前提に先行きのインフレ見通しは「2021年は+9.5%、22年は+4.1%、23年は+3.1%になる」とした上で、Selicも「2021年末には8.75%、22年には9.75%まで上昇するも同年末には9.50%、23年末には7.00%になる」との見通しを示すなど、いずれも9月会合から引き上げられた。その上で、物価に対するリスクは上下双方存在するとしつつ、「財政の枠組に関する最近の懸念はインフレ期待が不安定化するリスクを高めており、リスクバランスの上方シフトをもたらしている」との見方を示すとともに、次回会合について「同じ水準の調整を想定している」として引き締め姿勢を一段と強める考えに含みを持たせた。中銀は、政府が新型コロナ禍後に実施している低所得者層を対象とする現金給付プログラム(エイド・ブラジル)の拡充に向けた追加的な財政出動を決定し、連邦議会に対して憲法で規定されている歳出上限規定を2022年に限定して『棚上げ』するよう要請するなど、財政規律が緩むことが懸念されるとともに、リスク・プレミアムの上昇やレアル案の進展に伴いインフレが昂進することを警戒しているとみられる。また、ボルソナロ大統領を巡っては、政府の新型コロナ禍対応を巡ってボルソナロ大統領のみならず3人の息子のほか、多数の現職及び元職の政府高官、2社を対象に刑事訴追を勧告する報告書が作られており(注5)、その後に開催された連邦議会上院の調査委員会では賛成多数(賛成7人、反対4人)で承認されるなど、正式に訴追を要求する判断を下した(最終的な訴追対象はボルソナロ大統領を含む78人と2社に拡大)。今後は連邦検察が訴追の可否を判断するが、現検事総長のアラス氏はボルソナロ政権下で任命されている上、ここ数年に亘って同国の政界を揺さぶった検察による政官財を対象とする大規模捜査(ラヴァ・ジャッド作戦)に批判的な姿勢を示すなど『大統領寄り』の人材とみられていることを勘案すれば、ボルソナロ大統領などが実際に訴追される可能性は極めて低いと見込まれる。ただし、『政治の季節』が近付くなかで野党支持者を中心に反政府デモの動きが活発化するなか、調査報告書の内容はそうした動きに火を点ける可能性は高く、政治的な対立がこれまで以上に激化することは避けられそうにない。こうしたことから、今後も次期大統領選に向けてボルソナロ政権はバラ撒き政策などに走る可能性も考えられるなど政治を巡る状況は一段と不安定化するとともに、中銀は一段の対応を迫られることで物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせることも懸念されるなど、難しい対応が迫られる局面が続くと予想される。

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以 上

西濵 徹


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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