大干ばつなどによる物価高にもブラジル中銀は「正攻法」で対応

~中銀はタカ派姿勢を強める一方、ポピュリズム的な政策運営の懸念も高まるなど政治動向に注意~

西濵 徹

要旨
  • 足下のブラジル経済は、昨年来の新型コロナ禍や「100年に一度」と称される大干ばつが経済活動のみならず物価上昇を通じて景気を左右する展開が続く。中銀は3月以降断続的な利上げに動いているが、足下ではインフレ率、コアインフレ率ともにインフレ目標を上回るなか、中銀は22日の定例会合で5会合連続の利上げを決定した。インフレ見通しを上方修正し、次回会合でも今回と同程度以上の利上げ実施を見通すなどタカ派姿勢を強めている。米FRBのテーパリング観測が新興国通貨の重石となるなか、中銀のタカ派姿勢はレアル相場を下支えすると期待される一方、物価高と金利高の共存は政策対応を難しくするであろう。
  • 昨年来のブラジルは感染拡大の中心地となってきたが、足下では新規陽性者数は頭打ちしており、ワクチン接種も大きく前進するなど感染動向の改善に向けた動きがみられる。ただし、新型コロナ禍対策を巡っては経済活動を優先するボルソナロ大統領と感染対策を重視する地方政府との間でちぐはぐな対応が続いてきたが、ワクチン接種を巡っても同様の動きが続いている。連邦政府はブースター接種を検討する一方、世界的なワクチン獲得競争激化の余波のほか、次期大統領選に向けたアピール合戦の様相も強まるであろう。
  • 感染動向は最悪期を過ぎているが、新型コロナ禍対応を巡る不手際も影響して政権支持率は最低を更新している。次期大統領選に向けてポピュリズム的な政策運営が強まる可能性も予想されるほか、選挙結果如何では政治暴動を懸念する向きもある。今後のブラジル経済は政治が重要なカギを握る展開になろう。

このところのブラジル経済を巡っては、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)を受けた感染拡大の余波に加え、昨年以降における『100年に一度』と称される大干ばつは農林漁業関連をはじめとする生産活動の重石となるとともに、電力供給の大宗を水力発電に依存するなかで火力発電の再稼働を余儀なくされて物価上昇を招くなど、幅広い経済活動に悪影響が出る事態が続いている(注1)。インフレ率については中銀の定めるインフレ目標の上限を上回る事態となったことを受けて、中銀は3月に約6年ぶりの利上げ実施に動くとともに、新型コロナ禍対応を目的とする金融緩和からの正常化プロセスに舵を切る動きをみせたものの(注2)、その後もインフレ率は一段と加速したことを受けて断続的に利上げ実施を決定するなど『タカ派』姿勢を強める動きをみせてきた。こうした動きにも拘らず、直近8月のインフレ率は前年比+9.68%と4年半弱ぶりの高水準となっている上、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率も同+6.30%とインフレ率とともに中銀の定めるインフレ目標(3.75±1.50%)を上回るなど、物価を巡る状況は一段と悪化している。こうしたなか、中銀は22日に開催した定例会合において政策金利(Selic)を5会合連続で引き上げるとともに、利上げ幅も8月の前回会合と同じ100bpとしており、これを受けてSelicは6.25%と3年強ぶりの水準となるなど引き締めの度合いを強めている。会合後に公表された声明文では、今回の決定も引き続き「全会一致」であったことに加え、世界経済について「新興国経済を巡り、変異株による感染動向と物価上昇に伴う金融引き締めが追加的なリスク要因になっている」との見方を示す一方、同国経済については「年後半にかけて堅調な景気回復が見込まれる」との見方を維持した。他方、物価動向について「高水準で推移しており、短期的にみれば上昇圧力が続く」とした上で、インフレ見通しは「2021年(+8.5%)、22年(+3.7%)、23年(+3.2%)」と今年及び来年について上方修正するとともに、その前提となる政策金利も「2021年末(8.25%)、22年末(8.50%)、23年末(6.75%)」といずれも引き上げる見通しを示した。その上で、今回の利上げ実施について「このペースでの利上げ実施がインフレ目標への収束とともに持続的な景気回復の実現に向けて最も適切」とした上で、その前提とするメインシナリオについて「引き締めプロセスを制限的な領域に進めることが適切」との見方を示した。そして、10月の次回会合について「同程度の利上げ実施を予想する」としつつ、「景気動向や物価動向を巡るリスクバランスやインフレ期待などに左右される」など、一段の金融引き締めに含みを持たせている。同国の通貨レアル相場を巡っては、原油をはじめとする国際商品市況の動向に連動する傾向が強いなか、足下の国際商品市況は比較的堅調な動きをみせている一方、中国経済を巡る不透明感の高まりが重石となる展開となっている。さらに、先行きは米FRB(連邦準備制度理事会)の量的緩和政策の縮小観測が新興国を取り巻くマネーフローに影響を与えると見込まれるなど、国際金融市場を取り巻く環境が相場の重石となる難しい状況が見込まれる。中銀によるタカ派姿勢はレアル相場の下支えに繋がると期待されるものの、物価高と金利高の共存は景気に冷や水を浴びせる懸念もあり、政策当局にとっては難しい舵取りを迫られることも予想される。

図 1 インフレ率とインフレ目標の推移
図 1 インフレ率とインフレ目標の推移

図 2 レアル相場(対ドル)の推移
図 2 レアル相場(対ドル)の推移

なお、ブラジルでは昨年来の新型コロナウイルスのパンデミックに際して感染拡大の中心地となる事態に見舞われ、その背景には連邦政府(ボルソナロ政権)レベルでは経済活動を優先して行動制限に及び腰の姿勢をみせる一方、地方政府レベルでは社会的距離規制(ソーシャル・ディスタンス)や都市封鎖(ロックダウン)の実施など行動制限を積極化させるなど、感染対応がちぐはぐな状況が続いたことも影響した。ただし、高水準での推移が続いた新規陽性者数は6月末を境に頭打ちの動きを強めてきたほか、新規陽性者数の減少に伴う医療インフラに対する圧力の後退を受けて死亡者数の拡大ペースも鈍化するなど感染動向は改善に向かう兆しがみられた。ただし、足下では新規陽性者数が再び底打ちする動きをみせているほか、鈍化する兆しをみせてきた死亡者数も再び拡大ペースが加速するなど依然として不透明な状況が続いていると捉えられる。他方、ボルソナロ大統領自身はワクチン接種に懐疑的な見方を示しているものの、連邦政府(保健当局)や地方政府は積極的なワクチン接種を呼び掛ける動きをみせているほか、ワクチン調達を巡って保健当局による贈収賄疑惑が噴出したほか、ボルソナロ大統領の関与が疑われるなどの動きもみられた(注3)。こうした政府のドタバタにも拘らず、今月22日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は38.71%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も69.24%とともに世界平均(それぞれ32.39%、43.92%)を上回るなどワクチン接種は進展していると捉えられる。他方、変異株に対するワクチンの効果低減が懸念されるなか、政府は高齢者や基礎疾患を有する人を対象にワクチンの「ブースター接種(3回目の接種)」を開始する方針を明らかにしているものの、世界的にワクチン獲得競争が激化するなかで調達は難しさを増していることを勘案すれば、容易に進むかは見通しが立たない。また、未成年者を対象とするワクチン接種を巡っても、連邦政府と地方政府の間で見解が分かれる動きもみられるなど、今後のワクチン接種の行方には不透明なところが多いと判断される。この背景には、来年10月に予定される次期大統領選において現職のボルソナロ氏は再選を目指す一方、サンパウロ州のドリア知事など地方政府の首長も出馬が取り沙汰されており、『政治の季節』に向けたアピール合戦といった側面があることに留意する必要がある。

図 3 新型コロナの新規陽性者数・累計死亡者数の推移
図 3 新型コロナの新規陽性者数・累計死亡者数の推移

図 4 ワクチン接種率の推移
図 4 ワクチン接種率の推移

上述のように、足下の感染動向は最悪期を過ぎているほか、ボルソナロ大統領が経済活動を優先する姿勢をみせていることも追い風に人の移動は緩やかに底入れする動きをみせており、欧米など主要国を中心とする世界経済の回復の動きが外需を押し上げていることも相俟って、サービス業を中心に企業マインドは底入れするなど景気の押し上げに繋がる動きがみられる。早期の経済の立て直しを通じて次期大統領選に向けた弾みを付けたいボルソナロ大統領にとっては望ましい状況にあると判断出来る一方、新型コロナ禍対応を巡る不手際などを理由に足下の政権支持率は過去最低を更新するなど、ボルソナロ大統領にとっては逆風が吹く展開が続いている。他方、次期大統領選を巡っては、最大野党の左派・労働者党が依然として労働者階級からの根強い任期を誇るルラ元大統領を中心に結集する動きを強めており、右派のボルソナロ大統領と左右双方の『ポピュリスト』が争う構図となる可能性が高まっている(注4)。中銀が物価及び通貨の安定を目指して「正攻法」によりタカ派姿勢を強めることは望ましいとみられる一方、物価高と金利高が共存する状況は景気に冷や水を浴びせることが懸念されるなか、ボルソナロ政権がバラ撒き型のポピュリズム的な政策運営を強める可能性も予想される。そうなれば大統領選に向けて左右双方が一段とポピュリズムの様相を強めることで、財政状況の急速な悪化を招くリスクが懸念される。また、ボルソナロ政権の下で同国においても分断の様相が色濃くなるなか、国軍出身のボルソナロ氏に対しては国軍のほか、州政府が管轄し、平時においては治安維持を有事には軍の役割を担う軍警察のなかにはボルソナロ氏の支持者が多いとされるなか、仮にボルソナロ氏が次期大統領選で負ける事態となればこれらの実力組織が主導する形で政治暴動に発展するとの見方もあるなど、民主主義のリスクを意識する向きも出ている。その意味では、今後のブラジル経済を巡っては「政治」という変数の重要性がこれまで以上に増すと予想される。

図 5 製造業・サービス業 PMI の推移
図 5 製造業・サービス業 PMI の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

執筆者の最新レポート

関連記事

関連テーマ

Recommend

おすすめレポート