フィリピン中銀、通貨防衛の切迫感後退でタカ派スタンスも後退

~先行きの利下げに再言及も、需給双方でインフレ要因山積のなかで金利据え置き長期化の可能性も~

西濵 徹

要旨
  • 足下のフィリピン経済は、インフレ一巡による実質購買力の押し上げや底堅い移民送金を追い風に内需をけん引役にした景気底入れが続く。昨年末以降のインフレは中銀目標域内で推移するが、異常気象による食料インフレや国際原油価格の底入れを受けて生活必需品を中心にインフレが再燃している。さらに、先月の国際金融市場は米ドル一強の様相をみせるなかでペソ安が進み輸入インフレが懸念される事態に直面し、中銀のレモロナ総裁は為替安定に向けてあらゆる選択肢を排除しない考えを示した。他方、足下では米ドル高に一服感が出るなど通貨防衛の切迫感が後退しており、中銀は16日の定例会合で5会合連続の金利据え置きを決定した。先行きの政策運営について年内の利下げの可能性に言及するとともに、足下の政策スタンスを以前に比べてややタカ派姿勢が後退しているとの考えを示した。ただし、足下では需給双方でインフレに繋がる材料が山積しており、年内いっぱいは金利を据え置かざるを得ない事態も想定される。

足下のフィリピン経済を巡っては、一昨年以降のインフレ昂進の動きの一巡による実質購買力の押し上げに加え、GDPの1割に相当する移民送金の底堅い流入も追い風に経済成長のけん引役となってきた家計消費をはじめとする内需は堅調に推移しており、景気は底入れの動きが続いている(注1)。ただし、インフレ昂進の動きが一巡したことで昨年末以降のインフレは中銀目標の範囲内で推移するなど一見落ち着いた動きをみせているものの、アジア新興国では異常気象を理由に主食のコメをはじめとする穀物の不作が相次いで供給懸念が高まるなど食料インフレの動きが広がっている。同国は穀物をはじめとする食料を輸入に依存するなか、国際価格の上振れの動きは物価上昇のみならず、輸入拡大を通じて対外収支の悪化を招くなど経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に影響を与える傾向がある。さらに、昨年後半以降の中東情勢の悪化を理由とする国際原油価格の底入れの動きも重なり、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心とするインフレが顕在化しており、家計部門にとってはその影響が色濃く現われやすい状況にある。なお、インフレが目標域内で推移する展開が続いていることを受けて、中銀は4月の定例会合で米FRB(連邦準備制度理事会)による年内の利下げ実施を念頭に将来的な利下げ実施に言及する動きをみせたものの(注2)、その後の国際金融市場においては米国のインフレの粘着度の高さを理由とする『米ドル一強』の様相をみせるなかで多くの新興国通貨に調整圧力が強まり、一部の新興国は通貨防衛を目的に利上げに動くなど難しい対応を迫られる状況に直面した。同国の通貨ペソの対ドル相場も調整の動きを強めるなど輸入インフレが懸念される事態となり、中銀のレモロナ総裁は通貨防衛に向けてあらゆる選択肢を排除しない姿勢を示す一方、政策委員のひとりであるレクト財務相は利下げを否定するなど政策運営を巡って意見が割れる動きが顕在化した(注3)。ペソ安の動きが加速した背景には、同国経済がASEAN(東南アジア諸国連合)内でも外需面で中国経済への依存度が相対的に高いにも拘らず、南シナ海のスカボロー礁の領有権を巡る対立が激化するなど、中国による『経済的威圧』に対する懸念が高まっていることが警戒された可能性もある。足下のペソ相場は米ドル高に一服感が出るなかで底打ちするなど輸入インフレに対する懸念は幾分後退している一方、1-3月のGDP統計を巡っては内需の堅調さに加え、異常気象を理由に農林漁業関連の生産は下振れして供給懸念に繋がる動きがみられるなどインフレ圧力が高まりやすい環境にある状況は変わらない。こうしたなか、中銀は16日の定例会合において政策金利(翌日物リバースレポ金利)を5会合連続で6.50%に据え置いており、ペソ安一服により通貨防衛に対する切迫感が後退していることが影響したとみられる。なお、会合後に公表した声明文では、物価動向について「インフレを巡るリスクは上向きに傾いているが、インフレは目標域の上限近傍に留まる」として、「今年のリスク調整後のインフレ率は+3.8%」と前回会合時点(+4.0%)から下方修正する一方、「来年は+3.7%」と前回会合時点(+3.5%)から上方修正するもいずれも目標域に留まるとした。その上で、「インフレ期待は固定されており、国内生産の成長経路も維持されている」としつつ、先行きの政策運営について「政策スタンスを引き締め姿勢に維持しておく必要があるが、必要に応じて金融政策を調整する用意はできている」とあらためて強調した。また、会合後に記者会見に臨んだ同行のレモロナ総裁は、足下のスタンスについて「以前に比べて幾分タカ派姿勢は後退している」とした上で「7-9月か10-12月に利下げができるかもしれない」としつつ、「預金準備率の引き下げは金融緩和の開始時点で議題に上り、8月までには可能性が出てくる」と述べるなどタカ派姿勢を後退させている様子がうかがえる。ただし、上述したように足下は需給双方でインフレに繋がる材料が山積していることを勘案すれば、中銀のインフレ見通しはやや楽観に傾いていると判断できるほか、年内いっぱいは政策金利を据え置かざるを得ない事態も充分に想定される。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

図2 ペソ相場(対ドル)の推移
図2 ペソ相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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