ルラ大統領の「バラ撒き志向」は再びブラジル経済の懸念材料に

~歳出が歳入を上回るペースで拡大し、財政赤字解消の政策目標のハードルは高まる展開が続く~

西濵 徹

要旨
  • ブラジルを巡っては、アダジ財務相が主導する財政健全化策に加え、税制改革も重なり主要格付機関が格上げを実施するなど評価する動きがみられる。実体経済は一進一退の様相をみせる展開が続く一方、金融市場ではインフレ鈍化による実質金利のプラス幅拡大など投資妙味の向上を追い風にレアル相場や主要株式指数は堅調な推移をみせる。ただし、ルラ政権はバラ撒き政策を志向するなかで財政状況は再び悪化する動きが顕在化するなか、ルラ大統領は22日に税制優遇や補助金、低利融資を通じた国内産業支援策を公表するなど一段のバラ撒きに走る兆しをみせる。ルラ氏がかつて政権を担った2000年代半ばは外部環境が経済成長を押し上げ、結果的に財政状況は好転したものの、足下は状況が大きくことなるなかで財政状況が経済の足かせとなることが懸念される。財政運営の動向を注視する必要性は高いと言える。

ブラジルを巡っては、ルラ政権で経済財政運営を担うアダジ財務相が主導する形で財政健全化に向けて財政規則法の策定に動くなどの取り組みが進んでいるほか、先月には30年近くに亘って審議されてきた税制改革が前進する動きが確認されるなか、主要格付機関であるS&P(スタンダード・アンド・プアーズ)が外貨建長期信用格付を1ノッチ引き上げる(BBマイナス→BB)など評価する動きがみられる(注1)。他方、ここ数年の同国においては歴史的大干ばつが直撃して火力発電の稼働を余儀なくされる展開が続いたことに加え、商品高と国際金融市場における米ドル高の動きも重なり、インフレが大きく上振れしたことを受けて、中銀は物価と為替の安定を目的に断続、且つ大幅利上げを余儀なくされる事態に直面した。結果、物価高と金利高の共存が長期化して経済成長のけん引役となってきた家計消費をはじめとする内需の足かせとなる展開が続いたほか、近年経済的な結び付きを強める中国景気の減速懸念の高まりが外需の重石となるなど、景気は一進一退の様相をみせる展開が続いている。しかし、一昨年半ばにかけて加速の動きを強めたインフレは商品高や米ドル高の動きが一巡したことでその後は一転して頭打ちの動きを強めており、中銀は昨年8月に3年ぶりの利下げに動くとともに、その後も断続利下げに動くなど景気下支えに向けた取り組みを進めている(注2)。こうしたなか、金融市場においてはインフレ鈍化を受けて実質金利(政策金利-インフレ率)が大幅なプラスとなるなど投資妙味が向上していることに加え、上述した主要格付機関による格上げ実施など評価する向きが強まっていることも追い風に、通貨レアル相場は米ドル高の動きに一服感が出ていることも追い風に堅調な推移をみせるとともに、昨年末に主要株式指数(ボベスパ指数)は最高値を更新する動きもみられた。このように金融市場を取り巻く環境は改善している様子がうかがえるものの、依然として同国経済を巡る不透明感が完全に払しょくされている訳ではないことに留意する必要がある。というのも、ルラ大統領は低所得者を対象とする給付政策をはじめとする『バラ撒き』姿勢の強い政権公約を掲げており、政権発足以降の歳出は歳入を上回るペースで拡大し、ボルソナロ前政権の下で一昨年のプライマリー収支は黒字に転じるなど財政状況が改善する動きがみられたものの、昨年は再び赤字に転じている。さらに、ルラ政権を支える最大与党の労働者党(PT)は議会内で少数派に留まるなか、ルラ政権は議会が承認した企業や自治体に対する課税軽減措置に拒否権を行使したものの、議会が拒否権を覆す決定を行うなど歳入減少に繋がる動きもみられる。こうしたなか、22日にルラ大統領は向こう10年間を対象に税制優遇や補助金、低利融資を通じて国内産業を支援する『再産業化計画』を公表し、その実現に向けて政府系金融機関であるBNDES(国立経済社会開発銀行)を中心に総額3000億レアル(GDP比2.8%)を拠出する計画を示している。ルラ政権による財政運営を巡っては、連邦政府が保留していた連邦債務の支払いの実施やPAC(成長加速プログラム)向け予算削減幅の縮小など経済の押し上げに資する動きはみられるものの、2000年代半ばにルラ氏が政権を担っていた頃と異なり、外部環境が経済成長を促すことが期待しにくいなかでは歳入拡大は見通しにくく財政状況が経済の足かせとなることが懸念される。足下のインフレは落ち着いた推移をみせているものの、エルニーニョ現象など異常気象による食料インフレの懸念がくすぶる上、先行きは昨年に鈍化した反動で加速しやすい状況にあるなど中銀の政策運営は困難の度合いが増すことも考えられる。よって、ブラジルの行方については引き続きルラ大統領が志向する財政運営の動向次第の展開が続くと見込まれるなど、その動きを注視する必要があろう。

図表1
図表1

図表2
図表2

図表3
図表3

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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