ロシア大統領選はプーチン氏が「圧勝」、ウクライナ情勢は一層長期化が不可避

~「永世大統領」に向けて一歩前進、特異性が強まる展開は不可逆的に進んでいくであろう~

西濵 徹

要旨
  • ロシアでは今月15~17日の日程で大統領選が実施された。2020年の憲法改正によりプーチン氏が出馬可能となる一方、ウクライナ侵攻を巡って国内では反発の動きがみられた。ただし、大統領選にプーチン路線に反対する候補は立候補出来ず事実上の無風選挙となり、プーチン氏が如何に圧勝するかが注目された。投票率は2018年の前回大統領選を上回り、プーチン氏の得票率は9割弱となる圧勝を果たした模様である。これによりプーチン氏にとっては事実上の永世大統領となる道が一段と拓けたと捉えられる。
  • ウクライナ侵攻を受けた欧米などの制裁により景気は一時的に下振れしたが、その後は中国などが「抜け穴」となる形で景気は底入れを果たしている。他方、昨年半ば以降のインフレは上振れしており、中銀は戦時中にも拘らず断続利上げを余儀なくされる難しい対応を迫られる。昨年末にかけて景気底入れの動きは一服しており、中銀は景気に配慮せざるを得ない上、公的部門をけん引役にした展開が続くことは不可避と見込まれる。他方、原油価格は欧米などの制裁価格を上回るなど継戦能力は維持されるなか、プーチン氏の圧勝によりウクライナ侵攻を止める誘因も乏しくなり、一段と長期化することは避けられないであろう。

ロシアでは、今月15~17日の3日間の日程で大統領選挙が実施された。現職のプーチン大統領は2000年の大統領選で初当選するとともに、2004年の大統領選で再選されて連続2期8年に亘って大統領職を務めるも、憲法規定により大統領任期は連続2期までとされるなか、2008年の大統領選では腹心のメドベージェフ氏に大統領職を譲る一方で自身は首相を務めることで事実上権力を掌握した。さらに、2012年の大統領選で再び大統領に返り咲きを果たすとともに、2018年の大統領選でも再選を果たしたことにより、大統領職を連続2期務めてきた。なお、2020年の憲法改正でも大統領任期は連続2期までと規定される一方、憲法改正前の任期は「リセット」される旨の立候補制限に関する解除規定が盛り込まれたため、プーチン氏は今回の大統領選に出馬することが可能となった(注1)。さらに、ロシア国内においては一昨年以降のウクライナ侵攻を機にプーチン氏への『個人崇拝』とも採れる動きが広がりをみせる一方、プーチン路線に対する反対の声に対しては様々な形で『弾圧』される動きが散見されてきた。なお、大統領選にはプーチン氏をはじめとする多数の候補者が選挙管理委員会に立候補を届け出たものの、プーチン体制への反対を表明する候補はいずれも書類不備などを理由に立候補を却下される事態となった。さらに、その後も一旦は立候補するも撤退を表明する候補が相次いだこともあり、最終的にはプーチン氏を含めた計4人が立候補者となったものの、プーチン氏を脅かす候補のいない事実上の『無風選挙』状態となった。その上、先月にはプーチン政権を批判してきた反政府活動家のナワリヌイ氏が収監先の刑務所において死亡したほか、今月にも同氏の側近を長年務めたボルコフ氏が亡命先のリトアニアで襲撃を受けるなど、大統領選が近付くなかで反体制派に対する圧力が一段と強まる動きもみられた。結果、今回の大統領選についてはプーチン氏が勝利を果たすことは既定路線となる一方、ウクライナ侵攻への正当性を示す観点では如何にプーチン氏は高い得票率で『圧勝』を果たすことが出来るか否かに注目が集まった。そして、今回の大統領選は2014年にロシアが併合したクリミアのほか、2022年以降に一方的に併合したウクライナ東・南部のドンバス地方4州においても実施されており、ロシアによる実効支配を既成事実化することも目的となった。なお、投票に際しては一部で投票妨害が行われるなど政権に対する反発が表面化する動きもみられたが、抗議運動を行った多数が拘束された模様である。しかし、選挙管理委員会の公表資料に基づけば、今回の大統領選の投票率は74.22%と2018年の前回大統領選時点(67.50%)を上回るとともに、暫定集計結果ベースでプーチン氏は9割弱という圧倒的な得票率で5選を果たした模様である。プーチン氏の得票数は7000万票を上回り、2018年の前回大統領選において自身が記録した史上最高得票(5643万票)をも上回っている模様であり、プーチン路線が国民の圧倒的な支持を受けているというシナリオに沿う内容となった。よって、プーチン氏が2030年の次回大統領選に出馬して当選を果たした上、任期を全うすれば最長でプーチン氏は2036年(83歳)まで大統領職を続けることが出来るなど、事実上の『永世大統領』への階段を一段上った格好である。他方、ウクライナ侵攻を巡る状況は見通しが立たず、欧米などとの対立が激化するなかで中国などとの関係深化により世界的な分断の動きが広がるなか、今後は欧米などによる経済制裁の下で経済を如何に立て直すかがプーチン政権にとっての課題となると見込まれる。

なお、ウクライナ侵攻を理由に欧米などはロシアに対する経済制裁に動いたことを受けて、同国経済は一時的に大きく下振れする事態に見舞われた。さらに、その後も事態が長期化していることを受けて欧米などは経済制裁を段階的に強化するなど、実体経済に悪影響が出ることが懸念された。しかし、中国やインドなどがロシア産原油や肥料などの輸入を拡大させるとともに、中国やトルコ、中央アジア諸国などを通じた迂回貿易や並行貿易などを拡大させるなど、欧米などの経済制裁の『抜け穴』となる動きが広がるなかでその後は影響を克服している様子がうかがえる。また、ウクライナ侵攻による軍事費増大のほか、ウクライナ侵攻が長期化するなかで国民の間に不満が増大することを警戒して政府は社会保障関連支出を増大させるなど、公的部門が景気をけん引する動きがみられた。事実、欧米などの経済制裁の影響により一昨年の経済成長率は▲1.2%とマイナス成長に陥るもマイナス幅は小幅に抑えられたほか、昨年の経済成長率は+3.6%とプラスに転じるとともに、実質GDPの規模も欧米などの制裁前の水準を一時回復するなど克服する動きが確認された。他方、昨年は前年にインフレが大きく上振れした反動で落ち着きを取り戻すなど景気回復を促す一助になったとみられるものの、昨年後半以降のインフレは一転して底入れの動きを強めて中銀目標を上回る推移が続いている。さらに、ロシア経済が中国経済への連動性を強める流れと歩調を併せるように、通貨ルーブル相場は人民元相場との連動性を強めており、昨年は人民元が米ドルに対して調整の動きを強めるなかでルーブル安も進行して輸入インフレ圧力が強まる動きも見られた。結果、中銀は昨年7月以降に物価と為替の安定を目的とする断続利上げに動くなど、戦時中にも拘らず金融引き締めに追い込まれる難しい対応を迫られている。こうしたことから、底入れの動きを強めてきた景気は昨年末にかけてそうした動きに一服感が出ている様子がうかがえるほか、インフレ昂進にも拘らず中銀は先月の定例会合で6会合ぶりに利上げ局面を休止させるなど景気に配慮せざるを得ない難しい対応を迫られている(注2)他方、政府は今年度予算において大統領選を見据える形で軍事費のほか、社会保障関連支出を大幅に増大させる『大盤振る舞い』に動く姿勢をみせており(注3)、こうした動きはプーチン政権が「特別軍事作戦」と称するウクライナ侵攻を後押しする内容となっている。さらに、足下のロシア産原油の価格は中東情勢を巡る不透明感の高まりに加え、ロシア自身が追加的な自主減産に動く方針を示していることも重なり(注4)、欧米などが経済制裁により設定した上限価格(1バレル=60ドル)を上回る推移が続いており、結果的に継戦能力の向上に繋がっているとみられる。上述のように大統領選においてプーチン氏が圧勝を果たしたことにより、ロシアにとってはウクライナ侵攻を巡る動きを止める誘因は大きく後退しており、事態の一段の長期化は避けられなくなっていると捉えられる。

図1 インフレ率の推移
図1 インフレ率の推移

図2 ロシア産原油価格の推移
図2 ロシア産原油価格の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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