足下の中国景気は内需の弱さを外需が支える展開が続く

~過剰生産設備や価格下落の問題に加え、欧米との関係や世界の分断の動きの影響には注意が必要~

西濵 徹

要旨
  • このところの世界経済はけん引役である中国経済の不透明感が足かせとなってきたが、足下では供給サイドをけん引役にした景気底入れの動きが下支えしている。こうした動きに呼応して世界貿易や企業マインドは底打ちしているが、中国景気は外需依存の様相を強める一方、中国によるデフレの輸出が世界経済の波乱要因となる懸念は残る。習近平氏は訪欧による関係繋ぎ止めを図っているが、欧州内に温度差がある上、米国が強硬姿勢を強めていることを勘案すれば、世界経済の分断の動きは不可逆的に進むであろう。
  • 中国経済が外需への依存度を強めるなか、4月の輸出額は前年比+1.5%と前年を上回る伸びに転じている。過剰生産能力が指摘される自動車などで輸出額が大きく拡大しているほか、鉄鋼製品や石油精製品などの輸出量も拡大するなどデフレの輸出が深刻化する可能性を孕んでいる。一方の輸入額も前年比+8.4%と前年を上回る伸びに転じており、輸出の堅調さや習近平指導部による内需喚起策が影響している可能性がある。ただし、原材料などの在庫積み上げの動きが輸入額を押し上げる動きもみられるなど、内需の行方は不透明であり、中国向け輸出に依存する国々にはその反動が出る可能性に注意が必要である。
  • 中国と欧米との関係が見通せないなか、中国は新興国への接近を強めると見込まれる。しかし、新興国経済は中国経済との連動性が高く、中国の内需回復の遅れは翻って外需を通じて景気の足を引っ張る懸念はくすぶる。世界の分断や欧米との関係が世界貿易、世界経済に与える影響に注意を払う必要性は高い。

このところの世界経済を巡っては、けん引役となってきた中国経済を巡る不透明感の高まりが足かせとなる展開が続いているが、1-3月の実質GDP成長率は前年同期比+5.3%と前期(同+5.2%)から伸びが加速するとともに、前期比年率ベースでは+6.6%と試算されるなど(注1)、一見すれば世界経済を下支えすることが期待される動きをみせている。しかし、ここ数年の米中摩擦のほか、コロナ禍やウクライナ戦争を機に政治的に世界の分断が意識されるなかでデリスキング(リスク低減)を目的とするサプライチェーン見直しの動きが活発化するなど、経済面でも分断に繋がる動きが広がりをみせている。結果、コロナ禍以降の世界経済は欧米など主要国をけん引役にした回復の動きをみせているものの、企業マインドを巡ってはサービス業で比較的好調な推移をみせる一方、対照的に世界経済の分断による世界貿易の萎縮の動きが足かせとなる形で製造業のマインドは力強さを欠く展開が続いてきた。ただし、上述のように中国経済が底入れの動きをみせていることも追い風に、低調な推移をみせた世界貿易は底打ちしているほか、製造業の企業マインドもそうした動きに呼応するように底入れするなど幅広く改善している。なお、中国による景気底入れの動きは生産活動など供給サイドがけん引役となる一方、家計消費や民間企業を中心とする設備投資需要など内需は力強さを欠く推移が続いており、公的需要と外需が需要サイドを下支えしている様子がうかがえる。この背景には、依然として中国国内は供給過剰状態が続くなかで政府の経済成長率目標(5%前後)達成に向けて生産拡大の動きが活発化する一方、不動産市況の低迷による資産デフレや若年層を中心とする雇用回復の遅れが家計消費の足かせとなるなか、外需に依存せざるを得ない状況にあると捉えられる。こうした動きを巡っては、廉価な中国製品の過剰供給という『デフレの輸出』が世界的な需給バランスの悪化を招くとともに世界経済の波乱要因となるリスクを孕むなか、欧米などは中国製EV(電気自動車)に対して批判を強めている。こうしたなか、中国の習近平国家主席は5年ぶりにフランスを皮切りに、セルビア、ハンガリーという欧州諸国を歴訪して関係の繋ぎ止めをアピールする動きをみせているが、欧州諸国のなかにも『温度差』がみられる上、大統領選を控えて米国の対中強硬姿勢は一段と強まると見込まれ、世界経済の分断の動きは不可逆的に進行すると予想される。よって、先行きの中国の外需を巡っては、中国と関係が良好な国や地域、とりわけ『グローバルサウス』と称される新興国向けが広がるとともに、そのことが世界経済の分断の様相を色濃くする可能性に留意する必要があろう。

図 1 業種別グローバル PMI の推移
図 1 業種別グローバル PMI の推移

上述したように、足下の中国景気は供給サイドがけん引役となるなか、需要サイドでは外需がその一翼を担う展開が続いているが、4月の輸出額は前年同月比+1.5%と前月(同▲7.5%)から2ヶ月ぶりに前年を上回る伸びに転じるなど底入れの動きが続いている様子がうかがえる。なお、当研究所が試算した季節調整値に基づく4月の輸出額は前月比で6ヶ月ぶりの減少に転じるなど底入れしてきた流れに一服感が出ているものの、減少幅は小幅に留まるとともに、中期的な基調は拡大傾向で推移するなど堅調な推移が続いている。財別では、上述のように欧米などが過剰生産能力に関連して批判を強める自動車(前年比+28.8%)が大きく上振れしているほか、船舶(同+91.3%)、家電製品(同+10.9%)などの輸出額が軒並み前年を上回る伸びをみせるなど輸出全体を下支えしている様子がうかがえる。また、過剰供給による価格下落が影響する形で輸出額に下押し圧力が掛かる動きがみられるものの、数量ベースでは鉄鋼製品(前年比+16.3%)やアルミニウム(同+12.6%)、石油精製品(同+21.5%)など長年に亘って過剰生産能力が指摘されてきた分野で輸出量が大きく上振れする動きが確認されており、中国国内における需要回復が遅れるなかで輸出拡大の動きが強まっているものと捉えられる。国・地域別では、米国向け(前年比▲2.8%)やEU向け(同▲3.6%)、日本向け(同▲10.9%)など先進国向けは軒並み下振れしている一方、ASEAN向け(同+8.1%)などアジア新興国向けの堅調さが輸出全体を下支えしており、なかでもインドネシア向け(同+16.9%)やベトナム向け(同+16.6%)、シンガポール向け(同+15.9%)で旺盛な動きが確認されている。アジア新興国向け輸出の堅調さの背景には、米中摩擦などの影響を回避すべく中国企業の間で距離的に近いアジア新興国での投資を活発化させる動きが広がるなか、これらの国々向けの原材料や資材関連の輸出が拡大していることが影響しているとみられる。その意味では、先行きの輸出については足下の堅調さが続くかは見通しが立ちにくく、仮に欧米などが中国に対する強硬姿勢を強めるとともに、その対象を中国企業が投資する第三国に広げる動きをみせれば、状況が一変する可能性を孕んでいると捉えられる。

図 2 輸出額(季節調整値)の推移
図 2 輸出額(季節調整値)の推移

一方で中国国内の需要の弱さが輸入の足を引っ張る展開が続いてきたものの、4月の輸入額は前年同月比+8.4%と前月(同▲1.9%)から3ヶ月ぶりに前年を上回る伸びに転じるなど、輸出同様に底打ちしている様子がうかがえる。前月比も2ヶ月ぶりの拡大に転じるなど一進一退の動きをみせるも中期的な基調は拡大傾向で推移するなど底入れの動きが続いており、輸出の堅調さが原材料や素材などの需要を下支えしているほか、昨年末以降の原油をはじめとする国際商品市況の底入れの動きも輸入額を押し上げているとみられる。また、年明け以降の習近平指導部は内需喚起を目的とする『買い替え促進策』を打ち出すなどの動きをみせており、一部にそうした効果が発現しつつあることも影響しているとみられる。財別では、コンピュータ関連(前年比+47.1%)が大きく上振れする動きがみられるほか、生産活動の拡大の動きを反映して自動車部品(同+19.9%)や集積回路(同+15.8%)、電子部品関連(同+11.5%)の輸入額は軒並み底入れの動きを強めており、足下の生産活動の活発な動きや輸出の堅調さが輸入を押し上げている様子がうかがえる。また、輸入量ベースでは鉄鉱石(前年比+12.6%)や銅鉱石(同+11.7%)、原油(同+5.5%)など同国内における精製や精錬などの過剰生産能力を抱える分野で原材料需要が軒並み底入れする動きが確認されるなど、先行きの生産拡大を見越した在庫確保に動いている可能性も考えられる。さらに、ここ数年の中国では異常気象による酷暑に見舞われる展開をみせており、夏場の冷房需要の拡大を見越して石油精製品(前年比+29.5%)や石炭(同+11.3%)などの輸入量も底入れの動きを強めるなど在庫を積み上げている様子もうかがえる。ただし、内需喚起を目的とする買い替え促進策については過去にも同様の施策が行われた結果、需要の先喰いを通じて一巡した後の需要下振れを招いたほか、その後も需要下支えに向けた『カンフル剤』漬け状態が続いたことを勘案すれば、持続可能な施策とは考えにくい。その意味では、中国向け輸出の割合が高いアジアをはじめとする新興国や資源国にとっては一時的に景気を押し上げることが期待されるものの、その後はその反動に留意する必要がある。

図 3 輸入額(季節調整値)の推移
図 3 輸入額(季節調整値)の推移

当面の中国景気は内需の弱さを外需が下支えしているものの、欧米との関係改善が見通しにくいなかで中国は新興国向け輸出の拡大を目指すと考えられるものの、多くの新興国経済は中国経済との連動性が高いことを勘案すれば、中国の内需回復の遅れは新興国景気の足かせとなり、翻って中国の外需の重石となることは避けられない。世界経済の分断の動きや中国と欧米との関係の行方、こうした動きが世界貿易や世界経済そのものに与える影響にこれまで以上に注意を払う必要性は高まっている。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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