中国のデフレ脱却の道のりは依然見通せない状況が続く

~供給過剰懸念、雇用回復の遅れも重なり、世界経済を揺さぶる展開が続くことは避けられない~

西濵 徹

要旨
  • 足下の中国経済は供給サイドをけん引役に景気の底入れが続く一方、内需は力強さを欠くなかで外需が需要を下支えする展開をみせる。当局は内需喚起に向けて買い替え促進などに動いており、自動車販売などが下支えされる動きはみられる。他方、供給過剰が続くなかで外需が上振れする動きもみられるなど世界経済をかく乱する可能性はくすぶる。共産党は7月に3中全会を開催する方針を明らかにしたが、習近平指導部が主導する「中国式現代化」の推進に向けて中国の特異性が一層強まる展開となる可能性がある。
  • 政策支援による内需下支えの動きがみられるなか、4月のインフレ率は前年比+0.3%、コアインフレ率も同+0.7%とともに伸びがわずかに加速している。生活必需品を巡る物価の動きはまちまちながら、財、サービス双方で上昇圧力が掛かりにくい状況が続いている。さらに、今年は大卒者数が過去最高を更新するなかで雇用不安がくすぶるなどディスインフレ基調の転換に繋がるかは不透明である。川上の物価に当たる生産者物価は商品市況の低迷が重石となる形で下振れしており、川下の消費者段階にかけて物価上昇圧力が高まりにくい様子がうかがえる。よって、財物価はディスインフレ基調が一段と強まる可能性を示唆する。
  • 当局による様々な政策支援にも拘らず、金融市場では資金流出圧力がくすぶるなかでマネーサプライの伸びは鈍化するなど資金需給が引き締まっている。金融市場では金融緩和観測が高まろうが、人民元安を警戒して政策の手足が事実上縛られるなかではそうした思惑が進むかは見通しが立たない。3中全会を経ても中国経済を巡る不透明感の解消に繋がるかは見通せず、世界経済を揺さぶる展開が続くと予想される。

足下の中国経済を巡っては、供給サイドをけん引役に景気底入れに向けた動きが顕在化する一方、若年層を中心とする雇用回復の遅れや不動産市況の低迷などが重石となる形で家計消費をはじめとする内需は力強さを欠いており、外需が需要を下支えする展開が続いている(注1)。3月に開催した全人代(第14期全国人民代表大会第2回全体会議)で当局は、内需喚起を目的に買い替えを促進する方針を打ち出すとともに、その後も中銀(中国人民銀行)がこの方針に沿う形で内需拡大と信用拡大に努める方針を謳うなど政策対応を強化する構えをみせている(注2)。こうした動きを反映して、自動車の下取り促進や自動車ローンに関する規制緩和の動きが広がりをみせているほか、電気自動車(EV)に対する減税などの政策支援も追い風に4月の自動車販売台数は前年同月比+9.3%、なかでもEVなど新エネルギー車は同+33.5%と高い伸びをみせるなど、需要を下支えする動きが確認されている。ただし、足下の自動車販売台数の水準は過去の拡大ペースと比較して緩やかなものに留まる一方、中国国内では政策支援期待も追い風に他分野からEV生産への参入の動きが活発化しており、過剰生産による供給過多が世界経済に混乱を招くことが懸念されている。事実、昨年は中国が世界最大の自動車輸出国となるとともに、4月の自動車輸出額は前年同月比+28.8%と大きく上振れする展開が続いており、上述したように内需の回復が遅れるなかで外需が需要サイドをけん引する動きが確認されている。共産党は一昨年の党大会(中国共産党第20回全国代表大会)を経て習近平指導部の下で3期目となる第20期入りを果たすも、経済運営の方針について討議する3中全会(第20期中央委員会第3回全体会議)の開催を先送りする展開が続くなど、その行方に注目が集まってきた。こうしたなか、共産党は先月末に3中全会を7月に開催する方針を明らかにしており、内需拡大や低迷が続く不動産市場への対応を巡って何らかの方向性が示されるとの見方が高まっている。ただし、ここ数年の当局による施策を巡っては「中国式現代化」とする習近平指導部の下で共産党が中心となる形で欧米などと異なる経路で現代化を図る方針を掲げており、今後はそうした色合いが一段と強まることに留意する必要がある。

図1 乗用車販売台数(季節調整値)の推移
図1 乗用車販売台数(季節調整値)の推移

なお、上述のように足下の内需は政策支援により下支えされる動きがみられるなか、4月の消費者物価は前年同月比+0.3%と前月(同+0.1%)から伸びが加速しており、前月比も+0.1%と前月(同▲1.0%)から2ヶ月ぶりの上昇に転じるなど、一見するとディスインフレ基調が続いた流れに変化の兆しが出ているようにみえる。種類別では豚肉(前月比▲1.3%)や牛肉(同▲2.7%)のほか、野菜(同▲3.7%)、卵(同▲2.0%)、果物(同▲2.0%)、魚介類(同▲0.5%)といった生鮮品を中心とする食料品価格に軒並み下押し圧力が掛かる動きがみられる一方、昨年末以降の国際原油価格の底入れの動きを反映してガソリン(同+2.9%)などエネルギー価格に上昇圧力が掛かるなど、生活必需品を巡る物価の動きはまちまちの様相をみせている。なお、食料品とエネルギーを除いたコアインフレ率は前年同月比+0.7%と前月(同+0.6%)からわずかに加速しており、前月比も+0.2%と前月(同▲0.6%)から2ヶ月ぶりの上昇に転じるなど、インフレ率同様に底入れの動きが強まっている様子がうかがえる。なお、これは清明節の連休による余暇需要の高まりを反映して観光(前月比+2.7%)やその他サービス(同+2.0%)といった一部のサービス物価に押し上げ圧力が掛かっていることが影響しており、季節要因が影響を与えていることに留意する必要がある。前年の清明節は連休ではなかったものの、メーデー(5月1日)の前後の連休(労働節)のスケジュールが4月末に被った影響で観光関連の物価が大きく上振れしたことを勘案すれば(前月比+4.6%)、今年は日程のズレを勘案する必要はあるものの、サービス物価の押し上げ度合いは緩やかなものに留まっていると捉えられる。さらに、不動産価格の低迷を反映して家賃(前月比▲0.1%)に下押し圧力が掛かるなど資産デフレ圧力が掛かりやすい動きが確認されているほか、足下の企業マインドは製造業、サービス業問わず幅広い分野で雇用調整圧力が掛かりやすい動きが続いており、若年層を中心とする雇用回復の遅れが物価の重石となりやすい状況は変わらない。今年の大卒者数(含、専門学校)は1,179万人と昨年(1,158万人)から拡大して過去最高を更新するなか、ここ数年は『モラトリアム』として大学院への進学者数が増える傾向がみられるものの、若年層を取り巻く雇用環境は一段と厳しくなることは避けられない。その意味では、ディスインフレからの脱却の道のりは容易でないと捉えられる。

図2 インフレ率の推移
図2 インフレ率の推移

ディスインフレからの脱却の難しさは、川上の段階に当たる生産者物価に引き続き下押し圧力が掛かる展開が続いており、4月の購買価格は前年同月比▲3.0%と前月(同▲3.5%)からマイナス幅は縮小するも前年を下回る推移が続いているほか、前月比は▲0.3%と6ヶ月連続で下落している上、前月(同▲0.1%)から下落幅が拡大するなど下押し圧力が強まっている。中東情勢を巡る不透明感の高まりを反映して国際原油価格は底入れする一方、中国経済の減速懸念などが重石となる形で石炭をはじめとする国際価格は上値の重い展開が続いていることを受けて燃料関連の価格が下振れしているほか、非鉄金属など原材料関連の価格も同様に下振れしていることが影響している。さらに、不動産需要の低迷を反映して建築資材関連の価格も下振れしている上、幅広く原材料や素材・部材など中間財関連の価格にも下押し圧力が掛かる様子がうかがえるなど、物価上昇圧力が掛かりにくい状況にあると捉えられる。こうした動きを反映して、出荷価格も前年同月比▲2.5%と前月(同▲2.8%)からマイナス幅は縮小するも前年を下回る水準で推移しているほか、前月比も▲0.2%と6ヶ月連続で下落している上、前月(同▲0.1%)からマイナス幅も拡大するなど、川上から川中、川下の段階にかけて物価に下押し圧力が掛かっている様子がうかがえる。原材料関連で価格に下押し圧力が掛かっていることを反映して加工品など中間財関連の物価も下振れする展開が続いている上、消費財関連の物価も下振れするとともに、なかでも需要の弱さが重石となる形で耐久消費財の物価が下振れするなど消費者段階にかけて物価上昇圧力が高まりにくい状況にあると捉えられる。若年層を中心とする雇用回復が遅れるなかで家計部門は節約志向を強めており、企業部門にとっては価格転嫁が難しい状況にあるものの、商品市況の上値が抑えられていることを反映して商品価格に下押し圧力が掛かる展開が続いていることを勘案すれば、先行きもディスインフレ基調が一段と強まる可能性はくすぶる。

図3 生産者物価の推移
図3 生産者物価の推移

なお、上述のように政策支援による景気下支えに向けた動きが広がりをみせているものの、部分的に中銀は金融緩和の動きを強める一方、資金流出圧力がくすぶるなかでマネーサプライ(M2)の伸びは頭打ちの動きを強めており、当局による『号令』にも拘らず昨年来の金融市場における資金需給は事実上タイト化しており、足下では引き締まりの度合いが一段と強まっている様子がうかがえる。こうした状況を勘案すれば、金融市場においては中銀が一段の金融緩和に動くとの観測が強まることが予想される。しかし、国際金融市場では米国におけるインフレの粘着度の高さが意識され、米FRB(連邦準備制度理事会)の政策運営に対する見方が変化するなかで米ドル高圧力がくすぶる。そうしたなか、仮に中銀が金融緩和に舵を切れば金融政策の方向性の違いを理由に資金流出の動きが加速して人民元相場に下押し圧力が掛かる懸念が高まる。人民元安を理由に昨年は米ドル建で換算したGDPが29年ぶりの減少に転じるなど、世界経済における中国経済の存在感の低下を招いたため、習近平指導部が進める中国式現代化の阻害要因となる人民元安を警戒して当局は金融緩和に踏み出すことができない状況にあると考えられるなか、先行きも政策運営の手足が事実上縛られた状況が続く可能性は高いと見込まれる。その意味では、7月に開催される3中全会を経ても中国経済を取り巻く環境が劇的に変化するとは見通しにくく、世界経済はその動向に揺さぶられる展開が続くことは避けられないと予想される。

図4 クレジットインパルス(M2の前年差/GDP)の推移
図4 クレジットインパルス(M2の前年差/GDP)の推移

図5 人民元相場(対ドル)の推移
図5 人民元相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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