マレーシア中銀は「外部環境頼み」の難しい対応を迫られる展開

~リンギ安圧力がくすぶるなかで為替介入強化を示唆も、外貨準備は潤沢とはいえない状況にある~

西濵 徹

要旨
  • マレーシア中銀は9日の定例会合で政策金利を6会合連続で3.00%に据え置いた。足下のインフレ率は商品高や米ドル高一巡による鈍化を受けて一見落ち着きを取り戻している。ただし、異常気象による食料インフレや原油相場の底入れによるエネルギー価格の上昇など、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。さらに、国際金融市場での米ドル高再燃を受けてリンギ相場は度々調整するなど資金流出圧力に晒される展開が続いている。アジアでは通貨防衛を目的とする利上げや為替介入の動きがみられるが、同国は足下の景気が一進一退の動きをみせるなかで利上げに及び腰とならざるを得ない。中銀は3月の前回会合で実質的な為替介入に言及しており、今回も同様の姿勢を維持した。同国の外貨準備は国際金融市場の動揺への耐性が乏しく、為替介入は外貨準備の減少を招くなど耐性を一段と低下させる懸念もくすぶるなか、外部環境頼みの状況となるなど自律的な政策判断を行うことは難しい展開が続こう。

マレーシア中銀は、9日に開催した定例会合で政策金利を6会合連続で3.00%に据え置く決定を行った。同行を巡っては、ここ数年の商品高や米ドル高などを受けたインフレ昂進に対応して物価と為替の安定を目的とする累計125bpの利上げを実施したものの、一昨年末以降の商品高や米ドル一服によるインフレ鈍化を受けて金利を据え置く姿勢をみせている。足下のインフレは過去数年に比べて低水準で推移するなど落ち着いた動きをみせる一方、異常気象による供給不足を理由とする食料インフレに加え、中東情勢を巡る不透明感の高まりを受けた国際原油価格の底入れによりエネルギー価格にも上昇圧力が掛かるなど、生活必需品を中心にインフレ圧力が強まる動きがみられる。なお、同国の外貨準備高はIMF(国際通貨危機)が国際金融市場の動揺への耐性を有無の基準として示すARA(適正水準評価)に照らして「適正水準(100~150%)」に満たないと試算されるなど耐性が乏しいとみられるなか、年明け以降の米ドル高の再燃に際して通貨リンギ相場はアジア通貨危機以降の安値を付けるなど資金流出圧力に晒された(注1)。その後のリンギ相場は米ドル相場の動向に沿う形で一進一退の動きをみせるも、基調としてはリンギ安圧力が掛かりやすい展開が続いており、輸入インフレ圧力が強まる懸念がくすぶる状況は変わらない。こうした事態を受けて、中銀はアブドゥル・ラシード総裁名で声明を発表し、足下のリンギ相場が経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)を反映せず過小評価されているほか、政府や企業、投資家などに対して資金流入に向けた対話強化に取り組む方針を示すなど難しい対応を迫られている(注2)。なお、アジア新興国のなかではインドネシア中銀が通貨防衛を目的とする利上げを実施したほか(注3)、それ以外の国々も為替介入による『時間稼ぎ』に動く流れもみられる。ただし、同国経済を巡っては1-3月の実質GDP成長率(速報値)は前年同期比+3.9%と前期(同+3.0%)から伸びが加速するも、実質GDP(季節調整値)の水準は昨年7-9月を下回ると試算されるなど勢いを取り戻すことができない状況が続いているとみられ、中銀は景気に冷や水を浴びせる利上げに及び腰とならざるを得ない状況にある。結果、中銀は3月の定例会合において政府系企業(GLC)や政府系投資会社(GLIC)を実働部隊とする実質的な為替介入を仄めかす考えを示すなど『口先介入』を示唆する動きをみせた。こうしたなか、今回の定例会合においても政策金利を据え置くとともに、会合後に公表した声明文ではリンギ相場について引き続き「経済のファンダメンタルズや成長率見通しを反映していない」として、足下の状況は「主要国の金融政策に対する見通しや地政学リスクという外的要因が影響しているもの」とした上で、「政府と中銀は政府系企業(GLC)や政府系投資会社(GLIC)と協働して対応を強化している」として為替介入を強化していることを仄めかしている。その上で、政策運営を巡って「足下の金利水準は引き続き景気を下支えするとともに、物価と景気見通しと整合的である」、「足下の動向を警戒しつつ物価安定と持続可能な経済成長を目指す」との従来からの考えを示すなど、今後も様子見姿勢を維持することで外部環境が変わるのを待つ時間稼ぎを継続すると予想される。ただし、上述のようにARAは適正水準を下回る規模に留まるとともに、為替介入を通じた外貨準備の減少により国際金融市場の動揺への耐性が一段と低下することも予想されるなか、先行きの政策運営は外部環境を睨みながらの対応を迫られることは避けられず、中銀にとっては自律的な判断が難しい状況が続くであろう。

図 1 インフレ率の推移
図 1 インフレ率の推移

図 2 リンギ相場(対ドル)の推移
図 2 リンギ相場(対ドル)の推移

図 3 外準備高と ARA(適正水準評価)の推移
図 3 外準備高と ARA(適正水準評価)の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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