ブラジル大統領選、決選投票は元職と現職の一騎打ちに

~事前の世論調査に反して僅差で決選投票に、いずれの候補が勝利しても課題山積の状況は変わらず~

西濵 徹

要旨
  • 2日のブラジル大統領選の第1回投票は11人もの候補者が乱立するも、再選を目指す現職のボルソナロ氏とルラ元大統領の事実上の一騎打ちとなってきた。ルラ氏は在任中の汚職で有罪判決を受けて一旦は収監されたが、昨年有罪判決が無効となり大統領選に出馬した。一方、ボルソナロ氏は現職として優位に選挙戦を進めると期待されたが、コロナ禍対応を巡る問題に加え、ルラ氏の出馬表明を受けて一転防戦を余儀なくされた。物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まるなか、ボルソナロ氏は再選に向けて財政支援を強化する動きをみせた。世論調査では一貫してルラ氏がボルソナロ氏を上回り、最終版では差を引き離したが、選挙結果はルラ氏が僅差で勝利するなどボルソナロ氏が予想外に猛追した。決選投票は多くの国民にとって悪い選択肢のなかで「マシな候補者」を選ぶ形となるが、いずれの候補者が勝利しても同国経済は国内外双方に課題が山積するなかで難しい対応を迫られることになることになろう。

2日に行われたブラジル大統領選の第1回投票では11人もの候補者が乱立する一方、事前の世論調査においてはルラ元大統領が再選を目指す現職のボルソナロ大統領に対して一貫して優勢の展開が続くとともに、2名の支持率は3位以下の候補者を大きく引き離すなど事実上の一騎打ちの展開をみせてきた。ルラ元大統領を巡っては、在任中の汚職疑惑に関連して有罪判決を受け、その後に収監されたことで2018年の前回大統領選への出馬が不可能になる一方(注1)、連邦最高裁が昨年に手続き上の問題を理由に有罪判決を無効とする決定を行い(注2)、一転して今回の大統領選に出馬することが可能となった。他方、現職のボルソナロ大統領は元々『ブラジルのトランプ』と揶揄されるなど、米国のトランプ前大統領の政治手法を真似するとともに、その支持層の強固さを追い風に当初は再選に向けた道筋を描くとみられてきた。しかし、ルラ氏が出馬可能となるとともに、その後の世論調査においてボルソナロ氏は一貫してルラ氏の後塵を拝する展開が続くなど、厳しい選挙戦を繰り広げる状況に直面してきた。この背景には、一昨年来のコロナ禍対応を巡って同国は度々世界的な感染拡大の中心地となったが、ボルソナロ政権(連邦政府)は実体経済への悪影響を懸念して行動制限に及び腰の対応を続ける一方、州政府など地方政府レベルでは行動制限を課すちぐはぐな対応が続き、結果的に度々感染拡大に直面するとともに、コロナ禍からの景気回復が遅れる一因になったと考えられる。さらに、ボルソナロ政権のコロナ禍対応を巡っては、ワクチン調達の不手際や抗マラリア薬に関連する不正暴露のほか(注3)、ボルソナロ大統領自身も誤情報拡散による軽犯罪も指摘され、連邦警察が最高裁に訴追権限を要請するなど逆風が強まる動きもみられた。また、一昨年来の歴史的大干ばつに伴い火力発電の再稼働を余儀なくされたことに加え、国際商品市況の上昇も重なり昨年来のインフレ率は上振れしており、中銀は昨年3月以降断続的な利上げ実施を余儀なくされるなど、物価高と金利高の共存が経済成長のけん引役である家計消費など内需に冷や水を浴びせることが懸念された。他方、政府は大統領選を意識して昨年末にルラ元政権下で実施された低所得者層向け現金給付制度(ボルサ・ファミリア)に代わる新制度(アウリシオ・ブラジル)を開始するとともに、インフレに苦しむ家計や企業の支援を目的に燃料税を引き下げるなど財政支援を強化させた。そして、高騰が続く燃料価格の引き下げに向けて国営石油公社(ペトロブラス)の人事に度々介入するなど圧力を掛け続けたほか、国際原油価格の調整も追い風に7月末に同社はガソリン価格を引き下げるなど(注4)、ボルソナロ大統領は再選に向けて『何でもあり』の対応をみせてきた。こうした対応も影響して、足下の同国景気は堅調な推移をみせているほか(注5)、インフレが頭打ちしたことで中銀も利上げ局面を小休止させており(注6)、最終版ではボルソナロ氏の支持率がルラ氏を猛追する動きがみられた。ボルソナロ陣営は副大統領候補に政権で国防相を務めたブラガ・ネット氏(元陸軍大将)を据えるなど、コロナ禍対応を巡って政権の支持基盤である軍の離反が懸念される動きがみられたため(注7)、政権支持層である極右に対する引き締めを狙ったものと捉えられる。こうした状況ながら、世論調査では一貫してルラ氏がボルソナロを引き離す展開となった。これはルラ陣営が副大統領候補にルラ氏のかつての『政敵』であった中道派のアルミキン氏(元サンパウロ州知事)を指名するなど、ルラ氏を支援するPT(労働者党)の支持層である左派に加えて支持層拡大を図ったことも影響している。よって、世論調査では最終版においてもルラ氏がボルソナロ氏を10~15pt程度リードしていたことから、一部には決選投票を待たずにルラ氏が第1回投票で大差を付ける形で勝利するとの見方も出ていた。しかし、高等選挙裁判所の発表では開票率99.7%段階における得票率は、ルラ氏が48.35%に対してボルソナロ氏は43.26%と5pt程度の差に留まるなど、最終的にはボルソナロ氏がルラ氏を猛追した格好である。今後は決選投票に向けて各政党による合従連衡の動きが活発化すると予想されるが、ボルソナロ氏の政治手法に対する反発は根強い一方、汚職疑惑が根強くくすぶるルラ氏及び左派勢力に対する反発も根強く、予想外の僅差での決戦投票突入により予想は難しくなっている。多くの国民にとっては、悪い選択肢のなかで『マシな候補者』を選ぶ形となるが、いずれの候補が勝利した場合もブラジル経済にとっては物価高と金利高の共存、世界経済を巡る不透明感の高まりという悪材料が山積するなかで難しい対応が迫られることには変わりがない。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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