ペルー、政局混乱の裏で反政府デモ激化、政府は外出禁止令を発令

~政権の求心力低下は顕著ななか、商品市況の上昇を追い風とする通貨ソル高は一変する可能性も~

西濵 徹

要旨
  • ペルーでは昨年7月の大統領選(決選投票)を経て急進左派のカスティジョ政権が誕生した。しかし、政権を支える与党連合は議会で少数派に留まり、内閣人事は度々後退を余儀なくされるなどドタバタが続く。他方、内閣改造の度に陣容は右派にシフトしており、金融市場が懸念した政策の左傾化懸念は後退している。結果、足下の通貨ソル相場は国際商品市況の上昇も追い風に底入れするなど金融市場の懸念は一巡した。
  • ただし、先月以降はカスティジョ大統領自身の疑惑が再燃している。弾劾は否決されたものの、賛否が拮抗するなど政権を巡る状況は厳しさを増している。他方、昨年来のインフレを受けて中銀はタカ派姿勢を強めるなど、物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。ウクライナ情勢の悪化に伴う国際商品市況の上振れは食料品やエネルギー価格の上昇を招くなか、先月以降は反政府デモが活発化して一部が暴徒化したため、政府は5日に外出禁止令の発令に踏み切った。経済のファンダメンタルズは脆弱ななか、商品市況の上昇を追い風とするソル相場の堅調な動きが一変する可能性には要注意と言える。

南米ペルーでは、昨年7月に実施された大統領選(決選投票)でペドロ・カスティジョ氏が勝利し、急進左派政党が誕生した。なお、政権発足に当たっては、政権を支える最大与党の急進左派政党PL(ペルー・リブレ(自由ペルー))内で党内穏健派のカスティジョ大統領と党内急進派のウラジミル・セロン党首の間で人事を巡る綱引きによるドタバタ劇が顕在化した(注1)。結果、政権の要且つスポークスパーソンの役割を担う首相にPL内で強硬左派色の強いグイド・ベジド氏、経済政策を担う経済相に穏健派エコノミストのペドロ・フランケ氏を据えるバランス人事を敷いた。しかし、共和国議会内でPLを中心とする与党連合は少数派に留まり、議会の主要人事を中道政党や右派政党が占めるなど『ねじれ状態』となるなか、ベジド氏が首相就任後も強硬発言を繰り返したことで政権運営が空転する事態を招いた。こうした事態を受けて、カスティジョ大統領は昨年10月にベジド氏を事実上更迭、後任首相に環境派弁護士で中道左派政党所属のミルタ・バスケス氏(前議会議長)を据える内閣改造を行うなど、議会の取り込みを図る動きをみせた(注2)。他方、年明け直後に国家警察人事を巡る汚職問題が表面化するとともに、その後の対応を巡ってバスケス氏がカスティジョ氏と対立して首相を辞任する事態に発展し、カスティジョ大統領は後任首相に穏健派(右派)のエクトル・バレール氏を据える内閣改造を行うなど、政権発足から半年強のうちに2度目の内閣総辞職が実施された(注3)。ただし、バレール氏巡っては、就任直後に家庭内暴力(DV)などの問題が表面化し、議会内で信任拒否の意向が相次いだためにバレール氏は1週間での首相退任を余儀なくされた。その後、カスティジョ大統領は後任首相に穏健派(右派)のアニバル・トレス氏(法務・人権相)を据えるなど、内閣改造の度に陣容を右派にシフトさせるとともに、トレス氏も就任直後に自由市場を推進する方針を示すなど、大統領選直後とは全く色合いが異なる状況となっている。このように、国際金融市場においては政権発足当初は左派方向に政策の舵が切られることが懸念されたものの、内閣改造を経て軌道修正が進むことが期待された。こうしたことから、昨年末にかけては急進左派政権が発足することに伴う政策転換が警戒されるとともに、米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀がタカ派姿勢に傾斜したことも追い風に通貨ソル相場は調整の動きを強めた。しかし、その後は政局の混乱にも拘らず、政策運営が右派方向にシフトすることを期待して底打ちする動きがみられた。さらに、昨年以降の世界経済の回復を追い風とする国際商品市況の底入れに加え、足下ではウクライナ問題の激化を受けて国際商品市況は上振れするなか、ペルーは銅や鉛、亜鉛、銀、金のほか、原油及び天然ガスなど鉱物資源を主要輸出財としており、国際商品市況の上昇は交易条件の改善を通じて景気の追い風になりやすい特徴がある。こうしたことも追い風にソル相場は底入れの動きを強めており、足下では政権発足前の水準を上回るなど、政権交代による金融市場の懸念は一巡していると捉えられる。

図 1 ソル相場(対ドル)の推移
図 1 ソル相場(対ドル)の推移

ただし、その後も政局を巡るゴタゴタは続いており、先月にはカスティジョ大統領自身の汚職疑惑が噴出する事態となっている。なお、カスティジョ大統領を巡っては、職権濫用や汚職疑惑を理由に検察が大統領を聴取する事態となり、昨年12月には野党が共和国議会に大統領の弾劾を求める提案を行ったものの、その際には与党PLを中心にカスティジョ大統領を支持する形で否決されるなど、一旦は事態が収束したかにみられた。しかし、その後もカスティジョ大統領の側近による汚職疑惑が噴出するなど問題が再燃したため、先月に野党が再び共和国議会に大統領の弾劾を求める提案を行い、弾劾手続きの可否について可決される事態となった。先月末に大統領議会で行われた弾劾手続きでは、カスティジョ大統領は自身の無罪を主張するとともに、弾劾そのものは否決されるなど失職は免れた。とはいえ、総投票数130に対して賛成票が55票となる一方、反対票が54票、残りが棄権票や白票であったことを勘案すれば、議会内において政権を取り巻く状況は極めて厳しい事態に追い込まれている様子がうかがえる。他方、このように政局のゴタゴタを背景に政策運営は空転状態が続いている一方、年明け直後の同国ではオミクロン株による新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染再拡大に見舞われるも、ワクチン接種の進展を理由に経済活動の正常化を目指す『ウィズ・コロナ』戦略は維持されたほか、足下では感染動向のピークアウトが進むなど落ち着きを取り戻す動きがみられる。昨年の経済成長率は+13.3%と前年(▲11.0%)の反動も重なり1994年以来となる二桁成長となっているほか、足下においても景気の底入れを示唆する動きが確認されるなど、一昨年以降のコロナ禍からの立ち直りの動きが着実に進んでいるとみられる。一方、原油をはじめとする国際商品市況の上昇の動きは全世界的にインフレ圧力を招いている上、同国においては経済活動の正常化の進展も相俟って昨年以降のインフレ率は加速感を強めており、中銀は昨年8月にコロナ禍後初の利上げに動くとともに、その後も断続的に利上げを実施するなど『タカ派』姿勢を強めている。なお、中銀は先月の定例会合でも8会合連続の利上げ実施を決定しており、足下の政策金利は4.00%と2017年半ば以来の水準となるなど、物価高と金利高が共存するなど景気に冷や水を浴びせる懸念が高まっている。こうしたなか、ウクライナ情勢の悪化も理由に国際商品市況は上振れしていることを受けて、食料品やエネルギーなど生活必需品を中心に物価上昇の動きが強まっているほか、高速道路料金の引き上げを受けて先月以降首都リマなどで政府に対する抗議デモが発生してきた。政府は燃料価格高騰の影響を緩和すべく、燃料税を撤廃するなどの対応をみせたものの、度重なる政局争いも影響して政権支持率が急落するなどカスティジョ大統領の求心力も低下するなか、反政府デモの一部が暴徒化する事態に発展している。こうした事態を受けて、政府は5日に首都リマと隣接する港湾都市のカジャオを対象に一時的に市民の外出を禁じる外出禁止令を発令するなど事態収拾に動いている。このところの国際商品市況の上昇を受けて財収支は黒字幅を拡大させるなど対外収支の追い風になることが期待されるものの、外国人観光客の低迷や資金流出の動きが足かせとなる形で経常収支は赤字が常態化するなか、政局の混乱に加えて治安悪化が長期化すれば対外収支を巡る状況は一段と悪化することが懸念される。上述のように、足下の通貨ソル相場は国際商品市況の高止まりを追い風に堅調な動きをみせているものの、その評価が再び一変する可能性には注意が必要と言える。

図 2 インフレ率の推移
図 2 インフレ率の推移

図 3 経常収支の推移
図 3 経常収支の推移

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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