OPECプラスは米国の増産要請に応えるだろうか

~増産余力は乏しく、投資の「無駄撃ち」警戒、中東諸国の対米不信、「全会一致」原則も足かせに~

西濵 徹

要旨
  • ロシアのウクライナ侵攻や、欧米諸国による対ロ制裁強化を契機に国際原油価格は上昇の動きを強めている。OPECプラスは現状維持を続ける一方、米国によるロシア産原油の禁輸決定を受けて、今月初めには国際原油価格が一時1バレル=130ドルを上回った。国際原油価格の急騰は世界経済に冷や水を浴びせるほか、国際金融市場の環境変化に加え、輸入国で経済のファンダメンタルズの悪化を招くことが懸念される。
  • こうしたなか、UAEの駐米大使がOPECプラスによる増産検討を呼び掛ける発言を機に国際原油価格は調整したが、同国のエネルギー相はOPECプラスの合意順守にコミットする真逆の発言を行うなど、国際原油価格は混乱している。OPECプラスの枠内で増産余力があるのはサウジとUAEくらいであるが、増産投資の「無駄撃ち」を警戒する向きに加え、中東諸国では米国への不信感もくすぶる。OPECプラスは「全会一致」を前提とするなかで増産に動く可能性は低く、国際原油価格は引き続き高止まりで推移すると予想される。

ロシアによるウクライナ侵攻、それに対抗した欧米諸国によるロシアに対する追加経済制裁の決定を受けて、国際金融市場においては世界有数の産油国であるロシアからの原油供給が細るとの懸念が強まっている。なお、昨年来の国際原油価格は、世界経済がコロナ禍からの回復の動きを強める一方、ロシアを含む主要産油国(OPECプラス)はコロナ禍対応を目的とする過去最大規模の協調減産からの段階的縮小を維持するなど、需給ひっ迫が意識される形で底入れの動きを強めてきた。他方、米国をはじめとする主要な原油消費国は戦略原油備蓄の放出に動くなど、国際原油価格の急激な上昇が世界経済に冷や水を浴びせることを警戒して需給ひっ迫の緩和を目指す対応をみせているものの、事実上『焼け石に水』の展開が続いてきた。そして、今月初めに開催されたOPECプラスの閣僚会合においても、従来からの日量40万バレルの協調減産縮小という『現状維持』の対応が採られるとともに、足下の国際原油価格の急騰を招く一因となっているウクライナ問題に対しても沈黙する姿勢が示された(注1)。その後もウクライナ問題を巡る動きは混とんの度合いを増している上、米バイデン政権がロシア産原油及び天然ガス、石炭の輸入を禁止する決定を行ったことを受けて、国際原油価格は上振れの度合いを強めた結果、今月7日には一時的ながら13年7ヶ月ぶりに「1バレル=130ドル」の水準に達する事態となっている。上述のように、このところの国際原油価格の上昇は全世界的にインフレ圧力を招くなど世界経済に冷や水を浴びせることが懸念されてきたものの、一段と加速の動きを強めたことで、米国をはじめとする主要国の金融政策に影響を与えることにより国際金融市場を取り巻く環境が変化するほか、原油などエネルギー資源を輸入に依存する国々を中心にインフレ昂進や対外収支の悪化など経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化を招くことが懸念される(注2)。

図 1 国際原油価格(WTI)の推移
図 1 国際原油価格(WTI)の推移

こうしたなか、OPEC(石油輸出国機構)加盟国であるUAE(アラブ首長国連邦)のアルオタイバ駐米大使が米国からの『要請』に応える形で原油の増産を支持するとともに、今月末に開催される次回のOPECプラスの会合で検討するよう働きかける旨の考えを示した。他方、UAEでOPECプラスの協議に参加するマズルーイ・エネルギー相は、OPECプラスによる合意や現状の生産調整の仕組みにコミットしている旨を表明するなど『真逆』の発言を行っている。駐米大使の発言を受けて、上昇の動きを強めてきた国際原油価格は一転して調整の動きを強める一方、同国内で真逆の方向感を示す発言が示されたことでその後の国際原油価格は上下双方に大きく振れる展開が続いている。こうした背景には、コロナ禍を経た全世界的な金融緩和を追い風に国際金融市場の流動性は過去最大の水準で推移する一方、国際原油市場における取引自体はごく小規模に留まっており、ボラティリティが極めて高まりやすい環境にあることも影響している。なお、国際原油価格の急騰にも拘らず、OPECプラスが大幅な増産に及び腰となっている背景には、過去の上昇局面においては米国のシェール・オイル及びシェール・ガスの増産に伴い価格が混乱する事態に見舞われたこと、ここ数年の全世界的な『脱炭素』の動きを受けて化石燃料関連投資が先細りしていることがある。結果、OPECプラスの枠内でも生産能力が低下しており、投資不足や電力不足などがボトルネックとなりナイジェリアやアンゴラなどアフリカ諸国を中心に生産動向は目標と乖離する展開が続いている。現時点においてOPECプラスの枠内で生産余力を有するのはサウジアラビアやUAEなどに限られており、ロシア産原油が欧米諸国による経済制裁の影響で市場からの『締め出し』の対象となるなか、仮に増産に動いたとしても需給ひっ迫の解消が進む可能性は低いと見込まれる。他方、米国においては環境対策を理由にシェール産業への投資が手控えられてきたことで掘削設備が不足している上、コロナ禍からの回復を理由とする人手不足も影響してシェール・オイル及びガスの増産が進みにくい状況に見舞われている。よって、OPECプラスの国々や米国のシェール企業の双方にとっては、国際原油価格の高止まりによる需要低迷が懸念される一方、仮に増産に向けた巨額の新規投資後に価格高騰の動きが落ち着きを取り戻した場合に投資が『無駄撃ち』となることを警戒する向きもくすぶる。また、サウジアラビアやUAEは伝統的に米国と関係が深いものの、OPECプラスの枠組を通じてロシアとの協力を深める一方、ここ数年は中東諸国のなかに米国に対する『不信感』が強まる動きもみられる。こうしたことは、ロシアによるウクライナ侵攻に対する国連安保理決議を巡って議長国のUAEが『棄権』に動いたことにも現れている。他方、その後の非難決議にはサウジもUAEも賛成に回る一方で、多くのOPEC加盟国が棄権票を投じるなどロシアとの軍事的な関係が足かせとなる動きも顕在化している。OPECプラスは『全会一致』を前提としていることを勘案すれば、今月末の定例会合で大幅増産に動く可能性は極めて低く、当面の国際原油価格は引き続きウクライナ情勢の行方に左右されるとともに、高止まりが続く展開が予想される。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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