ウクライナ問題が新興国・資源国経済に与える影響とは

~原油高、金融市場環境、世界経済の減速など悪材料山積、世界経済の構造変化による影響にも懸念~

西濵 徹

要旨
  • ウクライナ問題の激化を受けて欧米諸国とロシアの関係は急速に悪化しており、ロシアが国際金融市場からの退出を余儀なくされる可能性が懸念される。仮にそうした事態に陥れば国際金融市場に動揺が広がり、新興国のマネーフローも混乱が不可避である。さらに、すでに原油をはじめとする国際商品市況は上昇の動きを強めており、ロシアの「切り離し」の動きが広がれば一段と上振れする可能性も高まることが予想される。
  • 国際商品市況の上昇によるインフレを理由に主要国中銀は「タカ派」姿勢を強めており、一段と上振れすれば新興国へのマネーフローの変化を招く可能性がある。さらに、商品市況の高止まりは輸入に依存する新興国のファンダメンタルズの悪化を招き、資金流入の先細りが経済活動の足かせとなり得る。他方、資源国にとり商品市況の上昇は一見望ましいが、世界経済の減速は輸出の重石となる。多くの新興国や資源国は新型コロナ禍からの回復が期待されたが、そうした期待は一転して「ふりだし」に戻る可能性が高いとみられる。
  • これまで新興国や資源国はグローバル化の進展による世界経済の成長の恩恵を享受してきたが、ウクライナ問題を機に世界経済の分断が懸念されるなかで、これまでの延長線上による経済成長の実現のハードルは高まる。新興国や資源国のなかには軍事面でロシアに依存する国が少なくなく、「板挟み」状態が強まる可能性も高い。その意味では、世界経済の構造変化による影響を受ける可能性にも注意が必要と言えよう。

昨年半ば以降、ロシアが隣国のウクライナ国境付近に大規模の軍隊を集結させて演習を実施したことをきっかけに欧米との関係悪化を招いてきたウクライナ問題は、先月末にロシアがウクライナへの侵攻を開始したことを受けて事態は急速に深刻化している。なお、ロシアによるウクライナへの全面侵攻を受け、欧米諸国はロシアの一部銀行を対象にSWIFT(国際銀行間通信協会)からの排除に動くとともに、ロシア中央銀行も制裁対象に加える形で経済制裁の動きを強化させた(注1)。欧米諸国による経済制裁強化の動きを受けて、主要格付機関がいずれもロシアの外貨建長期信用格付を『投機的水準』に格下げしたほか、株価指数からロシア株が除外されるなか、外国人投資家によるロシア資産からの逃避の動きが強まるなど、事態が長期化すれば国際金融市場からの『退出』を余儀なくされる可能性も懸念される(注2)。仮にそうしたリスクが顕在化すれば、多額のロシア向け債権を有するフランスやイタリア、オーストリアなど欧州諸国のほか、米国や日本などの金融機関が影響を受けるとともに、国際金融市場を取り巻く環境にも悪影響が波及することは避けられない。折しも、年明け以降の国際金融市場においては米FRB(連邦準備制度理事会)など主要国中銀が『タカ派』姿勢を強めており、新型コロナ禍を経た全世界的な金融緩和による『カネ余り』の手仕舞いが意識されており、新興国へのマネーフローに影響が出ることが懸念されてきた。他方、ロシアは世界の原油生産の12%強、天然ガス生産の17%弱、石炭生産の5%強(いずれも2020年)を占めるなど世界的なエネルギー供給を左右する上、その大宗をEU(欧州連合)諸国向けが占めるなか、欧米諸国の経済制裁に対抗して供給を絞ることが警戒される。なお、ロシアは輸出の8割以上を鉱物資源が占めるとともに、ロシア経済にとって重要な外貨の獲得源である一方、欧州諸国が実施した一連の制裁ではエネルギー関連への影響を極小化する対応が採られている。こうした状況ではあるものの、国際金融市場においては原油をはじめとする国際商品市況は一段と上昇の動きを強めている上、ロシアを含む主要産油国の枠組(OPECプラス)は直近の閣僚級会合においても協調減産の小幅縮小という従来姿勢を維持する方針をみせており、国際原油価格は上昇ペースを強めるとともに高止まりしている(注3)。さらに、今後はウクライナ情勢の一段の悪化を受けて米国がロシア産原油の取引禁止を検討する動きをみせており、事態のこう着化及び長期化が懸念されるなかで国際原油価格は上振れする可能性が高まっている。

図 1 国際原油価格(WTI)の推移
図 1 国際原油価格(WTI)の推移

昨年来の世界経済の回復を追い風とする原油など国際商品市況の上昇は全世界的なインフレ圧力となるなか、すでに上述のように米FRBなど主要国中銀による金融政策の正常化を促しているなか、国際商品市況が一段と上昇する動きを強めればそのペースが加速すると見込まれる。そうした動きは新興国への資金流入を細らせる、ないし、流出に転じるなどの動きに繋がることが見込まれ、慢性的に経常赤字を抱えるなど国内金融市場における資本過小状態にある国々にとって経済活動の足かせとなることが避けられない。さらに、原油をはじめとする国際商品市況の上昇は、これらを輸入に依存する国々において貿易収支の悪化を通じて対外収支の脆弱さに繋がるとともに、インフレの昂進と相俟って経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の悪化を招く。そして、経済のファンダメンタルズの脆弱さを理由に資金流出の動きが強まることは、通貨安による輸入物価の押し上げを通じてインフレ圧力を高めることも懸念され、エネルギー資源を輸入に依存する新興国にとっては二重、三重の経路で物価上昇圧力が強まることになる。これまでASEAN(東南アジア諸国連合)をはじめとするアジア新興国などはインフレ率が比較的低水準で推移しており、景気回復の後押しを目的とする金融緩和の継続が可能と期待されたものの、今後はインフレを理由に金融引き締めを迫られる可能性が高まるであろう。他方、中東や中南米などのエネルギー資源を輸出する国々にとっては、国際商品市況の上昇による交易条件の改善は国民所得を押し上げることで景気回復を促すと期待される。しかし、欧米諸国をはじめとする先進国では、国際商品市況の上昇によるインフレ昂進を理由に金融政策の正常化の動きが早まることが予想されるため、先進国経済に下押し圧力が掛かることにより世界経済の重石となることが懸念される。さらに、中南米をはじめとする資源国においてはすでにインフレが顕在化するなかで金融引き締めを迫られており、物価高と金利高の共存が景気の足かせとなる状況に直面しているが、国際商品市況の一段の上振れ及び高止まりによりインフレが常態化することも懸念される。その意味においては、多くの新興国及び資源国にとっては新型コロナ禍からの回復が期待されたものの、ウクライナ問題の激化をきっかけとする国際商品市況の上振れを受けてそうした期待は『ふりだし』に戻されることになろう。

図 2 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移
図 2 外貨準備高と適正水準評価(ARA)の推移

図 3 世界貿易量(前年比)の推移
図 3 世界貿易量(前年比)の推移

なお、これまでの世界経済はグローバル化の進展を追い風に成長を実現するメカニズムを謳歌しており、その成長の果実を最も享受してきたのが中国経済であり、中国経済に依存する形で経済成長を実現することが出来た新興国及び資源国であると捉えられる。しかし、ウクライナ問題をきっかけに欧米諸国とロシアとのデカップリングが避けられなくなっているほか、世界的に分断の動きが広がりをみせるなどこれまでのグローバル化の流れは一転して逆流する可能性が高まっている。その意味においては、これまでグローバル化の進展が経済成長の原動力となってきた新興国や資源国にとっては、これまでの延長線上で経済成長を実現することのハードルは上がることが予想される。さらに、世界経済の分断が進む先には経済のブロック化といった動きが広がりをみせるとともに、世界経済全体が非効率化の度合いを強めることも考えられる。なお、新興国や資源国のなかには軍事面でロシアとの繋がりが依然として深い国が少なくなく、そうした国々にとっては欧米諸国とロシアとの分断の動きが広がるなかで『板挟み』状態が強まることは避けられそうにない。当面はウクライナ問題の行方にも注意が必要であるが、世界経済をみる上では『その後』の構造的な変化が与える影響に注意を払う必要性が高いと言える。

以 上

西濵 徹


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西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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