ロシア、「非労働日」実施も感染悪化に歯止めが掛からず

~感染悪化に加え、金利高と物価高の共存による景気への悪影響、外交関係など問題は山積~

西濵 徹

要旨
  • ロシアでは世界初の新型コロナ向けワクチンが生産されたものの、有効性に対する疑念などを理由に接種率は低調な推移が続く。接種率の低さに加えて季節要因も重なり感染動向が急速に悪化しており、政府は先月末から9日間の「非労働日」設定による行動制限の強化に動いた。しかし、その後も感染動向は一段と悪化するも政府は制限緩和に動いたが、医療用酸素不足もあり、好転にはしばらく時間を要するとみられる。
  • 年明け以降のロシアでは実体経済への悪影響を懸念して行動制限に及び腰の対応が採られたほか、原油価格の上昇も重なり景気は底入れしている。ただし、エネルギー価格の上昇に加え、人手不足の影響も重なりインフレ率は加速しており、中銀はタカ派姿勢を強める対応を余儀なくされている。感染収束が見通せないなか、今後は物価高と金利高の共存が景気に冷や水を浴びせる懸念がある。さらに、欧米諸国との関係悪化も懸念されるなか、政府は内政・外交の両面でこれまで以上に難しい対応を迫られることも予想される。

ロシアは、昨年来の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック(世界的大流行)に際して、世界初の新型コロナウイルス向けワクチン(スプートニクV)の生産、承認が行われ、昨年末には接種が開始されるなど逸早く『ポスト・コロナ』に向けた取り組みが進むと期待された。しかし、ワクチン生産国であるにも拘らず、今月9日時点における完全接種率(必要な接種回数をすべて受けた人の割合)は34.22%、部分接種率(少なくとも1回は接種を受けた人の割合)も40.24%に留まるなど、ともに世界平均を下回る水準に留まるなど見劣りする状況が続いている。こうした状況を打開すべく、プーチン大統領やミシュスチン首相などは広く国民に対してワクチン接種を呼び掛けているほか、飲食業をはじめとするサービス業の従事者に対する事実上の強制接種を図るとともに、店舗や公共交通機関などの利用を接種済の人に限定するなどの取り組みのほか、景品提供などを通じた誘導策なども採られている。こうした取り組みを受けて足下では部分接種率の上昇ペースは緩やかに加速する動きをみせているものの、依然として接種率が低水準に留まる。この背景には、同国内においてはスプートニクVのみ接種可能である一方、WHO(世界保健機関)は同ワクチンの緊急使用を未だ承認していないなど有効性に対する疑念がくすぶるほか、昨年来の新型コロナ禍対策を巡る政権による対応の拙さも理由とする政策に対する信認低下なども影響しているとみられる(注1)。しかしながら、ワクチン接種率の低さに加えて、季節が秋から冬に移行しつつあることも相俟って9月以降は国内における新規陽性者数が再び拡大傾向を強めるなど『第4波』の動きが顕在化したほか、新規陽性者数の水準は過去の波を大きく上回る事態となった。こうしたことから、プーチン大統領は全土を対象に先月30日から今月7日までの9日間を『非労働日』として、企業に対して臨時休業の実施を要請するほか、感染状況が酷い地域ではさらなる強力な措置を講じることを可能にする事実上の行動制限を課す大統領令を発表した(注2)。ただし、その後も新規陽性者数は一段と拡大する動きをみせているほか、感染者数も過去最高水準を更新する動きをみせている上、感染者数の急拡大に伴い医療インフラはひっ迫化して死亡者数も拡大傾向を強めるなど、感染動向は急速に悪化している。なお、このように感染動向は一段と悪化しているにも拘らず政府は8日に非労働日を終了させており、感染悪化が続く地方都市では延長する動きがみられる一方、感染拡大の中心地のひとつである首都モスクワは行動制限を解除しており、状況の好転にはしばらく時間を要すると見込まれる。事実、医療インフラが脆弱な地方を中心に医療用酸素の予備が急激に減少する動きもみられ、拙速な対応によって感染動向が一段と悪化する可能性も懸念される。足下では欧州諸国においても変異株による感染再拡大の動きが広がっており、今後はそうした影響が伝播することにも警戒が必要になっていると判断出来る。

図 1 ワクチン接種率の推移
図 1 ワクチン接種率の推移

図 2 ロシア国内における感染動向の推移
図 2 ロシア国内における感染動向の推移

年明け以降のロシアにおいては、度々新型コロナウイルスの感染動向が再拡大する動きがみられたものの、政府は昨年実施した都市封鎖(ロックダウン)に伴い実体経済に深刻な悪影響が出たことを受けて、厳しい行動制限を課すことには及び腰の対応を続けてきた。さらに、昨年後半以降は世界経済の回復による需要拡大期待も追い風に原油をはじめとする国際商品市況は上昇しており、世界有数の『資源国』であるロシア経済にとっては交易条件の改善が国民所得の増加を通じて景気の底入れを促してきた。他方、国際原油価格の上昇に伴うエネルギー価格の上昇などに加え、経済活動を優先した政策対応の一方で構造的な人手不足が続く中で労働需給がひっ迫していることも重なり、年明け以降のインフレ率は中銀の定めるインフレ目標を上回る推移が続いている。よって、上述のように政府は短期間ながら行動制限に舵を切ったことで実体経済への悪影響が懸念されるにも拘らず、中銀は先月末の定例会合においても6会合連続の利上げを決定するとともに、利上げ幅を拡大させるなど引き締め度合いを強める対応をみせている(注3)。このように中銀はタカ派姿勢を強めているものの、足下のインフレ率は前年同月比+8.14%、コアインフレ率も同+8.02%とともに8%を上回っており、2016年2月以来の高水準となるなど加速感を強めており、中銀はこれまで以上にタカ派姿勢を強めざるを得なくなる可能性も高まっている。なお、国際金融市場においては欧米による経済制裁の影響に伴い欧米を中心とする外国人投資家の取引が細るなか、国際金融市場の上昇の動きは中銀によるタカ派姿勢も追い風に通貨ルーブル相場は上昇傾向を強めてきたものの、先月末以降は行動制限の再強化による実体経済への悪影響が警戒されて上値が抑えられている。上述のように政府は経済活動の再開に舵を切るなど経済活動を優先する姿勢が採られている一方、物価高と金利高の共存は景気に冷や水を浴びせる懸念もある。先行きの感染動向のさらなる悪化が経済活動に悪影響を与える事態となれば、ルーブル相場を取り巻く状況が一変するリスクはくすぶる。足下においては、事実上のロシアの衛星国と見做されているベラルーシにおいて隣国ポーランドに向けて大量の難民が押し寄せる『難民危機』とも呼べる動きがみられるなか、EU(欧州連合)諸国のなかにはロシアを批判する向きがみられるほか、ウクライナの国境付近にロシア軍が終結していることを受けて、EUや米国が警戒を強めるなど、欧米諸国との関係改善の糸口が見出だしにくい状況も続いている。国際原油価格の高止まりの動きはロシアにとって追い風となる一方でインフレの一因となるなか、新型コロナ禍対応もままならない状況が続いており、これまで以上に難しい政策対応を迫られていると判断出来る。

図 3 インフレ率の推移
図 3 インフレ率の推移

図 4 ルーブル相場(対ドル)の推移
図 4 ルーブル相場(対ドル)の推移

以 上

西濵 徹

西濵 徹

にしはま とおる

経済調査部 主席エコノミスト
担当: アジア、中東、アフリカ、ロシア、中南米など新興国のマクロ経済・政治分析

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