米国経済マンスリー:2024年4月

~好調な実体経済とインフレ上振れを背景に、利下げ開始予想は後ずれ~

前田 和馬

要旨
  • 3月の雇用者数は節目となる+20万人を4か月連続で上回った一方、小売売上高はオンライン販売を中心に高い伸びを示した。アトランタ連銀によるGDPナウは1-3月期実質GDP成長率を+3%弱のプラス成長と予想するなど、米国経済は年初から想定以上の強さを示している。
  • 労働需給のひっ迫度合いの緩和に一服感が見られる一方、平均時給は減速が続くなど、賃金インフレの懸念は弱い。この間、3月のコアCPIは足下のトレンドを示す3か月前比年率が+4.5%と前月から加速したほか、その水準も+2%インフレ目標の達成には依然距離がある。
  • パウエル議長がインフレ低下の確信を得るために「より長い時間がかかる」と述べるなど、利下げ開始時期の後ずれを示唆するFRB高官発言が目立っている。金融市場は年内の利下げ回数を3月ドットチャートが示す3回から2回の予想へとシフトしつつある。

【経済指標】

・3月全米供給管理協会(ISM)景況感指数

3月ISM製造業PMIは50.3(2月:47.8)と2か月振りに上昇し、17か月振りに好不況の節目となる50を上回った。製造業活動は高金利政策による需要抑制やストライキ等による生産停止で1年半近く低迷が持続していたものの、在庫調整の進展を背景に本格的な回復の兆しを示している。3月の内訳をみると、生産が54.6(48.4)、生産活動に先行する新規受注が51.4(49.2)と共に2か月振りに上昇したほか、雇用も47.4(45.9)と前月水準を上回った。他方3月ISMサービス業PMIは51.4(52.6)と2か月連続で低下した。サービス業活動は足下で減速の兆しを示しているものの、節目となる50を15か月連続で上回るなど底堅く推移している。内訳をみると、事業活動が57.4(57.2)、雇用が48.5(48.0)と共に前月から上昇した一方、新規受注は54.4(56.1)と低下した(詳細は「米国 17ヵ月ぶりに拡大を示す水準 (3月ISM製造業)」及び「米国 需要拡大もインフレ低下を示唆(3月ISM非製造業)  」)。

・3月雇用統計

3月雇用統計における非農業部門雇用者数は前月差+30.3万人(2月:+27.0万人)と、前月から増加ペースを拡大し、市場予想の+21.2万人を大幅に上回った。同時に公表された1月実績は+2.7万人、2月実績は-0.5万人と小幅な修正に留まった結果、3か月移動平均では+27.6万人(+27.2万人)と4か月連続で節目となる+20万人を上回るなど、雇用が堅調に増加している点に変化はない。なお、足下の雇用者数の増加は不法入国を含む移民の大幅な流入が影響している可能性があり(4/15付け「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」)、潜在的な雇用者数の伸びは2024年で+16~20万人/月と、想定以上の移民流入が雇用の伸びを+10万人/月押し上げていると試算される(注1)。

3月の雇用者数を業種別にみると、医療・社会福祉が+8.13万人(+8.54万人)と人手不足を背景に増加し全体を押し上げたほか、娯楽・宿泊が+4.9万人(+4.3万人)、小売業が+1.76万人(+2.30万人)と対面型サービス業も前月水準を上回るなど堅調に推移した。

この間、3月の労働参加率は62.7%(62.5%)と前月から小幅に上昇した一方、失業率は3.8%(3.9%)と僅かながら下落するなど、労働需給のひっ迫度合いの緩和に一服感が示されている。他方、平均時給は前年比+4.1%(+4.3%)と高水準ながら減速傾向を示すなど、賃金インフレへの懸念は弱い。また、週平均労働時間は+0.0%(-0.6%)と横ばい圏で推移するなど、下落傾向は一服しつつある。この結果労働所得(=民間雇用者数×平均労働時間×平均時給)は+5.9%(+5.3%)と、雇用拡大を背景に増加基調で推移している構図に変化はない。他方、CPI上昇率を控除した実質賃金は時間当たりで+0.6%(+1.1%)と11か月連続、週当たりでは+0.6%(+0.5%)と10か月連続でそれぞれ増加するなど、インフレ鈍化を背景に堅調な雇用所得環境が持続している(詳細は「強い3月米雇用統計を受け市場の利下げ期待後退」)。

・3月消費者物価指数(CPI)

3月消費者物価指数(CPI)は前月比+0.4%(2月:+0.4%)と前月から上昇率に変化はなかった。足下のトレンドを示す3か月前比年率は総合指数で+4.6%(+4.0%)、コア指数で+4.5%(+4.2%)と共に加速するなど、+2%インフレ目標の達成には依然距離がある。3月の内訳を見ると、食品が前月比+0.1%(+0.0%)と外食を中心に小幅に上昇した一方、エネルギーは+1.1%(+2.3%)と原油価格の持ち直しを背景に2か月連続で上昇した。他方、食品・エネルギーを除くコアベース指数は+0.4%(+0.4%)と3か月連続で上昇率に変化はなかったものの、足下で高い伸びが続いている。コアCPIの内訳を見ると、住居費は+0.4%(+0.4%)とこれまでの減速傾向に一服感がみられる一方、住居費を除くコアCPIは+0.3%(+0.3%)と自動車保険料や医療サービスを中心に上昇した。この間前年比でみると、CPI総合は前年比+3.5%(+3.2%)と前月から加速した一方、食品・エネルギーを除くコアCPIは+3.8%(+3.8%)と前月から横ばい圏で推移した。先行きのCPIは家賃減速を主因に騰勢の鈍化が続く可能性が高いものの、賃金上昇等を背景にサービス価格や家賃が再加速するリスクに警戒が必要だろう(詳細は「米国 CPIコアの上昇モメンタム強まる(24年3月CPI)」)。

・3月小売売上高

3月小売売上高は前月比+0.7%(2月:+0.9%)と市場予想(+0.4%)を上回り、2か月連続で増加した。2月実績も+0.9%(速報値:+0.6%)と上方修正された結果、3か月移動平均は前月比+0.3%(2月:+0.1%)と前月から加速するなど堅調な内容を示した。3月小売売上高の内訳をみると、オンラインを中心とした無店舗小売が+2.7%(+0.2%)と大幅に増加し全体を押し上げた。また、ガソリンが+2.1%(+1.6%)と価格上昇を背景に2か月連続で増加したほか、飲食は+0.4%(+0.5%)、食料品が+0.5%(+0.2%)と共に前月水準を上回った。一方、自動車は-0.7%(+2.5%)、家電が-1.2%(+1.3%)と耐久財は軟調な結果となった。この結果、変動の激しい項目を除いたコア小売売上高(自動車・ガソリン・建設材・飲食サービスを除くベース)は+1.1%(+0.3%)と2か月連続で増加、1-3月期で通してみると前期比+0.7%(10-12月期:+0.7%)と15四半期連続で前期水準を上回った(詳細は「米国 堅調な3月小売を受け利下げ後ずれ観測強まる」)。

・3月鉱工業生産

3月鉱工業生産は前月比+0.4%(2月:+0.4%)と2か月連続で上昇した。内訳を見ると、鉱業が-1.4%(+3.0%)と前月の反動もあり低下した一方、公益は+2.0%(-7.6%)と全米平均で記録的な暖冬となった2月と比べて上昇した。他方、製造業は+0.5%(+1.2%)と2か月連続で上昇するなど、持ち直しの動きを示している。内訳を見ると、自動車・同部品が+3.1%(+3.4%)、石油・石炭製品が+4.8%(+0.5%)と上昇し全体を押し上げた一方、電気機器・部品が-0.4%(-0.3%)と3か月連続で低下したほか、家具・関連製品が-1.0%(+2.1%)、非金属鉱物製品が-1.8%(+0.2%)と区々の動きを示した(詳細は「米国 一部の業種が押し上げ(24年3月鉱工業生産) 」)。

・3月住宅着工件数

3月住宅着工件数は年率132.1万戸(2月:154.9万戸)と2か月振りに減少した(前月比-14.7%;2月:同+12.7%)。住宅着工は中古住宅の在庫減少を背景に底打ちの兆しを示していた一方、3月は大幅に減少するなど、住宅ローン金利上昇による需要抑制を主因に総じて低調に推移している。内訳を見ると、戸建住宅が前月比-12.4%(2月:+14.6%)、集合住宅は-21.7%(+7.0%)と共に減少したほか、地域別にみても南部や中西部で減少するなど、総じて弱い内容であった。この間、住宅着工に先行する住宅建設許可件数は年率145.8万戸(152.3万戸)と前月水準を下回るなど、依然停滞の域を脱していない(詳細は「米国24年3月住宅着工件数は下振れ、回復足踏み」)。

【経済見通し】

1-3月期実質GDP成長率(4/25公表)を巡っては、4/16時点のアトランタ連銀によるGDPナウキャストが前期比年率+2.9%(10-13月期:+3.4%)と2四半期連続の減速を見込んでいる。しかし、潜在成長率(1%台後半)、及び2月時点の民間予測値(+2.1%)を上回る見通しとなるなど、米国経済は想定上に強い状況にある。4月のミシガン消費者信頼感指数は77.9(3月:79.4)、3月のCB消費者信頼感指数は104.7(2月:104.8)と共に低下したものの、消費者マインドは均してみれば改善傾向にあり、個人消費は堅調さを保っている。また、3月ISM製造業PMIは17か月振りに好不況の節目となる50を上回るなど、製造業に本格的な回復の動きが見られる一方、住宅投資は利上げ打ち止めを背景に緩やかに持ち直すことが予想される。以上を踏まえると、景気後退の懸念は限定的に留まっており、2024年における金融市場のメインシナリオであるソフトランディングと整合的に米国景気は推移している。

先行きの景気下振れリスクを巡っては、2024年を通じた過剰貯蓄の取崩し、未だ影響がみられない学生ローン返済再開(2023年10月)、及びインフレ高止まりによる家計購買力の減少に注視が必要だろう(詳細は9/12付「米学生ローン返済再開による個人消費への影響」)。これに加えて、企業の利払い負担上昇による設備投資の下押し(米国経済マンスリー:2023 年11月)、及び商業用不動産の市況悪化を巡る地銀等の経営環境悪化、これに伴う金融環境の急速な悪化に対する懸念も依然払拭されるに至っていない。ちなみにコロナ以前の過去3回の景気後退において、利上げ打ち止めから景気後退に陥るまでの期間は11-19か月であり、景気悪化時には失業率が急速に悪化する傾向にある(詳細は「米国経済マンスリー:2023 年12月」)。今次利上げ局面の終了が2023年7月と仮定すると、2024年後半以降に累積的な利上げによる設備投資や新規雇用への影響が急速に発現し、景気後退へと陥る可能性は否定できない。

【金融政策】

1-3月期実質GDPで予想される堅調な実体経済の推移、及び年初からのインフレ指標の上振れを背景に、市場はFRBによる利下げ開始のタイミングが後ずれするとの見方を強めている。FF金利先物が織り込む利下げ確率を見ると(4/16時点)、7月FOMCにおいても現行の金利水準(5.25-5.50%)が保たれるとの予想が56.8%に達する一方、年内における利下げ回数は2回(-50bps)を織り込むなど3月ドットチャートの示す3回よりも少ない。多くのFRB高官はインフレ減速、及び年内の利下げ開始を引続きメインシナリオとする一方、4/16の講演においてパウエル議長が現在の引締め的政策をより長期に亘って維持する可能性を示唆するなど、利下げを急がない旨の発言が目立っている。

・FRB高官発言

【大統領選】

11月大統領選の組み合わせはバイデンvs.トランプと2020年の再戦となる見通しだ。バイデン政権の支持率が低水準で推移するなか、現状では多くの激戦州においてトランプ氏がバイデン大統領をリードする状況にある。例えば、Wall Street Journalが3月17~24日に実施した世論調査では、激戦州7州のうち、ウィスコンシン州を除く6州においてトランプ氏が2~8ポイントのリードを保っている。

バイデン政権は経済政策に対する評価が芳しくないものの、11月大統領選に向けてインフレ鎮静化や堅調な経済環境が続く場合、消費者センチメントの改善を通じて政権支持率の追い風となる可能性がある。一方、ハリス副大統領が取り組む不法移民対策への国民の不満(「バイデン政権下で流入する730万人の不法移民」)、及びバイデン大統領自身の高齢不安は懸念材料だろう。後者に関して、3/9の一般教書演説では力強さを示したとの見方が多く、大統領としての適性を継続的に国民に示せるかが注目される。

一方、トランプ氏は4つの刑事事件を抱えることに加えて、一部の共和党関係者がトランプ支持への消極姿勢を示している。前者に関して、4/15には不倫口止め料の不正処理を巡る刑事裁判がニューヨーク地裁で始まり、トランプ氏は原則的に週4回出廷する見通しとなるため、当面の選挙活動は制限される形となる。トランプ氏の弁護側は判決まで様々な引き延ばし策を図る可能性が高いものの、現時点において審理は6~8週間に及ぶと見込まれており、11月大統領選の投票日までに有罪判決が下される可能性は低くない。NBC Newsの1月世論調査によると、11月大統領選で有権者の47%がトランプ氏、42%がバイデン大統領に投票すると答えた一方、仮に有罪判決を受けた場合にはトランプ氏が43%と減少し、バイデン大統領の45%に逆転される。また後者に関しては、指名候補を争ったヘイリー氏がトランプ氏を支持することを明言していない一方、第一次トランプ政権のペンス前副大統領も人工中絶や財政赤字の論点を巡って「(トランプ氏を)良心にかけて支持できない」と言及している。ヘイリー氏は中道寄り共和党員、ペンス氏はキリスト教保守・福音派に支持されているとみられており、こうした両氏のスタンスはトランプ氏がこれらの支持層を獲得するうえでの障害となる可能性がある。

注:シャドーは景気後退期。FOMCメンバーと民間専門家の経済見通しはそれぞれ3月時点(括弧内は12月)と2月時点(同、11月)。成長率と失業率の民間予測のみ年間平均、それ以外は毎年4Q時点の前年比。
出所:米商務省、米労働省、ISM、CB、FRB、ミシガン大学、Refinitivより第一生命経済研究所作成

【注釈】

  1. Edelberg, Wendy, and Tara Watson (2024), “New immigration estimates help make sense of the pace of employment,” Brookings Institution: The Hamilton Project.
以上

前田 和馬


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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