バイデン政権下で流入する730万人の不法移民

~アメリカ人は移民に依然好意的だが、トランプ2.0で移民の大流出へと転じるリスク~

前田 和馬

要旨
  • バイデン政権下における不法移民の流入見込みが730万人と試算されるなか、経済的負担や治安悪化に対する懸念が強まっており、移民政策が11月大統領選の重要な論点に浮上している。

  • 不法入国の急増は中南米諸国における社会不安に加えて、バイデン政権の移民対応の不備が影響しており、米国民の8割弱は政府の移民対応を評価していない。また、この解決策として共和党支持者は強制送還の拡大等を求める一方、民主党支持者は移民受入態勢の強化を主張する傾向にある。

  • バイデン政権はメキシコ国境の壁の建設再開を容認するなど、国境対策を強化しつつある。一方、トランプ氏は不法移民の大規模送還を含む急進的な移民政策を掲げているものの、司法・地方自治・議会の壁を踏まえると、大統領に就任した場合でもこうした政策の実現性は不透明だ。

  • 移民問題はあくまで不法入国の懸念であり、米国民の7割弱は移民を「良いこと」と考えるなど、移民への好意的な見方は現時点で変わっていない。移民に対する否定的な見方は2001年の同時多発テロ直後に強まったものの、この際にも1965年以降の移民の増加トレンドは保たれていた。

  • しかし、人口に占める移民比率は足下で約15%と歴史的高水準にあり、2024年の大統領・議会選挙で共和党が圧勝する場合、移民政策が抑圧的なスタンスへと大転換するリスクはある。この場合、人口成長率の鈍化が今後10年間の米国経済の潜在成長率を0.5%pt程度低下させる可能性がある。

目次

1.深刻化する不法移民問題

メキシコと接する米国南部の国境において不法入国者が急増している。国境警備隊が遭遇した不法入国者数は2023年度(2022年10月~23年9月)で205万人(22年度:221万人)と、2年連続で200万人を超えるなど歴史的な高水準にある(図表1)。こうした移民の大半は亡命希望者(注1)とみられており、亡命の申請基準を満たしていない場合は国外追放になる一方、それ以外の多くは米国内に釈放され、移民裁判所による亡命審理の開始を待つかたちとなる(所謂「キャッチ・アンド・リリース」)。

この結果、有効な滞在許可を有しない移民(拘束されなかった不法入国者、不法入国による拘束後に米国内で釈放された者、或いは合法的に入国し滞在許可が失効している者)が足下で増加しており、米議会予算局はこうした不法移民の純流入が2023年で240万人、バイデン政権下の4年間(2021~24年)では合計730万人(2017~20年[トランプ政権]:-3万人)に達すると試算している(図表2)。米国内に滞在する不法移民は2007年の1,220万人から2021年には1,050万人と緩やかな減少傾向にあったものの、近年の大幅な純流入を踏まえると当面は増加トレンドに転じる可能性が高い。

こうした不法移民問題を背景に、移民政策が11月大統領選の重要な論点に浮上している。Gallupが実施する「米国が現在直面する最も重要な課題」に関する世論調査において、「経済」と回答する割合はインフレ鎮静化を背景に低下傾向にある一方、「移民」との回答が2024年3月時点で28%と半年前の13%から急騰している(図表3)。政治志向別にみると、共和党支持者の52%が移民を最も重要な問題と考えるほか、無党派層の同割合も21%に達している(民主党支持者は12%)。なお、不法移民急増による米国民の主な懸念はシェルター等の提供による「経済的負担」、及び「治安悪化」の2つであり(図表4)、こうした懸念は民主党の支持基盤の地域でも高まりつつある。テキサス州など南部州の知事(大半が共和党員)はバイデン政権の移民対応を批判すると共に、ニューヨークやシカゴなどの「聖域都市(連邦政府による不法移民の取り締まりに地元警察が非協力的)」に一部の不法移民をバス輸送したため、これらの民主党色の強い都市では移民受け入れ態勢の限界と財政負担の拡大が顕在化しつつある。

注:図表2:2021年以降は米議会予算局による試算値。

出所:米税関・国境取締局、米議会予算局、Gallup、Pew Research Centerより第一生命経済研究所が作成

本稿では「南部国境問題の背景と米国内の世論」、「現状及び2025年以降の移民政策の見通し」を概観したうえで、2024年大統領選挙の結果による「中期的な移民政策のシナリオ」、及び「移民政策が与える経済成長への影響」を分析する。

2.南部国境問題の背景:中南米の情勢不安、米国の経済的繁栄、寛容な移民政策とそのイメージ

米国の南部国境における不法入国の急増は、複合的な要因が作用しているとみられるものの、主に以下3つの理由が指摘できる(注2)。

まず、中南米諸国の情勢不安である。2010年代半ばの南部国境における不法入国はメキシコ人が半分以上を占めていたほか、これに治安が著しく悪い中米の「北部三角地帯(グアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル)」を加えると全体の9割に達していた(図表5)。足下でもこうした国々からの不法入国者は半数を占める一方、近年はこれら以外の中南米諸国からの移民も飛躍的に増加している。例えば、2月時点までの2024年度実績(2023年10月~24年2月)を見ると、ハイパーインフレに直面し経済的な苦境にあるベネズエラが不法入国者の12.0%(2019年度:0.3%)、刑務所での暴動を背景に1月に非常事態宣言が発令されたエクアドルが6.8%(同、1.5%)と、共に急拡大を示している。また、こうした国々の人々が集団で行進して米国を目指す「キャラバン」も常態化している状況だ。ちなみに足下では中国人による不法入国も増えているものの、全体に占める比率は2.5%(0.2%)に留まっており、全体のトレンドをけん引する規模ではない。

次に、堅調な米国経済と労働市場が多くの移民を惹きつけている。米国の失業率は歴史的な低水準にあり、移民労働者が多い接客業や建設業における人手不足感は強い。一方、中南米諸国の一人当たりGDPは米国の1割にも満たない国が多く(図表6)、1日6.85ドル以下で暮らす貧困者は地域内で1.5億人(地域人口に対する26%)に達するなど(注3)、こうした圧倒的な経済水準の違いは米国が移民を呼び込む主因となっている。また、2024年における中南米地域の経済成長率は+2.3%(2023年:+2.2%)と緩やかな拡大が見込まれるものの(世界銀行予想[2024年1月時点])、新興国平均の+3.9%と比べると低い成長率であり、同地域における持続的な経済成長への期待感は弱い。

最後に、バイデン政権の寛容な移民政策、及び米国外に与える移民政策の印象である。トランプ前大統領は在任時にメキシコ国境における壁の建設やイスラム圏からの入国禁止などに着手し、移民の受け入れを制限する各種施策を実行した。一方、バイデン大統領はこれらの政策を撤廃する大統領令に署名するなど、就任早々に移民政策を転換する方針を示した。その後はトランプ政権時の幾つかの不法移民対策を再開するなど国境対策強化の動きを見せているものの(後述)、トランプ政権時よりも「不法移民に寛容なイメージ」は米国内外にて依然根強いとみられる。加えて、2025年にトランプ前大統領の返り咲きとなれば不法入国後に米国内で釈放される可能性がより一層低くなるとの懸念も、不法入国問題が鎮静化しない一因と考えられる。

注:図表5:北部三角地帯はグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルの3か国。2020年度のベネズエラ、エクアドル、中国は試算値。2024年度は2023年10月~24年2月実績の年換算値。図表6:不法入国者(南部国境)は2023年度、一人当たりGDPは2022年時点。

出所:米税関・国境取締局、世界銀行より第一生命経済研究所が作成

3.支持政党を問わない移民対応への不満

こうした不法入国の大幅な増加に対して、米国社会における懸念が強まっている。

Pew Research Centerが1月に実施した調査によると(注4)、メキシコ国境における移民急増を45%の米国人が「危険な状況(Crisis)」、32%がこれを「大きな問題(Major problem)」と述べるなど、米国内における不法移民流入への強い危機感が示されている(図表7)。この間、政府の取り組みを「非常に悪い」「やや悪い」と答える人の割合は共和党支持者で89%、民主党支持者でも73%に達しており(図表8)、特に後者の割合はバイデン政権発足時(2021年)の56%から上昇傾向にある。また、人種別に見ると白人層の不満が特に強い一方、ヒスパニックやアジア人においても半数以上が政府の対応を評価していない。これらのマイノリティは昨今の不法移民問題を契機に合法・不法を問わず移民への風当たりが強くなる懸念を抱いている可能性があり、結果的に支持政党や人種を問わずに移民対応が失敗しているとの見方が大勢を占める(図表8)。

移民が南部国境に殺到している理由を巡っては支持政党による見解の相違がみられる(図表9)。共和党支持者は「不法移民に寛容な政策の印象」との回答が76%で最も大きく、次いで「米国における経済的チャンス」が67%と、米国固有の事情が移民流入を招くと考える傾向が強い。一方、民主党支持者で移民政策の印象を挙げるのは39%に留まり、最も多い理由は「母国の経済的な不振」で83%、次いで「母国の暴力(治安悪化)」が79%と、母国の経済・社会的な不安が米国を目指す理由と考えている。

こうした不法移民増加の原因を巡る見解の相違は、有効な解決策に対する両党支持者の考えの違いに反映されている(図表10)。有効な政策対応として共和党支持者の77%が「不法移民に対する強制送還の増加」、72%が「国境の壁の拡張」をそれぞれ挙げるなど、トランプ前大統領が掲げる強制的な措置や物理的な障壁が不法移民対策に必要と考えている。一方、民主党支持者はこうした政策の有効性に関する疑問の声が多い。母国のやむをえない事情を踏まえると米国移住に対する潜在的な需要は根強く、移民審査の迅速化など政府の移民受入態勢を強化しない限りは不法移民問題が解決しないと考える傾向にある。

注:図表9:不法移民に寛容な政策の印象は「米国の移民政策は一度入国すれば米国に滞在することが容易と考えられていること」との回答割合。

出所:Pew Research Centerより第一生命経済研究所が作成

4.バイデン氏とトランプ氏の移民政策:明確なスタンスの違いはあるが、実現には不透明感

バイデン大統領とトランプ前大統領の移民政策を比較したのが図表11である。

前述したように、バイデン大統領は就任直後の2021年1月にトランプ前政権の移民政策を転換する方針を示した。これには米国内で1,160万人に達する不法移民(2021年時点)の市民権獲得に向けた制度改革法案の提案、及びイスラム圏からの入国禁止措置の撤廃などが含まれる。一方、不法移民の流入に歯止めがかからないなか、当初撤回した移民政策の幾つかは再開を強いられている。例えば、バイデン大統領はメキシコ国境沿いの壁の建設停止を2020年大統領選の公約で掲げていたものの、2023年10月にはテキサス州における壁の建設再開を承認した。また、2月上旬に上院の民主・共和両党が公表した国境対策の合意案(不法移民が一定数を超えた場合、大統領権限で南部国境を閉鎖可能)を巡っては、同法案が成立する際には大統領権限を躊躇なく行使し、南部国境を封鎖する可能性に言及している(なお、同法案はトランプ前大統領の反対を背景に共和党多数の下院では成立の見通しが立っていない)。

一方、トランプ氏は第一次政権と同様に移民に否定的なスタンスを明確にしており、2025年に大統領へと返り咲く場合には不法移民に対する取り締まりの強化、及び難民申請を中心とした移民ビザの発給制限を実施する可能性が高い。しかし、幾つかの急進的な移民政策の実現性は不透明だ。例えば、同氏は米国内に滞在する不法移民を年間数百万人単位で国外へと強制送還する「史上最大規模の作戦」を掲げる一方、2016年大統領選の直後に言及した300万人の強制送還は第一次政権下でほとんど進展がなかった(図表12;注5)。同氏が大統領に再就任する場合、不法入国を中心とした移民の純流入は減少すると見込まれるものの、既に米国内に滞在する移民が大幅な国外流出へと転じる可能性は低い。

不法移民を強制送還する際には移民裁判所の審理を経る必要があるが、直近2月時点で移民裁判所の未処理案件が344万件まで積み上がっていることを踏まえると、その処理能力には限界がある(図表13)。また、トランプ氏が審理を経ない強制送還を可能とする大統領令を発した場合、憲法修正第5条(正当な法の手続きを経ない懲罰の禁止)等に違反するとして裁判所に差し止められる可能性が高い(注6)。仮に司法面の課題をクリアしたとしても、民主党地盤で移民に寛容な聖域都市は不法移民の摘発に引き続き非協力的である可能性が高く、連邦政府の移民・関税執行局(ICE)の人員のみでは強制送還の実行体制に課題が残る。加えて、こうした政策の実行には予算手当を含む議会の協力が必要不可欠であり、上下院のどちらか(或いは両方)の多数派が大統領の所属政党と異なる「分割政府」となる場合、急進的な移民政策に対する議会の支持は期待しづらい。

注:不法移民・新規流入の対象者数(流出を考慮しない全米における総数)は2023年度、それ以外は2021年時点。

出所:各種報道、ホワイトハウス、トランプ氏選挙公約より第一生命経済研究所が作成

注:会計年度。図表13:2024年度は2月時点。

出所:米税関・国境取締局、シラキュース大学より第一生命経済研究所が作成

5.移民への好意的な見方は維持

近年の移民問題は南部国境で急増する不法入国、及びそれを防ぐ国境対策に焦点が当たる一方、米国に滞在する移民(米国外で生まれた住民)の多くは合法的な滞在者である。足下の不法入国の増加が反映されていない点は割り引く必要があるものの、2021年時点において、移民の半数は国政選挙の有権者である市民権を保持するほか、3割弱が移民ビザ(永住権)など合法的な滞在許可を有している(図表14)。米国の移民比率は1920年代以降の移民制限により大きく落ち込んだ一方、1965年に成立した改正移民法では離散した家族の呼寄せや特定技能へのビザ発給が優先されるようになり、その後は移民の流入が大幅に拡大した(図表15)。この結果、移民が人口に占める比率は直近2022年で14.3%に達しており、不法移民を含めて米国社会における移民の存在感は大きい。   Gallupによる2023年6月時点の世論調査に基づくと、移民を「良いこと」と考えるのは68%と、「悪いこと」の27%を大幅に上回っており、米国民は移民に対する好意的な考えを維持している。現在の移民水準を「不満であり、減らしてほしい」と回答する割合は42%とコロナ収束以降に上昇が続いているものの、2000年代と比較すると依然低い水準にある(図表16)。2000年以降で移民に対するネガティブな考えが強まったのは2001年9月の同時多発テロ直後であり、2002年には移民を「悪いこと」と考える割合が42%、移民の水準に「不満であり、減らしてほしい」と回答する割合が52%に達した。とはいえ、こうした環境下にあっても移民の増加基調は保たれた。

米国民の移民に対する好意的な見方の背景には、移民流入が米国の経済成長率を持続的に押し上げていることが挙げられる。議会予算局の2024年2月時点の推計に基づくと、2024年における(非農業民間部門の)潜在成長率は+2.5%、このうち人口増加を中心とした労働投入の寄与度は+1.0%ptに達する(図表17)。特に近年の不法移民を中心とした移民急増は足下の米国経済が堅調さを保つ一因となっており、Edelberg and Watson (2024)は移民の想定を上回る増加が2024年における実質個人消費の成長率を+0.2%pt押し上げると試算している(注7)。

注:図表17:潜在成長率は非農業民間部門。

出所: Pew Research Center、米センサス局、Gallup、米議会予算局より第一生命経済研究所が作成

移民流入による経済成長への影響は直接的な効果に留まらない。まず、移民は米国生まれの住民よりも出生率が高く、全体の出生数を押し上げる要因になっている(図表18)。2023年の合計特殊出生率は米国生まれが1.51に対して、移民は2.37、うちヒスパニックに限ると2.93と米国生まれの住民よりも2倍近く高い(図表19)。また、アジア系で比べても移民と米国生まれの住民の間には出生率に明確な違いがある。

加えて、世界トップレベルの研究機関に集まる移民がイノベーションの担い手になっている。Bernstein et al.(2022)は米国における発明家の16.5%は移民であり、これらの移民がもたらす特許の市場価値は全体の25.2%に達すると指摘する(注8)。また、米国生まれの研究者との共著を含めると移民が関わる特許の割合は全体の36%に達し、特に技術変化の速い情報通信や医療などにおける移民の存在感が大きい。

注:図表19:括弧内数値は合計特殊出生率(年齢別出生率の合計値)。

出所:米センサス局より第一生命経済研究所が作成

6. 移民政策シナリオ別の潜在成長率シミュレーション

以上を踏まえると、急増する不法入国を鎮静化するための国境対策は今後も強化されると見込まれる一方、合法的な移民の存在が米国の経済成長を下支えする構図は中長期的にも維持される可能性が高い。最後に、2024年大統領選及び議会選挙のシナリオ別に移民政策の方向性を考察し、潜在成長率のシミュレーション結果を示す(図表20~21)。なお、下記のシミュレーションにおいて、移民以外の出生率などの人口変動要因、及び全要素生産性や資本投入といった潜在成長率の規定要因は議会予算局の2024年2月試算を前提としている。議会予算局のメインシナリオでは自然増減(=出生数-死者数)が高齢化を背景に減速を続け、2040年にマイナスへ転じると予想しており、これは労働投入の減少を通じて潜在成長率を持続的に押下げる要因となる。

①現状維持シナリオ

まず、2024年大統領選でバイデン氏が再選する場合、現状の移民政策が概ね維持される見通しだ。亡命申請者に対する就労許可の迅速化やスタッフ増員による移民申請の効率化などが図られる一方、不法入国に対する取り締まり強化の流れが持続し、南部国境の問題が数年内に収束することが期待される。この場合、米議会予算局のメインシナリオと同様、移民全体の流入はトランプ政権以前の長期トレンドに回帰すると予想する。具体的には2027年には不法移民の純増数が年間+20万人(2000~16年実績:年間+16万人;2023年:+240万人)、これに合法移民を含む移民全体の純増数は年間+111万人(同、+112万人;+330万人)へとそれぞれ減少する。持続的な移民流入が人口成長率をプラスに押上げ続ける一方、高齢化を背景に自然増減は減少傾向で推移するため、潜在成長率は2024年の+2.2%から2034年には+1.8%まで減速する。また、人口に占める移民比率は2050年代に20%近傍(2022年:14.3%)まで上昇すると予想される。なお、バイデン大統領再選のほか、2024年の上下院選挙で民主党が善戦する場合においても、不法移民に対する消極的な国民感情が強まっている点を勘案すると、移民の積極的拡大策が採られる可能性は当面低いと考えられる(注9)。

②移民流入抑制シナリオ

次に、トランプ氏が大統領選で勝利する一方、ねじれ議会(或いは僅差でのトリプルレッド)となるなど急進的な移民政策に対する議会の協力が得られず、第一次政権と同様に多数の大統領令で移民流入を抑制するシナリオである。この場合には(一部に人道的な懸念が生じうる)国境対策強化による不法入国者の急減、難民受入を中心とした合法的な移民の減少、及び一部の移民の自主的な出国が増加することが予想される。とはいえ、司法や議会の壁を踏まえると、不法移民の強制送還を含む移民政策の大幅な転換は実現しない。この場合、2027年における移民の純流入は+50万人と第一次トランプ政権(2019年:+42万人)と同程度まで低下し、人口に占める移民比率は横ばい圏で推移するかたちとなる。また、2034年における人口成長率は年率+0.2%と現状維持シナリオの+0.4%から半減、潜在成長率は2024年の+2.2%から2034年には+1.7%と現状維持シナリオ(2034年:+1.8%)よりも減速ペースが小幅に加速する。こうした移民流入抑制のトレンドが長期的にも続く場合、2045年には人口成長率がマイナスへと転じる。

③移民政策転換シナリオ

最後に、トランプ氏が大統領選で勝利するほか、同時に実施される議会選では上下院とも共和党が圧勝し(トリプルレッド)、1965年以降の移民の拡大政策が抑圧的なものへと転換するシナリオである。本シナリオは上記2つと比べると実現性は低いものの、人口成長率が2020年代のうちにマイナスへと転じるなど、経済成長への影響が最も懸念される内容となる。具体的には移民ビザなどの合法的な移民流入が抑制されることに加えて、トランプ氏の掲げる不法移民の大規模送還が議会の協力(予算の割当など)によって部分的に実現する。この場合、2026年以降に移民が毎年50万人流出すると仮定すると、潜在成長率は2024年の+2.2%から2034年には+1.4%へと減速し、現状維持シナリオと比較すると今後10年間における成長率の下振れ幅は年平均で-0.5%ptに達する。また、米国がこうした移民政策を長期的にも続ける場合、人口に占める移民比率は2050年代には10%近傍へと低下し、1990年以来の低水準へと回帰する。

注:図表21:米議会予算局による長期経済試算(2024年2月)を基に、移民純流入の変化が出生数への波及を含めて人口成長率を押下げ、それが比例的に労働投入に影響すると仮定。移民を除く自然増減、全要素生産性、及び資本投入は各シナリオで一定(議会予算局によるメインシナリオ)。

出所:米議会予算局より第一生命経済研究所が作成


  1. 亡命(Asylum)申請は米国入国後に母国の安全上の懸念から庇護を要請すること、難民(Refugee)申請は米国入国以前にそうした対応を米国政府に要請することをそれぞれ意味する。

  2. トランプ政権が導入した移民制限措置の「タイトル42(2020年3月~23年5月)」は新型コロナウィルスの感染拡大防止を理由に不法入国者を即時国外追放する一方、こうした人々は不法入国による罰則を受けなかったため、繰り返し不法入国を試みるものが多発し、同一人物が複数回カウントされたことが統計上の不法入国者を押し上げたと指摘されている。しかし、タイトル42失効後も不法入国による拘束者は高水準で推移しているため、こうした複数計上が不法入国の主な原因であったとは考え難い。

  3. Castelán, Carlos Rodríguez, Diana Sanchez Castro, and Hugo Ñopo (2023), 「The challenges facing Latin America and the Caribbean in eradicating poverty」, World Bank Blogs(2024/4/11参照)

  4. The U.S.-Mexico Border: How Americans View the Situation, Its Causes and Consequences | Pew Research Center(2024/4/11参照)

  5. Donald Trump Plans to Deport Up to 3 Million Immigrants | TIME(2024/4/11参照)

  6. Is Trump’s Deportation Plan For Undocumented Immigrants Realistic? (forbes.com) (2024/4/11参照)

  7. Edelberg, Wendy, and Tara Watson (2024), “New immigration estimates help make sense of the pace of employment,” Brookings Institution: The Hamilton Project.

  8. Bernstein, Shai, Rebecca Diamond, Abhisit Jiranaphawiboon, Timothy McQuade, and Beatriz Pousada (2022), "The Contribution of High-Skilled Immigrants to Innovation in the United States," NBER Working Paper Series (No.30797).

  9. 上院(全100議席)では共和党が少なくとも50議席を確保する可能性が高いため(非改選議席数:38、改選議席のうち共和党候補の勝利が有力な議席数:12)、党派性の強い移民政策において民主党寄りの法案を通過させることは困難と予想される。

以上

前田 和馬


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前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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