米国経済マンスリー:2024年3月

~インフレ懸念が残るなか、一部の経済指標に若干の弱さ~

前田 和馬

要旨
  • 2月の雇用者数は節目となる+20万人を3か月連続で上回ったほか、1-3月期実質GDP成長率は現時点で+2%台のプラス成長が見込まれるなど景気後退の懸念は限られる。とはいえ、小売売上高の減速やISMの低下など、足下の一部経済指標には若干の弱さがみられる。
  • 2月の失業率は3.9%へと上昇したほか、平均時給は減速が続くなど、労働需給のひっ迫は緩和が続いている。一方、2月のコアCPIは足下のトレンドを示す3か月前比年率が+4.2%と前月から加速、その水準も+2%インフレ目標の達成には依然距離があることを示している。
  • 3月FOMCでは5会合連続で政策金利が5.25-5.50%に据え置かれた。同時に公表された四半期経済見通しではインフレ予想が引き上げられた一方、年内3回の利下げ見通しは維持された。また、パウエル議長は「かなり早い時期」のQT減速に言及するなど、総じてハト派的な内容だった。

図表1
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経済指標

  • 2月全米供給管理協会(ISM)景況感指数

2月ISM製造業PMIは47.8(1月:49.1)と市場予想(49.5)に反して3か月振りに低下した。製造業活動は足下で持ち直しの動きを示していたものの、2月は再び低下し好不況の節目となる50を16か月連続で下回るなど、停滞の域を脱していない。内訳をみると、生産が48.4(1月:50.4)、生産活動に先行する新規受注が49.2(52.5)と共に2か月振りに50を下回ったほか、雇用も45.9(47.1)と2か月連続で前月水準を下回った。他方2月ISMサービス業PMIは52.6(53.4)と2か月振りに低下した。サービス業活動は足下で減速の兆しを示しているものの、節目となる50を14か月連続で上回るなど底堅く推移している。内訳をみると、事業活動が57.2(55.8)、新規受注が56.1(55.0)と共に前月から上昇した。一方、雇用は48.0(50.5)と前月水準を下回ったほか、入荷遅延が48.9(52.4)と前月の悪天候の影響が剥落したことを背景に低下した(詳細は「米国 製造業回復の動き足踏み(24年2月ISM製造業)」及び「米国 ヘッドラインよりも良い内容 (2月ISM非製造業)」)。

  • 2月雇用統計

2月雇用統計における非農業部門雇用者数は前月差+27.5万人(1月:+22.9万人)と、前月から増加ペースを拡大し、市場予想の+19.8万人を大幅に上回った。同時に公表された12月実績は-4.3万人、1月実績は-12.4万人と共に下方修正されたものの、3か月移動平均では+26.5万人(+23.4万人)と3か月連続で節目となる+20万人を上回るなど、雇用が堅調に増加している点に変化はない。

12月の雇用者数を業種別にみると、医療・社会福祉が+9.07万人(+8.66万人)と人手不足を背景に増加し全体を押し上げた一方、娯楽・宿泊が+5.8万人(+0.8万人)、小売業が+1.87万人(+1.52万人)と対面型サービス業も前月水準を上回った。また、運輸・倉庫が+1.97万人(-2.89万人)とこれまでの反動もあり5か月振りに増加した。

この間2月の労働参加率は62.5%(62.5%)と前月から横ばい圏で推移した。一方、失業率は3.9%(3.7%)と上昇したほか、平均時給が前年比+4.3%(+4.4%)と高水準ながら減速傾向を示すなど、労働需給のひっ迫は緩和が続いている。他方、週平均労働時間は-0.6%(-1.2%)と依然前年水準を下回っているものの、下落率は縮小しつつある。この結果、労働所得(=民間雇用者数×平均労働時間×平均時給)は+5.3%(+4.8%)と、平均時給の伸びを背景に増加基調で推移している構図に変化はない。他方、CPI上昇率を控除した実質賃金は時間当たりで+1.1%(+1.3%)と10か月連続、週当たりでは+0.5%(+0.1%)と9か月連続で増加するなど、インフレ鈍化を背景に堅調な雇用所得環境が持続している(詳細は「米国 強弱入り混じる内容の24年2月米雇用統計」)。

  • 2月消費者物価指数(CPI)

2月消費者物価指数(CPI)は前月比+0.4%(1月:+0.3%)と前月から小幅に加速した。足下のトレンドを示す3か月前比年率は総合指数で+4.0%(+2.8%)、コア指数で+4.2%(+4.0%)と共に加速するなど、+2%インフレ目標の達成には依然距離がある。2月の内訳を見ると、食品が前月比+0.0%(+0.4%)と前月から横ばい圏で推移した一方、エネルギーは+2.3%(-0.9%)と原油価格の持ち直しを背景に5か月振りに上昇した。他方、食品・エネルギーを除くコアベース指数は+0.4%(+0.4%)と前月から上昇率に変化はなかった。コアCPIの内訳を見ると、住居費は+0.4%(+0.6%)と騰勢を鈍化した一方、住居費を除くコアCPIが+0.3%(+0.2%)とアパレルや航空運賃を中心に上昇した。この間前年比でみると、CPI総合は前年比+3.2%(+3.1%)と前月から小幅に加速した一方、食品・エネルギーを除くコアCPIは+3.8%(+3.9%)と僅かながら減速した。先行きのCPIは家賃減速を主因に騰勢の鈍化が続く可能性が高いものの、賃金上昇等を背景にサービス価格や家賃が再加速するリスクに警戒が必要だろう(詳細は「米国CPIコアの上昇モメンタムが再び強まる(24年2月CPI)」)。

  • 2月小売売上高

2月小売売上高は前月比+0.6%(1月:-1.1%)と悪天候の影響が見られた1月から反発したものの、市場予想(+0.8%)を下回った。この結果、3か月移動平均は前月比-0.1%(1月:-0.3%)と減少の兆しを示しており、GDP統計上の約7割を占める消費の失速リスクに警戒が必要だろう。2月小売売上高の内訳をみると、自動車が+1.6%(-2.1%)と2か月振りに前月水準を上回ったほか、ガソリンは+0.9%(-1.4%)と価格上昇を主因に5か月振りに増加した。他方、食料品は+0.1%(-0.3%)、飲食サービスは+0.4%(-1.0%)と共に3か月振りに上昇したものの、足下では拡大ペースに一服感がみられる。この結果、変動の激しい項目を除いたコア小売売上高(自動車・ガソリン・建設材・飲食サービスを除くベース)は+0.0%(-0.3%)と前月から横ばい圏で推移した(詳細は「米国 24年2月の小売売上の回復力は鈍く」)。

  • 2月鉱工業生産

2月鉱工業生産は前月比+0.1%(1月:-0.5%)と小幅ながら3か月振りに上昇した。内訳を見ると、鉱業が+2.2%(-2.9%)と原油価格の持ち直しを背景に上昇した一方、公益は-7.5%(+7.4%)と大幅に低下した。一部地域を寒波が襲った1月に対して、2月は全米平均で記録的な暖冬となったことが影響したとみられる。他方、製造業は+0.8%(-1.1%)と1月の悪天候による生産下押しの影響が剥落したことを背景に3か月振りに上昇した。内訳を見ると、自動車・同部品が+1.8%(-3.8%)、機械が+1.7%(-1.2%)、コンピューター・電化製品が+0.7%(+0.5%)、化学が+1.6%(-1.2%)と幅広い産業で上昇した(詳細は「米国 反動増も生産調整持続(24年2月鉱工業生産)」。 

  • 2月住宅着工件数

2月住宅着工件数は年率152.1万戸(1月:137.4万戸)と2か月振りに増加した(前月比+10.7%;1月:同-12.3%)。前月に寒波の影響で大幅に減少した中西部が大幅な増加を示し、全体を押し上げた。内訳を見ると、戸建住宅は前月比+11.6%(1月:-4.9%)と3か月振り、集合住宅が+8.3%(-27.9%)と2か月振りにそれぞれ前月水準を上回った。住宅着工は中古住宅の在庫減少を背景に底打ちの兆しを示しているものの、住宅ローン金利上昇による需要抑制を主因に総じて低調に推移している状況に変化はない。この間、住宅着工に先行する住宅建設許可件数は年率151.8万戸(148.9万戸)と2か月振りに増加したものの、依然停滞の域を脱していない(詳細は「米国24年2月住宅着工件数は天候の改善等で大幅増」)。

経済見通し

1-3月期実質GDP成長率(4/25公表)を巡っては、3/19時点のアトランタ連銀によるGDPナウキャストが前期比年率+2.1%(10-12月期:+3.2%)と2四半期連続の減速を見込んでいるものの、米国の潜在成長率である1%台後半を大幅に上回っており、景気後退の兆しは限定的に留まる。

2024年の米国経済を巡っては、2023年より減速するものの景気後退は回避する、すなわちソフトランディングが大勢見通しとなっている。FOMCメンバーによる3月時点の経済見通しでは2024年の実質GDP成長率が+2.1%と潜在成長率(長期見通し:+1.8%)を上回るほか、失業率は24年10-12月期で4.0%と自然失業率(同、4.1%)と同程度の着地が予想されている。コアPCEインフレ率は2024年10-12月期には前年比+2.6%(23年10-12月期:+3.2%)へと減速することが予想されており、これによる家計の実質購買力改善は消費を下支えする要因となる。

但し、個人消費の先行きを巡っては足下の小売売上に減速感が見られることは懸念材料だ。3月のミシガン消費者信頼感指数は76.5(2月:76.9)、2月のCB消費者信頼感指数は106.7(1月:110.9)と共に低下するなど、消費者マインドにも悪化の兆しが示されている。特に景気下振れのリスクとしては2024年を通じた過剰貯蓄の取崩し、未だ影響がみられない学生ローン返済再開(2023年10月)による家計購買力の減少に注視が必要だろう(詳細は9/12付「米学生ローン返済再開による個人消費への影響」)。これに加えて、企業の利払い負担上昇による設備投資の下押し(米国経済マンスリー:2023 年12月)、及び商業用不動産の市況悪化を巡る地銀等の経営環境悪化、これに伴う金融環境の急速な悪化に対する懸念も依然払拭されるに至っていない。

ちなみにコロナ以前の過去3回の景気後退において、利上げ打ち止めから景気後退に陥るまでの期間は11-19か月であり、景気悪化時には失業率が急速に悪化する傾向にある(詳細は「米国経済マンスリー:2023 年12月」)。今次利上げ局面の終了が2023年7月と仮定すると、2024年後半以降に累積的な利上げによる設備投資や新規雇用への影響が急速に発現し、景気後退へと陥る可能性は否定できない。

金融政策

  • 3月FOMC(3/19-20開催)

3月連邦公開市場委員会(FOMC;3/19-20開催)において、FRBは政策金利の誘導目標を5.25-5.50%と5会合連続で据え置いた。声明文に関しても概ね前回内容を踏襲した。FRBは現行の高金利政策を維持しながら、足下のインフレ減速が持続するのかを見極める姿勢を維持している。

同時に公表された四半期経済見通しにおいては、2024年のGDP成長率が+2.1%(前回12月:+1.4%)、コアPCEインフレ率が+2.6%(+2.4%)とそれぞれ上方修正された。一方、政策金利見通しに関しては2024年が4.50-4.75%(4.50-4.75%)と年内3回の利下げ見通しに変化はなかったものの、2025年は3.75-4.00%(3.50-3.75%)、2026年は3.00-3.25%(2.75-3.00%)と小幅に上方修正され、高金利政策をより長期に亘って維持する可能性が示唆された。

パウエル議長はFOMC後の記者会見において、1月のインフレ指標に季節的な影響があったことを指摘したうえで、予想を上振れている足下の指標実績はインフレ率が2%に向かっていくというストーリーを変えないことを強調した。また、バランスシート縮小策(QT)の減速を巡っては、FOMCメンバー内で今後も時期やその規模を協議すると述べたものの、「かなり早い時期に」これが開始されることを明言した(詳細は「FRBは5会合連続で据え置きも年内利下げに前向き (24年3月19、20日FOMC)」)。

大統領選

共和党指名候補争いを巡る予備選集中日のスーパーチューズデー(3/5)において、トランプ前大統領が15州のうち14州で勝利した一方、ヘイリー氏は翌日に候補指名争いからの撤退を表明した(詳細は「大統領選の焦点は予備選から本選へシフト」)。その後3/12には共和党でトランプ氏、民主党でバイデン大統領が指名候補争いに必要な代議員数をそれぞれ確保したため、11月大統領選の組み合わせはバイデンvs.トランプと2020年の再戦となる見通しだ。バイデン政権の支持率が低水準で推移するなか、現状では多くの激戦州においてトランプ氏がバイデン大統領をリードする状況にある。

バイデン政権は経済政策に対する評価が芳しくないものの、11月大統領選に向けてインフレ鎮静化や堅調な経済環境が続く場合、消費者センチメントの改善を通じて政権支持率の追い風となる可能性がある。一方、ハリス副大統領が取り組む不法移民対策への国民の不満、及びバイデン大統領自身に対する高齢不安は懸念材料だろう。後者に関して、3/9の一般教書演説では力強さを示したとの見方が多く、今後も大統領としての適性を継続的に国民に示せるかが注目される。

一方、トランプ氏は4つの刑事事件を抱えることに加えて、一部の共和党関係者がトランプ支持への消極姿勢を示している。前者に関して、3/25に予定されていた不倫口止め料を巡る初公判(ニューヨーク地裁)は証拠資料が追加されたことを理由に延期が決定されたものの、4月中旬以降に公判が開始される見込みであり(日程は依然未定)、11月大統領選の投票日までに有罪判決が下される可能性がある。NBC Newsの1月世論調査によると、11月大統領選で有権者の47%がトランプ氏、42%がバイデン大統領に投票すると答えた一方、仮に有罪判決を受けた場合にはトランプ氏が43%と減少し、バイデン大統領の45%に逆転される。また後者に関しては、指名候補を争ったヘイリー氏がトランプ氏を支持することを明言していないほか、第一次トランプ政権のペンス前副大統領も人工中絶や財政赤字の論点を巡って「(トランプ氏を)良心にかけて支持できない」と表明している。ヘイリー氏は中道寄り共和党員、ペンス氏はキリスト教保守・福音派にそれぞれ支持されているとみられており、こうした両氏のスタンスはトランプ氏がこれらの支持層を獲得するうえでの障害となる可能性がある。

図表2
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図表3
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図表4
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図表5
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図表6
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図表7
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図表8
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図表9
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図表10
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図表11
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図表12
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図表13
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図表14
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図表15
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以上

注:シャドーは景気後退期。FOMCメンバーと民間専門家の経済見通しはそれぞれ3月時点(括弧内は12月)と2月時点(同、11月)。成長率と失業率の民間予測のみ年間平均、それ以外は毎年4Q時点の前年比。
出所:米商務省、米労働省、ISM、CB、FRB、ミシガン大学、Refinitivより第一生命経済研究所作成

前田 和馬


本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所が信ずるに足ると判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一生命保険ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。

前田 和馬

まえだ かずま

経済調査部 主任エコノミスト
担当: 米国経済、世界経済、経済構造分析

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